第26話 和解と、決意と

「芹さん……」




 俺は、聖弓 《イルムテッド》をアイテムボックスにしまうと、彼女の元へ近寄った。




「暁斗さん……? どうしてここに」


「とりあえず、服のボタンをかけ直してください。それから、カメラを切って。マイクが壊れて音声は拾ってませんが、今も映像だけは回ってるので」


「っ! えっ!?」




 とたん、芹さんは顔を真っ赤にして飛び起きると、服の前を合わせてインナーを隠す。


 それから飛びつくようにカメラをひっつかむと、マイクが壊れていて向こうには聞こえないのに「また、あとで。放送切りますね!」と言ってから、スイッチをOFFにした。




 こういうところは、プロ意識が高いんだなと思った。




「あ、ありがとうございます。その……また、助けにきてくれて」




 芹さんは、服のボタンをかけ直しながら、小声でそう言ってくる。




「どうして、私がこの場所で襲われてるって、わかったんですか?」


「芹さんが選んだ二人の過去を知って、かなり焦臭かったので。取り返しが付かなくなる前に止めようと、後輩のスマホを借りて、生配信の映像を頼りに走ってきました。でも……間に合わなくてすいません」




 俺は、座り込んだままの芹さんに小さく頭を下げた。




 脇道となっているこの洞窟は狭くて暗く、オマケに少し肌寒い。


 僅かに白く煙った吐息が、ダンジョンの中に溶けて消えた。




「どうして……助けに来てくれたんですか」




 ふと、芹さんが微かに震える声で嘆くように呟いた。




「協力を断ったことには、大事な理由があったんですよね? 目立ちたくないっておっしゃってましたよね? なのになんで……あなたが助けに来てくれたのも、きっとカメラに――」


「映ってるでしょうね。今頃、またネットで大騒ぎですよ」




 俺は苦笑しつつ答える。


 芹さんは、意外そうに顔をしかめ、俺の方を真っ直ぐに見上げた。




 俺がナズナさんを助けに来た様子は、ばっちり映ってしまっているはずだ。


 もしかしたら、俺が弓矢を放ったシーンまで入っているかもしれない。


 時間が無くて制服のまま走ってきたから、たぶんウチの高校の生徒だということがバレて、学校中で大騒ぎになるはずだ。




 いくら髪型を変えて、目立たないよう生活していても――早晩正体がバレるだろう。


 正直もう、陰キャ生活は完全にお終いだ。


 でも――




「でも、それでいいんです。どうして俺が目立ちたくなかったのか。どうして、頑なまでに断り続けたのか。今思えばバカらしいくらい、どうでもいい小さな理由でしたから」




 俺は、後悔していないんだと芹さんに伝えた。




 陰キャ生活は、自分から捨てたのだ。


 確かに、芹さんを助けてしまったことがきっかけでとんでもないことになった。


 これから波乱の人生が待っているかもしれない。


 


 でも、芹さんのせいで、俺は自分の惨めさに気付かされた。


 もしあのとき、下層で彼女を助けていなければ、銀メッキを掲げるだけの、Sランクもどきの陰キャだったはずだ。






「どうでもいい、小さな理由?」


「はい。あなたのお陰で、目が覚めました」


「そう、ですか……」




 芹さんは、わかったような、わからないような複雑な表情をする。


 そのとき、芹さんは不意に口元を押さえて、小さくくしゃみをした。




「大丈夫ですか?」


「は、はい。少し肌寒くて……」




 芹さんは、腕をさすりながら答える。




「とりあえず、地上へ戻りましょう」


「はい」




 俺は、芹さんの方へ手を差し出す。




「え?」


「? どうしたんですか?」


「い、いえ。なんでもないです。……ありがとうございます」




 芹さんは何故か目を逸らし、おずおずと手を握ってきた。


 俺の手を借りて立ち上がった芹さんは、やはりそっぽを向いている。


 俺、なんかマズいことしただろうか?




 やはり、彼女いない歴=年齢の俺には、女子の琴線がよくわからない。




「あ、そうだ。屋上の話の続きなんですが……」




 そう切り出すと、芹さんはようやくこちらを向いた。




「屋上の続き、ですか?」


「はい」




 俺は、ぐーすかと眠っている性欲の権化共二人を流し見る。




「この人達に仮護衛を頼んだ後は、また俺を誘いに来ると言っていましたよね」


「はい、まあ……」




 芹さんは、どうして今その話を掘り返すんだ? と言いたげに首を傾げる。


 しかし、次の瞬間何かに気付いたように目を見開いて、詰め寄ってきた。




「まさか、護衛役を!?」


「はい。そのまさかです」




 俺は芹さんの紅玉色に照り輝く瞳を真っ直ぐに見て、はっきりと告げた。




「俺にできることなら、是非協力させてください」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る