第20話 化けの皮

「一体、何をやらかしたんだ?」


「中学に入ってから何かをやらかしたわけではないですが……噂では、中学2年のとき、痴漢をはたらいて停学処分を喰らったそうです」


「いや思いっきり犯罪じゃないか!」




 ツッコミを入れたが、あんまり人のことを言えない。


 俺だって脛に傷を持つ身だ。


 ……それに、ストーカー働いてきた有名人を一人知っているし。




「大丈夫でしょうか、ナズナさん」


「……芹さんが、こいつに襲われるって言いたいのか?」


「最悪のパターンを想定すると、そうなるんじゃないかな……と」


「それは無いだろ、流石に。下心くらいはあるだろうが、生放送中だぞ? 襲えるわけがない」




 俺は、あくまで冷静に分析する。


 やましい気持ちがあって護衛についたのは事実だろう。


 だが――それでも全国規模で放送している中襲いでもしたら、社会的に死ぬ。


 襲うわけが無い。




「それに、単純にAランク冒険者だから、芹さんの護衛に立候補したんだろ?」


「Aランク……ですか?」




 不意に瀬良は眉根をよせる。


 それから、画面に映る二人の男の胸元を凝視した。


 そこには、確かにAランク冒険者たるアカシの金バッジが付けられている。




「本当だ。Aランクですね……先月学内で見かけたときは、緑のDランクだったはずですが。いつの間に……」


「は!?」




 俺は思わず声をあげてしまった。




「待て。先月までDだったのか? 本当に?」


「はい。相当ダンジョンに潜ったんですかね……」


「例え一ヶ月ダンジョンに潜り続けたって、そんなすぐランクが上がるもんか!」


「そ、そうなんですか? ……じゃあ、まさか」


「ああ、間違いない。ランク詐称の線が濃厚だろうな」




 ランク詐称は、発覚すればバッジを取り上げられ、二度とダンジョンに潜れなくなる重罪だ。


 未成年ならば罪自体は軽くなるが……それでも、やってはいけないことに変わりは無い。




 と、そのとき。


 俺はふと思い出した。


 俊平という男は――たしか、三ヶ月くらい前に女子更衣室に侵入して、こっぴどく注意されていた奴だ。


 最近は話題も廃れてきたが、女子を中心にしょっちゅう名前が挙がっていたから、俺も知っていたのだ。




「とにかく、タブーをこうも簡単に犯す奴等だ。お前の言う通り、芹さんを襲う可能性もあるな」




 よくよく考えれば、芹さんに一度カメラを止めるよう誘導すればいい話。


 暗いダンジョンの中だ。


 襲えるチャンスはいくらでもある。




 性欲絡みで事件を起こした奴等が、学校のアイドルで、高嶺の花である彼女に近づく理由は――悪いがそれしか思いつかない。




「早く助けに――ッ!」




 俺は、立ち上がって走り出そうとして――踏み出せなかった。


 


 足が重い。


 これに関わったらきっと、目立たない陰キャ生活が完全に崩れ去る。


 


 また、あんな思いをするかもしれない。


 颯爽と駆けつけて助けるヒーローなんて、所詮はファンタジーにしかいないのだ。


 


 俺は、銀メッキを掲げるだけのただの自己中野郎。


 それ以上でもそれ以下でも無い。


 俺に――芹さんを助ける資格なんてないのだ。




「ごめん……芹さん」


「先輩?」




 不思議そうに首を傾げる瀬良。


 俺は、握りしめた拳を開いて縁側に座り直す。


 それから、せめてもの贖罪にと、彼女の配信を見守ることにした。




 ダンジョンを進みながら、芹さんは何かをしゃべっている。


 それに合わせて、視聴者のチャットが上に流れていった。




 ――と。


 流れていくチャットの一つに、目がとまった。


 


 ぼんやりと眺めていたから、普通のチャットでその発言をしていたら、おそらく見逃していただろう。


 だが、そのチャットは他とは違う赤色で染められていて、¥10,000という表記がされていた。


 


 確か、スーパーチャットとか言ったっけ?


 配信者に与える投げ銭的なものだ。


 そして、そのスパチャの中身に俺は釘付けとなっていた。




『応援。妹ちゃんに』




「妹? どういうことだ……?」


「先輩、もしかして知らないんですか? ナズナさんの妹のこと」


「ああ……芹さんの妹がどうしたんだ?」




 俺は、ごくりと唾を飲み込んで、瀬良の口から語られるのを待った。

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