第3章 いざ辺境伯領へ

第15話 感心した矢先の心配

「あまり、末のクリフについては知らなかったが、とんだ食わせものだったな」

「ふふふっ。アリスター様に驚いてもらって、私も嬉しいです。自慢の弟ですから」


 あの家族会議があってから、一カ月後。

 クリフが尽力してくれたお陰で、私は今、アリスター様とエヴァレット辺境伯領へ向かう馬車の中にいた。


 道のりは、転移魔法陣を使用しても一週間はかかる。それくらい首都から離れていた。故に、出発は早いに越したことはない。

 一カ月と二週間過ぎても、社交界は私の話で持ちきりだったからだ。


「恐らく、私が牢屋にいた二週間で、色々なことを聞いたのでしょう。普段は淡々としている子なのに、お母様たちみたいなことを言うのは余程ですから」

「淡々と、か。どっちに猫を被っているのか分からない奴だな」

「勿論、陛下たちに決まっているではありませんか」


 ずっと傍にいた私やお母様を含め、家族に対してクリフが猫を被るわけがない。そもそもメリットがないのだから。


 しかし、クリフの陛下たちへの影響力には驚かされた。

 なにせ、始めにやってきたのは謝罪の手紙だったのだ。それも……。


「バードランド皇子の謝罪文だと思ったら、まさか陛下から来るなんて」

「そうだな。いくら近しい関係でも、一令嬢相手に書くこと自体が異例だ。それをいとも簡単にやらせるんだからな。末恐ろしいにもほどがある」

「……はい。そこは否定致しません。何せ、婚約破棄に対するバードランド皇子の行動。私への対応など。その謝罪行為がアリスター様との婚約だと思っていたんです。そのくらい速いものでしたから」

「あれは、メイベル嬢をあのまま牢屋に入れておいたら、ブレイズ公爵夫人が何をするのか分からないから、陛下たちも急いだんだ」


 そう、事の真相は。けれどそれは、私に対する謝罪行為ではない、とクリフは言い放ったのだ。


『これを辺境伯夫人となる姉様が知ったら、母様の時よりも厄介なことになり兼ねませんよ。たとえば、エヴァレット辺境伯に頼んで、「国境なんて守らなくていい」としたら、大変ですからね』


 などと傍から聞けば、脅迫まがいの言動をしていたらしい。だから、それとは別の謝罪があった方がわだかまりは生まないとアドバイス(?)をしたという。


「それをうまく使って、結婚式に参列するための休暇をもぎ取るとはな。俺の噂など掻き消えるほどの手腕だったぞ」

「能ある鷹は爪を隠すということわざを体現したような子ですね」

「いや、あれはブレイズ公爵夫人やエルバートが濃すぎて見えなかっただけだと思うがな」


 敢えてそこに私の名前を加えなかったのは、本心なのか、優しさなのか。聞かないでおいた。


「ふふふっ。なにはともあれ、クリフを高く評価していただきありがとうございます」

「……どうかな。俺への当てつけにやったようにも見える。メイベル嬢を傷つけるようなことをすれば、いとも簡単に陛下たちを動かすことが出来るのだと、な」

「アリスター様には申し訳ありませんが、否定は致しません。実際、クリフから言われてしまったので」


 するとアリスター様は、一瞬、驚いた表情をした。無理もない。ただでさえ面倒な家族なのに、伏兵が潜んでいたのだから。


「しかし、逆に陛下たちに圧力が掛けられたのですから、これはこれで、よしとしなければなりません。国境を守る辺境伯家が蔑ろにされる、という恐れは薄まったのですから」

「クククッ。なるほどな。クリフなりの祝儀しゅうぎ、というわけか」

「……それは……偶然だと思いますよ。さすがにそこまでは計算していないでしょうから……多分」


 私の中のクリフはずっと、心のオアシスでいてほしい。

 そんな願望が顔に出ていたのか、突然頭を撫でられた。


「止めてください。折角サミーが綺麗にセットしてくれたのに、台無しになってしまいます」

「だったら、休憩の時に直して貰えばいい。向こうもそのつもりでいると思うぞ。出発前に言えなかったせいか、凄い顔で俺を睨んできたからな」

「えっ! それは、何と言いますか。申し訳ありません」

「いや、あれくらいないと、辺境伯領ではやっていけん。だから、許可したんだからな」


 そう。サミーを連れて行っていいか、アリスター様に聞いたのだ。何せ、初対面がよくなかっただけに心配で仕方がなかった。

 もしもアリスター様が、サミーを邪険に思われていたら、私はエヴァレット辺境伯領でやっていけないだろう。そのくらい重要な問題だった。


 しかし、アリスター様は二つ返事で承諾してくれただけで、その他は言及しなかった。勿論、サミーも。

 結果、恥ずかしいことに、私一人だけあわあわしていたのだ。


「それに、あれくらいの気合がなくては、メイベル嬢を安心して置いていけないのも事実だからな」

「い、いくらなんでも、暴れませんよ、私は」


 確かにお母様は、ベルリカーク帝国でも有名なほど問題のある方だけど。


「違う。辺境の者たちからすれば、首都で生まれ育ったメイベル嬢は温室育ちだと揶揄するだろう。とはいえ、俺が守れる範囲は限度がある。サミーと言ったか。少なくとも、その者が代わりを努めてくれれば、俺も安心できるんだ」


 アリスター様の言いたいことは分かる。が、私はそこまで弱くない。けれど、あの夜のことを思うと、否定はできなかった。


「無茶は致しません」

「どうだかな。ブレイズ公爵夫人とやり合っていた姿を見ると、そうは思えんよ」

「あ、あれはっ!」

「何も話し合っていなかったというのに、式を辺境伯領で、と啖呵を切るし。火に油を注ぐ行為を平然とするんだからな」


 目が離せない、とばかりに見つめられ、私はどうしていいのか分からなくなった。勿論、私のやった行為も含めて。

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