第22話 決意

「瀬良……」


「私には、先輩が何に対して後悔しているかわかりません。無理に聞くなんていう、無粋な真似もする気はないです」




 瀬良は、俺の手を握りながら諭すように言葉を紡いでいく。


 仄かに甘い風が吹き抜け、瀬良の美しい黒髪を揺らした。




「先輩が過去にどんな過ちを犯していたとしても……私にとっての先輩は、格好良く弓を射ることができる憧れの存在で、律儀に私の練習に付き合ってくれる、素敵な方です」


「……っ!」


「だから、先輩は情けなくなんてありません。もし先輩を馬鹿にする人がいたら、私が先輩の横に立って文句を言ってやります。まだ出会って二ヶ月くらいしか経ってませんが、私は先輩のいいところを沢山知ってますから」




 瀬良は、手をグーにして突き上げて見せる。


 


「それに、先輩は誰かのために行動していますよ。私に弓を教えてくれるし、この間だって、たった一人でワイバーンに立ち向かったじゃないですか」


「それは……まあ、そうだけど」


「でしょう? だから、ふさぎ込む必要なんてありません。先輩はもう、Sランクという強大な力に驕らず、誰かのためにその力を使える……そんなカッコいいヒーローなんですから」




 そう語る瀬良の顔は、どこまでも俺を信じている表情で。


 気付けば――俺を雁字搦めに縛り付ける鎖は、音を立てて崩れ去っていた。




「ありがとう瀬良。なんかいろいろ吹っ切れたわ」




 俺は、大きく息を吐いて立ち上がる。


 大切な人のために自分を貫き通す芹さんを、俺が助ける。


 


 たとえ目立ってしまったとしても、構わない。


 俺はもう十分、不幸な自分に酔いしれたから。




「よしっ、やるか」




 俺は、気合いを入れるように後ろの髪を縛る。


 それから野暮ったい前髪を分け、ピンで留めた。




「瀬良、スマホ貸してくれ。ダンジョン内を歩き回られたら、探すのが困難だ」


「わかりました! 好きなだけ持って行ってください……って、一つしかないんですけど」


 


 瀬良は、苦笑いしながら俺にスマホを手渡してくる。




「サンキュー」




 俺はスマホを受け取ると、裏山ダンジョンへ駆け出すのだった。




△▼△▼△▼




 《瀬良視点》




「行ってらっしゃい。先輩」




 私は、弓道場を出て行く愛しい人を見送ったあと、ぼそりと呟いた。




 私は知っている。


 先輩が、眩しいほどに真っ直ぐで、優しい人だと言うことを。


 


 私が先輩に――先輩の放つ弓矢に憧れたのは、百発百中の命中センスを誇るからじゃない。


 矢を射るときの、その構えに、目線に。


 洗練された美しさを覚えて、目を奪われたのだ。




 弓矢には、その人の気持ちが――思いが伝わる。


 画面越しに見た、ワイバーンを撃ち沈める一撃。


 あれを見たとき、驚きよりも先に“美しい”と思う自分がいた。




 それはきっと、放たれる矢に誰かへの思いを感じ取ったから。


 目立ちたくないという自分のエゴよりも、誰かを助けることを優先した先輩の優しさが矢に乗っていたんだ。




 だから、私は彼の弓矢に憧れているんだ。


 でも――同時に少し、寂しくもある。




「妬けちゃうな……」




 胸に手を当て、私はぼそりと呟いた。


 悪い子だ、私は。


 本当は、先輩を彼女の元へ行かせてしまったことに、少し後悔してるんだから。


 こんな見苦しい嫉妬、先輩に見せられないや。




 けれど私は知っている。


 きっと、私が背中を押さなくても彼は走り出していただろうということを。


 そういう人だ、先輩は。


 そして――そんな先輩だから、私は惹かれてしまったんだろう。




 だから。


 今は、今だけはナズナさんに彼の思いを譲ろう。


 でも……




「負けないですから、私」




 私は、決意を胸にそう呟いた。


 私だって、恋する一人の女の子なんだから。


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