第14話 家族会議という名の裁判!?

 偏屈だと噂されているアリスター様が狼狽えている。これでもか、というほどに。

 相手をおちょくり、皮肉をいい、さらには揚げ足を取って言い負かす。頑固で、自分の意見を通すためなら、手段を選ばない。


 やられた相手からしたら、このようなアリスター様の姿など想像できないだろう。そのくらい珍しい光景だった。


 先ほどのこともあり、私はこの距離から話しかける。アリスター様からは……多分、望めないだろうから。


「アリスター様、申し訳ありません。私の軽率な行動にお怒りなのに、謝るどころか……」


 怯えてしまうなんて。


「いや、俺の態度も良くなかった。メイベル嬢とて怖がるのは当たり前だ」

「っ!」


 私……とて? よく分からないけれど、そうか。だからアリスター様は気の強い女性が好みなんだわ。

 すぐに怖がる女性なんて、面倒以外の何ものでもないのだから。それなのに私は……。


「俺が性急過ぎたんだ。だから――……」

「大丈夫です! ちゃんと辺境伯夫人として、頑張りますから」

「は?」

「え?」


 あっ、と思った時には客室を出ていた。あまりにも恥ずかしいことをしてしまったからだ。


 心の中で完結させれば良かったのに、話を飛躍し過ぎた挙げ句、訳の分からない言動を。


 案の定、アリスター様はポカンとした表情をしていた。それはサミーも同じだった。何せ、飛び出した時、私は顔を真っ赤にしていたからだ。



 ***



 そんなパプニングを迎えた翌日。待っていたのは、お母様の『あと』の件だった。


 幸いにも、昨夜の出来事は伝わっていなかったらしく、お咎めはなかった。

 代わりにあるのは、気まずさだけ。何せ、お母様の『あと』は二人でするものだと思ったのに、わざわざ応接間を使っての、アリスター様を含めた家族会議。


 顔を合わせるのも気まずいのに、隣だなんて……!


「さて、議題は言わなくても分かるわよね。無事、メイベルが帰ってきた、といっても問題は何一つ解決していないのだから」


 話を切り出したお母様を筆頭に、両サイドに座るお父様とお兄様。その向かいにいるのが私とアリスター様だ。

 クリフはというと、緊張感が漂う二つの長椅子の間にある椅子に一人、我関せずな顔で座っている。


「特に重要なのは今後のことよ。これだけのことを仕出かしたのだから、ちゃんと考えているんでしょうね」

「……そうですね。当面の間は何もせず、静かにするのが妥当でしょうな。しかし、辺境に知れ渡っていないこの時がチャンスだと思っています」

「つまり、早々にメイベルを連れて行きたいというのかしら」


 最初から全開のやり取りに、内心おっかなびっくりしていた。さらに飛躍する内容にも。


 えっと、今後のことって結婚の話よね。確かに通常とは違う方法で婚約したわけだから、ピリピリするのは分かる。

 でも、すぐにまた破棄することはできないし、私も一応は納得して受けたことだ。


 色々思うのは親として仕方がないとはいえ、仲良く……は、無理か。想像すらできない。


 私は早々に諦めて、事の成り行きを見守ることにした。が、そうもいっていられない展開が待ち受けているとは、露にも思わずに。


「その通りです。さすがはブレイズ公爵夫人。説明が省けて助かりました」

「礼には及ばないわ。それに、その方がメイベルのためにもいいでしょう」


 珍しくお母様が賛同する。が、やはり気のせいだったようだ。すぐに異論を唱えた。


「けれど、それはそれよ。強引な手を使ってメイベルを連れて行こうだなんて、虫が良すぎるとは思わないの!」


 じゃ、どうしろと? すでに一連の出来事は知れ渡っているのに。だから、先ほどのことに納得したんでしょう?


「確かに思います。しかし、済んだことを言っても仕方がありません。それにこれは、メイベル嬢も承諾してくれたことです」

「口さがなのない者はどこに行ってもいます。特に首都では尚更でしょう。お母様なら、身を持って体験なさったはずでは?」


 そう、お父様の浮気のことだ。視線を横にずらすと、案の定、気まずい表情をしたお父様の姿が見えた。


「だけどメイベル!」

「できれば式は、向こうでしたいと思っています。ダメですか?」

「俺は問題ないが……」


 これは予想外だったのか、アリスター様が狼狽えた。


「大アリよ!」

「ではお母様は、私が嘲笑ちょうしょうを浴びると分かっていて、式に望めと言うのですか!?」

「そうは言っていないわ。ただ――……」

「お母様たちが出席できるような日取りにすれば、いいだけではないですか!? 他に問題でも? まさか、辺境の地には行きたくない、という理由だけなら、来なくていいです!」


 さすがにそんな失礼な理由であれば、その方がいいと思ったのだ。


「バカなことを言わないで頂戴。両親が健在なのに、出席しないなんて。私たちがメイベルに恥をかかせるようなことをするなんて、できるはずがないでしょう!」

「でしたら!」


 何故、首を縦に振ってくれないの?


 そう思った途端、眼前に大きな手が現れた。制止するように、隣にいるアリスター様が出したのだ。

 振り向くと、落ち着けとでもいうように頷かれた。私はハッとなり、ゆっくりと息を吐く。前のめりになっていた体も後ろへ。


 そう、呑まれてはいけない。自分の感情に。


「すぐに予定を合わせられないのは分かります。お二人の予定は、何ヵ月も前から決められていますから」

「……だったらさ、無理やり空けて貰えば?」

「クリフ。何を言っているの? そのようなこと、できるわけがないでしょう」

「実はそうでもないんだよ、母様」


 アリスター様がどんな提案をするのかと思ったら、予想外なところから友軍が現れた。

 いや、確かにクリフは言っていた。


『僕、これでも皇帝や皇后様に可愛がってもらっているから、どうとでもできるんだ』


 ハッとなってクリフを見ると、向こうも気づいたのか、私を見てニヤリとする。


 これで私に弟離れをしろ、というんだから。


 我が家の中で、一番敵に回してはいけない人物のしたり顔に、私は苦笑するしかなかった。

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