練気は魔法をも打ち砕く

藤本敏之

第1話 異世界召喚って…マジですか?

ここは萩ノ目学園。この物語の主人公小林春輝は、購買でパンを購入し、1人屋上を目指して歩いていた。身体つきはそれなりに筋肉が付いており、運動神経は悪くない。元々中学では陸上部だったし、実家は小林流舞闘術と呼ばれる格闘技の本家だったので、それなりに強いとは自負している。残念ながら、春輝は長男ではないので、実家を継げないということで、家ではそんなに居場所があるわけではなかった。長男が小林流を継ぐだろうし、分家の方には長女が嫁ぐことになっているので、基本自由にさせてもらっている。それが嫌かと本人に問うと、笑って首を振るような有り様ではある。かと言って、春輝自身も高校からは師範として練習生に教育もしているのだが…

「あー、いい天気だぁ。」

屋上に着き、伸びを1つする。そしてフェンスの近くにあるベンチに腰掛けて、購買で買ったパンを食べる。学校のクラスメイトや同級生、上級生から下級生まで、春輝に何かをしてくることはない。理由は簡単、萩ノ目学園は入学、卒業に学力だけでなく身体能力も必要な学校であり、入学時の春輝の身体能力、学力共に特待生だったので、それを全校生徒は知っている。なので恐れ多いのか…話しかけてくれる生徒の方が少ないのである。だから基本春輝はぼっち飯であり、少し異常かな?とは自分でも思っている。さて、パンを食べ終わり、ベンチで寝っ転がると、空を見上げた。雲1つない晴天で、そんな晴天を見るのが春輝は好きだった。

「あの…小林君?」

「ん?」

声をかけられ、春輝が寝そべった状態で首だけ向けると、クラスメイトの志津川湊がいた。起き上がって、春輝が湊の方を見上げると、湊の後ろに2人の男がいた。クラスメイトの萩ノ目新一と上坂光太郎だ。

「何かあったっけ?」

「何かあったじゃない。小林、クラブ活動入部届けを出してないだろう?」

「だから催促に来たんだ。」

新一と光太郎、湊は幼なじみというやつで、新一は名字の通り萩ノ目学園の理事長の息子、光太郎は校長の息子で、湊は社長令嬢。皆萩ノ目学園に入学するだけあって学力も身体能力も秀でている。まあ…春輝が異常なまでに高いのだが?

「そう言われても、今は家業の手伝いで忙しいから、特例で許されてるって言わなかったか?」

「全く…もうすぐ7月だぞ?そろそろ落ち着いても良い頃だろう?」

「新一の言うとおりだ。いい加減なにかの部活に入れよ。」

「そんなに家業が忙しいの?」

「師範として、道場の門下生に指導してるんだよ。」

本当の話をしているし、担任も家に来て確認して、学校側に説明しているのだが、どうにも理事長と校長は春輝の身体能力で全国一を取りたいらしく…その為に新一と光太郎を来させているのだろう。喧嘩にならないように湊は仲裁役として来ているのかな?と春輝は思っていた。春輝は立ち上がると、お尻をパンパンとはたいて、教室に戻ろうとする。

「待てよ、話は…」

新一がそう話した瞬間、春輝達の足元に魔法陣が形成される。

「?」

「え?」

「何だ!?」

「はぁ!?」

それぞれの反応を他所に、魔法陣から光が漏れ出し、4人は光に包まれた。


「おかしいですね?確かに喚んだのは1人のはずですが…?」

春輝は気絶していたのか、そんな言葉に反応して目を覚ますと、周囲を見渡す。床には湊、新一、光太郎が倒れており、自分達の周囲に見慣れない服を着た人が10名ほど立っていた。

「お一人は目を覚まされた様ですが…」

「話を聞いてみましょう。」

そう言われて春輝は立ち上がると、小林流の基本の型を取る。臨戦態勢をとらないと、何をされるかわからないからだ。それを見て、先程の声の主である女性が話しかけてきた。

「我々は敵ではありません!」

「…」

そう言われて、春輝も構えを解く。ホッと胸を撫で下ろした女性は、湊に近付き起こす。他の二人も別の男性に起こされていた。

「誰?」

「何だ!?」

「ここは!?」

それぞれ目を覚まして素っ頓狂な声をあげるが、全員起きた所で女が話をする。


女の名はリリア。ここはバリトン国というらしい。リリアは王女で、最近魔王が攻めて来たので、異世界から勇者を喚んで戦って貰おうと思ったらしい。その上で召喚魔法を使ったが、1人を呼び出すつもりが4人来てしまった。誰が勇者なのかは謁見の間に力を調べる装置があるから一緒に来て欲しい。


簡単に春輝は話をそのようにまとめて、面倒臭いのでリリア達に付いていった。他の3人も、地下にいるよりは…そう思って付いてきていた。さて、謁見の間には大きな装置があり、水晶が浮かんでいた。

