第6話 ざわつく教室

 《暁斗視点》

 

 翌日。


 いつものように学校へ向かった俺は、通学路や廊下などで行き交う人々が、どこかざわついているのを感じた。




「ねぇ、今朝のニュース見た?」


「見た見た! なずなさんを助けた弓使いでしょ? あの人バリ凄くない?」


「ねー! しかも結構顔かっこよかったし」


「うっそ! 私てっきり女の人だと思ってたけど……男の人なの?」


「さあ。でも、どっちだとしても惚れそうだわ」


「確かに!」




 教室へ向かう廊下を歩いていると、何やら知らない人の話題で女子達が盛り上がっているようだった。




 世の中には、ずいぶんモテる人間がいて羨ましい。


 どこの誰かは知らないが、あれだけ話題にされればそいつも本望だろう。




 ――。




「おっす!」




 教室に入るなり、楽人が勢いよく挨拶をしてくる。


 目立つのが嫌な人間にそんな大声で話しかけんな。しばくぞコラァ。


 内心ではそう思いつつ、「うす」と小さく返事をして、楽人のいる窓際まで向かった。




 途中、ちらりと周囲を見まわしたが、なぜか誰も俺達の方を気にかけていない。


 ここに来るまでと同じように、どこか浮ついた空気だ。


 


「なんか今日、みんなおかしくないか?」


「おお、それな」




 楽人は、訝しむ俺の肩にぽんと手を置いて言った。




「俺も詳しくは知らないんだが、昨日うちのアイドルがダンジョンでモンスターに殺されかけたらしくてよぉ」


「大丈夫なのか、それ」




 俺は驚いて、少しだけ声のボリュームが上がってしまう。


 慌てて周りを見るが、やはり俺達など眼中にないとばかりにそれぞれグループを組んで話し合っている。


 それも、嬉々として。




 学校のアイドルが死にかけたなら、もっと違う表情を見せるはずだが――




「で、こっからなんだけどよ。芹が死にかけたとき、颯爽と現れてモンスターを一撃で倒したヒーローがいたんだって、もう日本中で話題らしい」


「ふーん……ん? ちょっと待て。なんでダンジョン内で起きたことが、たった一晩で日本中の話題に発展するんだ?」


「はぁ? お前アホか。芹は登録者20万人越えの大人気ダン・チューバーだぞ。その様子を配信してたからに決まってるだろうが……たぶん」


「たぶん、て。お前見てないのか」


「昨日スマホをダンジョンの沼に落として修理に出してたんだよ! そんな状態でネットのチェックなんてできるわけないだろ」


「そこはかとなくマヌケだな」




 俺は肩をすくめて見せる。


 まあ、大体の事情はわかった。




 どうやら昨日、アイドルを助けた王子様がいたらしい。


 そりゃ、ここまで噂にもなるわな。


 俺には縁遠い世界だ。




 俺は自分の席に荷物を置くと、廊下へ向かった。




「どこ行くんだ?」


「トイレ」


「漏らすなよ~」


「誰が漏らすか」




 俺は、楽人を睨みつけて言った。


 一つだけわかったことがある。こいつは絶対、その王子様ではない。




 ――。




 廊下を歩いていると、騒がしい声がさらに騒がしくなった。


 人混みをかき分けて、一人の人間が現れる。




 芹なずなだ。


 一晩休むだけでよいのかとも思ったが、外傷はきれいさっぱり消えている。


 きっと、腕の立つ回復スキルの使い手に癒やしてもらったのだろう。


 ただ一つ、昨日までと違う点があると言えば、腰まであった美しい金髪が、肩あたりまでばっさり切られていることだった。




「なずな様、無事だったのですね。心配しましたわ」


「お体はもうよろしいので?」


御髪おぐしを切られたようですが、何かありましたの?」




 取り巻きの女子達が、口々になずなを責め立てるが、それに対し一人一人丁寧に返している。




 病み上がりなのに大変だな、人気者は。


 そんなことを思いながら、俺は女子達の塊の横をそそくさと通り過ぎる。




 そのとき、ほんの一瞬だけなずなと目が合った――ような気がした。


 いや、実際に気のせいだろう。




 前髪で隠れた俺の目は、なずなには映らない。


 まして俺は「紋無し」。一瞥いちべつをくれてやるだけの価値もない。


 そう思いながら、俺はその場を後にする。




 なずなの視線が、意味ありげに俺の背中を追っていることにも気付かずに。

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