第24話 絶望の8階層
スマホの画面の向こうでは、芹さんが俊平達につられて、人気の無い場所へと赴いていた。
《これ大丈夫か?》
《なんか嫌な予感が……》
《こいつらは、何がしたいんだ》
視聴者達も、徐々に違和感に気付き始めているようだ。
だが、みんな心の奥底では思っているんだろう。
嫌な予感がするけど、全国規模で放送しているんだから、そんなことはしないだろう、と。
もちろん、俺もそう思っていたが、それはただの願望や予測だ。
今俺は、彼等の今までの素行から最悪のパターンを想定し、動いている。
結局杞憂だったのなら、それでも構わない。とにかく、普通ならば起こるはずのないイレギュラーを想定して、最悪の事態だけは阻止しなければならない。
隆起した地面を飛び越え、洞窟の角を直角に曲がり、8階層へ急ぐ。
と――次の瞬間、背筋が凍るような出来事が起きた。
『あ、ナズナさん。あれなんでしょう?』
『え? あれ……?』
俊平の指さした方に目を向ける芹さん。
それに合わせて、彼女の視線の位置に合わせた小型カメラが動く。
そのとき、カメラのレンズを男の大きな手が被った。
続いて、芹さんのくぐもった悲鳴が聞こえる。
「っ!」
俺は思わず息を飲む。
おそらく、カメラを掴んだのは太だろう。
ガサゴソという音をマイクが拾う。
と、映っている映像から掌が消え、代わりにダンジョンの風景がグルグルと回転して映し出された。
どうやら、太がカメラを強引に外してぶん投げたらしい。
カメラはというと、ダンジョンの壁に激突した衝撃で、レンズにヒビが入ったようだった。
画面ごしに、右端から左下へ亀裂が走っているのがわかる。
「カメラを投げて壊したってことは……あいつらいよいよそういうことで確定だよな!」
最短距離で8階層へ向かい、もう少しで到着する。
が――
「間に合うか、これ……!」
額の汗を拭い、奥歯を噛みしめる。
まあ、カメラを投げて壊してくれたから、芹さんのあられもない姿が全国生中継される事態だけは避けられ――
そのとき、何気なくスマホの画面をチェックした俺は……あまりの衝撃に言葉を失った。
嘘……だろ?
レンズのヒビが映る画面。
だが、映像は未だ回っている。壁に衝突した衝撃でマイクが壊れたらしく、音は拾っていないが――映像は映し出されているのだ。
そして。
《おいおいおいおい嘘だろ》
《流石にそれは……》
《ちょっ、これネタじゃないよね?》
《え? なに?》
戦慄と困惑に満ちたチャットが、下から上へ流れていく。
「なんでこんなことが起こる……!」
俺は、画面を穴が開くほどに凝視する。
そこには、芹さんを押し倒す俊平と、側に立ち尽くす太の姿が映っていた。
三人とも、今の衝撃でカメラが壊れたと思っていて、配信が回っていることに気付いていない。
もう既に、俊平と太は社会的に死んだも同然だが、このままでは芹さんまで――
「……ふざけるな」
俺は、瀬良からの借り物であるのも忘れ、スマホが割れ砕けんばかりに強く握った。
なんだ、この地獄は。
なんだって、彼女はこうも報われない?
失った家族の分まで一人で頑張り、妹のために必死で努力している芹さんが、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
見れば、残酷なほどに静かな画面の向こうで、俊平の手が芹さんの服に伸びていくのが見えた。
「っっっざけんなよ、運命様ァッッッ!」
俺は激高し、地面を強く蹴って8階層に続く傾斜を駆け下りた。
――。
「見えた!」
8階層に滑り降りたのと同時、俺は押し倒されている芹さんの姿を遠くに見つけた。
この場所から丁度視認できる洞窟の影に、確かに三人がいる。
俊平の手は、抵抗する芹さんの服のボタンを一つ一つ外していく。
このままでは、彼女の柔肌が曝されるまで1分とかからない。
が、ここに来て問題があった。
「くっ、よりによって谷の向こう側か!」
俺は、思わず毒突いた。
俺のいる場所と芹さんのいる洞窟の影との間には、巨大な谷が口を開けているのだった。
そこに架けられている橋はなく、向こうに渡るにはぐるりと大きく迂回して行かなければならない。
つまり、単刀直入に言うと――
「間に、あわない……!」
俺は、震える声で嘆いた。
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