第7話 久しぶりの公爵邸(アリスター視点)

 メイベル嬢が去ってから、いや、その前から俺はこの状況を密かに楽しんでいた。


 何せ、十三年振りだったからだ。ブレイズ公爵家を訪れるのは。メイベル嬢には思わず『十数年』と濁してしまったが。


 実は、目の前にいるピンク色の髪の女性、リオノーラ・ブレイズ公爵夫人によって、俺はここに来ることができなかった。謂わば、出禁にされていたのだ。

 理由は簡単。


「あれほど、メイベルへの求婚書を破り捨ててやったというのに、なんてことをしてくれたのよ!」


 そう、当時五歳だったメイベル嬢に求婚書を出したのがキッカケだった。

 何度も送り付けている内に業を煮やしたブレイズ公爵夫人は、年の近いバードランド皇子との婚約を無理やり結ばせるという暴挙に出た。


「辺境の地にメイベルを行かせたくなかったのに!」


 やっている所業や口調は凄いものの、ブレイズ公爵夫人の根本は子煩悩だ。跡取りのエルバートは勿論のこと、一人娘であるメイベル嬢を特に可愛がっていた。

 やはりご自分に似ているからだろうか。


 すぐに会いに行けないところ、というのが嫌だったらしい。


 けれど、皇子に嫁ぐのは大変ではないか、と思うだろう。そこはブレイズ公爵家。皇帝にさえ、意見を言えるほどの権力を有している。


 メイベル嬢を無下に扱えば……分かっているだろうな、と密かに圧をかけられるというわけだ。

 故に、バードランド皇子も扱いに困っていた、とブレイズ公爵夫人に言っても、恐らく通用しないだろう。ご自身がメイベル嬢の足かせになっていることなど、露にも思わない人だ。


「辺境といっても、ずっとそちらにいるわけではありませんし、メイベル嬢が望めば、首都のタウンハウスにいてもらおうとも思っています。主が不在続きでは、使用人たちも困るでしょうから」

「けれど結婚すれば、最低でも一度は行く必要があるでしょう。貴方が遠征に出れば尚のこと。妻であるメイベルが辺境伯領にいなければ、領民たちがついてこないわ。それに首都にずっといては、悪妻だとも言われ兼ねない」

「……メイベル嬢にも言いましたが、これは契約結婚です。すでにご存知ですよね」


 メイベル嬢が牢屋に入ってから三時間後、バードランド皇子に殴り込みに行った、と表現できるほどの勢いでやってきたのだから。


「えぇ、聞いたわ。だからこそ、怒っているのよ。あれだけ求婚書を送ってきたのに、今度はこのような真似をするだなんて、姑息だとは思わないの!?」

「そちらに関しては、反論致しませんが、バードランド皇子との政略結婚は良くて、俺との契約結婚はご立腹、とは」


 どちらも望まないという点では同じだろうに。


「これでも、メイベル嬢には今後、好きな相手ができた時は上手くことが運ぶようにする、と言いました。バードランド皇子との政略結婚よりかは良い条件かと。そう思いませんか?」


 どちらが本当にメイベル嬢のことを想っているのか。俺はブレイズ公爵夫人に突きつけた。


「そもそも貴方との婚約を許可した理由を知るべきね。メイベルにとって悪くない話だからこそよ。そうでなければ許可などしないのだから」

「さすがはブレイズ公爵夫人。逆に俺との婚約を先に進めてもらえれば、このようなことにはならなかったんですよ」

「今更の話を蒸し返さないでちょうだい。結局は卵が先か鶏が先かの話でしょう。それに私は、許可は出したけれど、エヴァレット辺境伯。貴方自身を許した覚えはないわ。勘違いしないでちょうだい!」


 思わずクククッと笑いが込み上げてきた。さすがはブレイズ公爵夫人。こうではなくては。


「何がおかしいのかしら」

「いえ、何かと偏屈だと言われていますが、その俺を言い負かせられる相手は、ブレイズ公爵夫人かメイベル嬢くらいしかいないと思いまして」

「まさかとは思うけれど、それがメイベルに固執する理由だと言いたいのかしら」

「さぁ、どうでしょう」


 実は俺もよく分かっていなかった。だが、それが心地よいと思っていた。昔から……。

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