第37話 真実。そして答え合わせ……

 再び静まり返る寝室。耐えられなくても、私から言葉を発する場面ではないことは、一目瞭然だった。


「つまり、ブレイズ公爵夫人がメイベルを遠くに嫁がせたくなかった理由は、そういうことなのか」

「え? お母様がどうかしたんですか?」


 呟くように言われたため、聞き取りづらかった。


「俺もメイベルに秘密にしていたことがあってな。それを言わなければ、怒るに怒れないと思ったんだ」

「……つまり怒ることは前提の話なんですね」


 というより、アリスター様の中ではすでに決定済みらしい。


「逆にこの流れで何故、怒られないと思う」

「それは、その……私が」

「私が?」

「……旦那様の、妻だからです」


 予想外の答えだったのか、アリスター様は驚いた顔をした。が、次の瞬間、私の言いたいことに気づいたらしい。

 わざわざ遠回しに言ったのがバレた。


「俺ならもっとハッキリ言うが、メイベルは違うらしいな。所詮、その程度にしか想われていなかったってことか」

「っ! 違います!」

「なら、もっと適切な言葉があるはずだが?」


 分かっているクセに!


「旦那様は私に甘いから」

「間違ってはいないが……」

「……あ、愛されているからです!」


 好きです、と言うよりも恥ずかしい。傍から見ると、自意識過剰にも感じるし。あー、もうやだ!

 ってあれ? 返事が来ない。


 アリスター様の顔を見て、思わず袖を引っ張った。ベッドの端に座って向き合いたいけれど、私が動くと過剰に反応されそうな気がして、できなかった。


「そんな嬉しそうな顔をするのなら、もっと近くに来てください」

「っ!」


 いつもなら、言わなくても来てくれるのに……。


「そうでした。怒っているからダメなんですよね。すみません」

「いや、そういうわけでは……まぁ、そうだな。あと、俺の話もまだ終わっていないから」

「確か、旦那様が秘密にしていたこと、ですよね。それはあまり良くないことですか? だったら、聞きたくないです」


 もしくは私が怒る話なら、そのままにしておいてくれた方がマシだ。


「そうじゃない。どちらかというと、俺がいかにメイベルを大事に、そして長い間、どれほど想っていたのかを知ってもらいたいだけだ。メイベルが無茶をすればするほど、どれだけ俺の心労が溜まるのか、をな」

「……つまり、旦那様にとっては恥ずかしい、ことなのですね」


 秘密にしていたくらいだから、あながち間違いではないだろう。アリスター様が視線を逸したのがいい証拠だ。

 しかし言わない、という選択肢はないらしい。アリスター様はほんの少しだけ照れた顔で話し始めた。


「結婚式の翌日、メイベルに確認したのを憶えているか?」


 何を? と首を傾げていると、アリスター様は私の返事など期待していなかったのか、そのまま言葉を続けた。


「エルバートが変な置き土産をしたんじゃないか、と」

「あっ」

「俺が十三年前からずっと、メイベルに求婚書を送り続けていたことを話したんじゃないか、とヒヤヒヤしたんだ」

「え?」


 十三年前って……。


「五歳の私に? 求婚書?」

「あぁ。その全てを公爵夫人に破り捨てられていたらしいがな」

「でしょうね。いくらなんでも五歳の私に、だなんて。それに旦那様は……」

「十三の頃だ」


 その時から想われていたのは知っていたけれど、まさかそこまで!? ただ好きってだけじゃなかったの?


「で、ではやはり、私と結婚したいために、バードランド皇子に頼んで婚約破棄を?」

「そうだ。罠を仕掛けてもらった。あのままだとバードランド皇子との結婚が決まり、日取りも発表されそうになっていたんだ。皇后はメイベルが十八になるのを待っていたくらいだからな。それを阻止するために、一芝居打ってもらった、というわけなんだ。メイベルには悪いことをしたと思っている」


 答えが合っていたのに、嬉しさよりも恥ずかしさの方が増した。何故かアリスター様ではなく、私が。


「しかしこれで、俺がどれほどメイベルを求めていたか、分かってくれたか?」

「……は、はい」


 アリスター様の顔を直視できなくて、私は俯いた。


「だから、記憶を失うような案件を秘密にされるのは、さすがに堪える。先に言ってもらわなければ――……」

「役立たずだと思われるのが嫌だったんです」

「そんなことはない」

「あります。現に私はシオドーラのように、領民に求められる辺境伯夫人ではありませんから」


 領内で見た、聖女ごっこをする子どもたち。大人と違って彼らは素直だ。残酷なまでに現実を突きつけてくる。


「ガーラナウム城でも、女主人として何一つできていません。ダリルの手伝いレベルにも達していないんですよ」


 すると、アリスター様が私の頭に手を乗せた。


「メイベルは俺が、好きでもない、嫌いな女と結婚してもいいと言うんだな。周りの幸せのために俺に犠牲になれと?」

「……いいえ。旦那様に不幸になってほしいとは誰も思いません」


 国と同じで、トップが安定しなければ、下の者は不安になる。エヴァレット辺境伯領は国境に面しているから特に。


「メイベルはここに来て間もない。実績作りなら、これからいくらでも望める。失敗やつまづきで責める者がいるかもしれないが、俺が全力でフォローする。だから、無理はするな。無茶はするな。メイベルがいなくなると、生きていけない人間がここにいるんだ」


 怒られている、というより懇願されているような気がした。もしくは、プロポーズに近いかもしれない。


 うん。プロポーズだね、これは。あれ? そういえば……。


「旦那様。私、プロポーズされていなかったことに気がつきました」

「そういえば、そうだな。取り引きから始まった契約結婚だったから」


 途端、アリスター様は黙り込んだ。多分、私と同じ考えに行き着いたのだろう。


「改めてやり直したいところだが、領地だと目立つ。もうほとぼりも冷めた頃だろうから、首都へ戻ってみるか?」

「っ! いいんですか?」

「メイベルもやり直したいだろう?」

「……はい」


 プロポーズ? ううん、それだけじゃない。結婚式もだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る