第19話 空っぽの称号
――小学六年の9月。
その日、俺の小学校は運動会を開催していた。
年に一度の晴れ舞台。
おまけに、小学校最後の行事ということもあって、俺は張り切っていた。
当時の俺は、とにかく自己中で、目立ちたがりだったように思う。
演劇会の主役を努め、音楽会のセンターを張り、いつしか自分こそが一番だと思い込んでいた。
いわゆる、ちっぽけな自己陶酔というやつだ。
そんな中で迎えた運動会。
小学校の運動会において、高学年にのみ許された少し危険で派手な演目がある。
それは――組み体操。
人間の身体をパズルのように組み合わせて、様々な演技をする団体競技だ。
その中でも、
四つん這いになった人達が土台を作り、その上に人が乗って一回り小さな土台を作り、それを積み重ねていく。
最後に一番軽い人が上に立って、立ち上がったところで完成する花形の技だ。
もちろん、そのとき人々の視線は、一番上に立った人に向けられる。
だって、立った瞬間にピラミッドという技は完成し、その様子を皆が固唾を呑んで見守るのだから。
――ここまで言えば、勘の鋭い人は気付くと思うが、俺はピラミッドの一番上を担当した。
そして――失敗したのだ。
目立ちたいがために、クラスの一番軽いやつにポジションを代わってくれるよう命令した。
俺の体重は当時クラスで真ん中くらい。
加えて俺自身、足場が不安定でも十分立てるだけの体幹があった。
だから、問題ないと思っていたのだが――見積もりが甘かったのだ。
組み体操の
俺が立てば、五段の大きなピラミッドが完成する――そんなときだった。
ぐらりと足下が揺れたかと思うと、ピラミッドが中程から大きく崩れた。
俺の担当するはずだったポジションは丁度真ん中の三段目。
だが、実際に本番でそこを担当したのは一番軽いやつだ。
結果、上の重みに耐えきれず、ピラミッドは瓦解。
ぐるりと回る視界の中出、観客や生徒達の悲鳴が聞こえたのは、今でも鮮明に覚えている。
――その後、俺はクラス全員から責め立てられた。
何せ、崩れ落ちたことで2人が骨折の重傷、10人近くが打撲や捻挫などの軽傷を負う惨事となったのだ。
しかも、クラスの半数近くが保健室や病院に行くこととなったために、その後の競技は続行不可能。
小学校最後の運動会は、俺のクラスの敗北で幕を閉じる。
全てが、俺のせいで台無しになったのだ。
残酷な赤色が空を染める夕暮れの教室で、俺の周囲を取り囲むクラスメイト達。
――「お前のせいだろ。お前が我が儘言ったから」――
――「暁斗くんが出しゃばったからでしょ。どう責任とってくれるのよ!」――
――「自己中。死ねばいい」――
赤い空をバックに、黒い影が口々に言っていた。
俺のせいだとわかっていたから。
俺が、彼等の努力も楽しみも台無しにして、身体をも傷つけてしまったから。
何も言えず、ただただ後悔に打ちひしがれていた。
その後――俺は不登校になった。
小学校を卒業し、中学に上がってしばらくは、ずっと葛藤を抱えていた。
自分に対する失望、怒り、後悔。
だが幸い、その憂さをぶつける場所を俺は知っていた。
それこそが、ダンジョン。
俺は、日夜ダンジョンに入り浸り、晴れることのない心の靄を強引に引きちぎるように、ひたすらモンスターを刈り続けた。
今のSランクという称号は、その過程で得たもの。
いわば、どうしようもない負の遺産。
自分の過去に向きあうこともできず、ただ我武者羅に日々を過ごした果てに得た、空っぽの称号。
俺のこの力は、たった一度少女の命を救っただけ。
誰もが憧れる銀色のバッジの正体は――何の価値もないただの銀メッキだ。
彼女に「協力してくれ」と頼まれたとき、俺は自分を変えられるチャンスが来たのでは無いかと思った。
俺が、自分の殻を破ってもう一度立ち上がれる、その機会が訪れたのではないかと。
だが――俺は首を縦に振れなかった。
また不用意に目立って、調子に乗って、誰かを傷つけてしまうのが怖い。
いろんな人から疎まれて、非難されるのでは無いかと考えてしまう。
もしそうなったら――俺はもう二度と、前に踏み出せないだろう。
過去の鎖が、俺の全身を雁字搦めに拘束しているのだ。
だから、俺は彼女の協力要請を断った。断るしか無かった。
これで正解なのだ。
自分がこれ以上傷付かないためには。誰も傷つけさせないためには。
何もしないのが最善手。
なのに……どうして、今までに無いくらい胸が苦しいんだろう。
――。
「――あ!」
不意に、瀬良が大きな声を上げて、過去を彷徨っていた意識が現実に引き戻される。
「なんでこいつが、ナズナさんの護衛に!?」
「どうした?」
俺は、瀬良が凝視している画面を見る。
『今回は、彼等に護衛をしてもらいまーす!』
明るい芹さんの声。
それに応じるようにして、俊平と太の顔が映る。
「瀬良、こいつらを知ってるのか?」
「細い方は知らないですが、もう一人は知ってます。少し……いや、相当ヤバい奴ってことで一年では有名ですから」
「なんだって?」
俺は、思わず眉をひそめた。
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