「皆さん、この水晶に触れて下さい。」

そう言われて、新一から触れる。そこで水晶が光り、文字が浮かんでいた。だが、日本語でも英語でも無い文字で、書いてあることの殆どが読めなかった。数字は同じなのか、10やら30やらと映っているのは解った。

「では次の方。」

今度は光太郎が触れる。やはり文字は解らなかったが、リリアと取り巻きの反応を見るに、良かったのだろう。新一の時にも驚いた様子を見せていたのだから。

「次は貴女です。」

湊が触れると、2人より水晶は小さく光っていたが、春輝は見逃さなかった。何かの数値が800という数字だったのを。他の2人にはそんな数字は浮かんでいたなかったな?と、春輝が思っていると…

「最後に…」

そう言われて、春輝が水晶に触れる…が、何も起こらない。光もしないし、動きもしない。

「そんな…」

「まさか…」

そう驚いたのは束の間、リリア達は大声で叫んだ。

「あの男を殺しなさい!」

物騒な声とともに、衛兵が扉から現れ春輝を囲んだ。

「リリアさん!?」

「小林が何したって…」

「魔力0の人間が勇者な理由ありません!この国の恥になります!処刑しなさい!」

そう叫んでいるリリア達を他所に、春輝は思った。この世界って…命狙われたら正当防衛成立するのかな?…と。そう考えている春輝に、衛兵の1人が槍を突き出して来た。春輝はその槍を左手で流れを変えて一歩踏み出して、兜に護られた顎に目掛けて掌底を放った。

「ぐはっ!?」

吹き飛ばされた勢いのまま、後ろの3人を巻き込んで衛兵が吹っ飛ぶと道が出来たので、春輝は急いでその方向へ走り出し、壁を蹴って扉の方へ飛び、謁見の間を出ていった。

「追いなさい、そして首を持ってきなさい!」

「小林君!」

「小林!」

そんな声が聞こえた様な気がしたが…春輝は兎に角逃げることにした。


春輝が裏路地で身を隠して少し経った頃、城から多くの兵士が出てきた。

「ったく、勝手に召喚しておいて、殺す気とか…あの女…」

気配を殺しつつ春輝は悪態をつく。そうこうしているうちにも兵士がそこら辺を彷徨きながら、

「この辺で怪しい奴を見なかったか!?」

「あっちにいたぞ!」

「いやこっちだ!」

と大騒ぎ。仕方なく春輝は裏路地から建物の屋根に登った。そこから見えたのは、中世の絵画のような、レンガなどで作られた家と、城壁、塔などであった。

「本当に異世界なんだな。」

そう思いつつ、これからのことを考えていると、近くの家(屋根と高さが同じ)の窓が開き、女の人と目があった。

「…」

「あ…どうも…」

「あんた…兵士が追いかけてる…?」

「そう…ですね…」

「…こっちだ!」

そう女に言われて、春輝は窓から家に入った。決して広いとは言えない家の中を眺めて、春輝は覚悟を決めた。恐らく…兵士を呼ばれるんだろうなぁと。しかし女は階段を降りると鍵を閉めて、誰も入れないようにした。春輝も下に降りると、女は水を汲んで春輝に渡す。

「安心しな、兵士に突き出して得する人間なんざ、この辺にはいないから。」

「…」

「あんた…城で何かやらかしたのかい?」

「いや…勝手に召喚されて、水晶に触ったら何も反応しなくて…殺されかけたんだ。」

そう話して春輝は一口、女が淹れてくれた水を飲む。

「異世界から勇者を召喚する…そんな通達が出てたね。あんたの触ったのは魔力の水晶ってやつでね?魔法をどれだけ使えるか調べるやつさ。あたいらも産まれたら直ぐに数値を測られる。」

「…反応が無いってのは…?」

「魔力0、この世界じゃやってけないかもね。」

「元の世界に帰れないのか…?」

「さあねぇ…召喚は前にもされていたけど、勇者が魔王を倒した、なんて聞いたこと無いからねぇ。」

「…俺は…どうしたら…」

「暫くはあたいが面倒みてやるよ。」

「へ?」

「あたいとあたいの亭主は、王女が嫌いでね。あんたを突き出そうなんて思ってない。それに、昔召喚された勇者の悲惨さをみたこともあるからね。あんた…言葉は解っても字が読めないんだろう?読めたらきっとあの水晶に浮かんだ文字が解ったはずだからね。」

「…」

「おうい、帰ったぞぅ、開けてくれぃ!」

「あいよ!」

女が扉を開けると、大きな男が入ってきた。

「ん?」

「あんた、また王女が勇者を…」

「なるほどなぁ、ワシはバルザック、こっちは女房の…」

「メリッサだよ。」

「俺は…春輝。」

「いい名前だねぇ。だけど、名前は変えたほうがいい。あの水晶でバレているし、こっちじゃ聞かない名前だから。」

「そうさなぁ、名前の意味は?」

「春に輝く…」

「ならティーグって名乗りな。あたいの故郷で同じ意味だから。まあ、バレたらその時はその時さ。」

そう言ってメリッサとバルザックは笑い、春輝…もといティーグはこの世界に来て始めて笑った。

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