銀の魔女は愛を知る ~世界を変える力を持つ少女と世界を変える宿命を持つ魔術師の些細な恋物語~

日諸 畔(ひもろ ほとり)

第1章 銀髪少女と誘拐犯

第1話 目覚めは出会い

 朝日と共に目に入ったのは、私にとってまるで現実感のない光景だった。

 人影がひとつと、よくわからないモノがひとつ。少しの距離を空けて向かい合っている。人間だと思えるほうは、全身を外套で隠しているけど、体格からして細めの男の人。

 そしてもうひとつは、なんか大きいこと以外は本当によくわからない。たぶん顔だと思う部分は、トカゲのような、オオカミのような、なんとも言えないそんな感じをしている。


「なにこれ?」


 もしかしたら、夢を見ているのかもしれない。そもそも外にいることがおかしい。私はお父さんやお母さんのいる家で眠っていたはずなんだ。それに、なぜか手首と足首が縛られて身動きできない。

 夜が明けて目を覚ましたら、私は十六歳になっている。特別な年齢となることに興奮して、なかなか寝られなかったことを覚えている。

 うん、これは夢だ。おもしろい夢を見るものだなって、自分でも笑ってしまう。


 夢を覚ますにはどうしたらいいか考えている間、目の前でも動きがあった。モノが私の姿に気付いた様子で、こちらに顔を向けている。低いうなり声は、なかなかの迫力だ。

 ああ、そういうこと。これに襲われて、目が覚めるっていう流れだね。夢とわかってしまえば、意味不明な状況も楽しく思えてしまう。

 

「よし来い。変なの!」

「ちっ!」


 私が声をあげるのと、男の人が舌打ちするのと、モノが飛び掛かってくるのは同時だった。大きく開かれた赤黒い口の中、黄ばんだ歯が並んでいるのがよく見えた。

 次の瞬間、熱風と共に視界が赤い光に覆われる。私は思わず目を閉じた。うん、きっとこれで終わり。

 ん、熱い?


「あれ?」

「あれ、じゃない」

 

 瞼を開くと迫っていたモノの姿は消え、男の人が私を見下ろしていた。頭にかぶっていた外套がめくれ、朝日に照らされた素顔が私の目に映った。

 碧の瞳に、色味の強い金髪。鼻筋は通っているものの、やや丸顔なところに親しみを感じる。私の住む村にはいないタイプだ。まるで、小さい頃によく聞かされた、おとぎ話の王子様のよう。


「王子様?」

「は? 何言って」


 思わず口から出てしまった言葉を受けて、仮称王子様が怪訝な表情を浮かべた。露骨に目を吊り上げ眉を八の字にした顔は、私の思う王子様ではなかった。なので、これからは金髪さんと呼ぶことにしよう。

 そして、だんだんわかってきたことがある。うん、これは夢ではなさそう。さっきの光は熱かったし、紐で縛られたところが痛くなってきた。現実であるなら、今の状況はとてもまずい。私はようやく、何か良くないことに巻き込まれたと気が付いた。

 

 どうして私は外にいる?

 ここはどこ?

 なぜ縛られてる?

 この人は誰?

 あのモノはなに?

 熱い光はなに?

 

 大量の疑問が頭に浮かぶ。

 でも、どれもこれもわからない。頭がおかしくなりそうだった。

 

「怪我は?」

「ない、です」

 

 私の言葉が本当そうなのを確認すると、金髪さんは小さく頷いた。その様子から考えると、どうやら私を助けてくれたらしい。味方がいることに、少しだけ安心できた。態度はちょっと怖いけど、いい人なのかもしれない。


「あの……」

「ん?」

「助けて、くれて、ありがとう」


 喉がカラカラで、うまく声が出ない。私はいつからこの状態だったのだろう。不安と焦りで、考えがまとまらない。


「ああ、気にしないで。まさか夜明けと同時に魔物が出るなんて、俺も驚いたけど」

「ま、もの?」


 私はかすれた声で聞き返すのがやっとだった。

 

「ああ、喉乾いてるよね。寝起きだし」


 そう言って金髪さんは肩にかけたカバンから、獣の皮を使った水入れを取り出す。たまに村へ訪れる旅人も同じようなものを持っていた。この人も、遠くからやってきたのかもしれない。


「ほら、口開けて」


 言われるまま、芋虫のように体の向きを変え口を開く。ゆっくりと流し込まれる水は、私の喉を優しく潤してくれた。


「落ち着いた?」

「少しは」


 一息つき、少し気持ちが楽になる。とはいっても、意味が分からない状況には変わりない。今できるのは、目の前にいる人に頼ることだけなんだと思う。

 

「あの」

「ん?」

 

 水入れをしまいながら、金髪さんは再び私を見下ろす。彼はきっと現状を理解している。そうでなければこんなに落ち着いていられないはずだ。


「私、なにもわからなくて」

「ああ、そりゃそうだね。説明するよ」


 金髪さんの返事は早かった。まるで、私の質問を予想していたかのように。


「俺の名前は、レイトラン・オルニール。レンでいいよ。魔術師をしている。さっきの魔物は魔術で退治した。ほら、これ資格証」


 レンと名乗った金髪さんは、胸元から小さな金属の札を取り出して私に見せる。田舎者の私でも知っている、魔術師の証だった。

 こんな田舎にまで来る魔術師といえば、横柄で、暴力的なイメージがある。でもこの人はどこか違って見えた。


「で、探し物の旅をしてた。それがやっと見つかったところ。ユリーナ・サクシャ」

「え? 私?」


 探し物?

 私の名前を知っている?


 再び私の中に疑問が沸き上がる。混乱しすぎて、もうなにもわからない。


「だから、さらってきた」

「え?」

「ああ、安心して。君の家族や村の人に危害は加えていないから。ちょっと暗示はかけたけどね」


 金髪の男は、涼しい声でとんでもないことを言ってのける。私は誘拐されてしまったらしい。

 

「あなた、私をどうする気なの?」

「ああー、レンでいいのに。まぁ初対面だから仕方ないか」


 誘拐犯は私の言葉を遮り、軽薄な調子を崩さないまま話を続けた。


「銀色の髪の少女。君は俺に必要な存在なんだよ」

「銀色の髪って、人違いじゃない」

「いや、銀髪だよ」

 

 何を言っているのだろうこの人は。私の髪は赤茶色だ。夜ならともかく、日が昇っているのだから見間違えるはずがない。

 様子のおかしい人につかまってしまった。恐ろしさのあまりに身震いした瞬間、強めの風が私の髪を揺らした。そして、私は自分の目を疑った。


「銀、色?」

「そういうことだよ」

「えええええええー!?」

 

 視界の端に、見慣れた赤茶色のくせ毛はなく、透き通るような銀髪が見える。お父さんもお母さんも、村のみんなも、こんな色の人はいなかった。私は叫ぶことしかできなかった。


「で、さっきの質問の答えだけど」


 私が叫び終えるのを待って、誘拐犯兼魔術師が言葉を続ける。疑問が多すぎて、さっきの質問がなんなのかもうわからない。


「一年後、十七歳の誕生日までに俺を愛してもらう。そのためにさらってきた」

「ええええええー!?」

 

 金髪の男は、見た目だけは愛嬌のある目を細めた。

 私は再び叫ぶことしかできなかった。

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