嫉妬深い絵本作家

るい

嫉妬深い絵本作家

 ある日、娘が見たことのない絵本を手に持って歩いていた。


「パパが、書いた絵本好きー!」


 娘は、可愛い顔で、無邪気そうに笑う。


 俺、こんな絵本書いた覚えがないぞ。絵本作家である俺の家には、自分の作品しか置いていない。


「ゆり、この絵本どこにあった?」


「ママの部屋―!」


 うるはの部屋から? うるはは、外出中で絵本について聞くことができない。


「ゆり、その絵本貸してくれる?」


「うん。いいよ!」


 ゆりから絵本を借りて、読んでみる。題名は、『幸せな家族』か、家族を題材にした絵本だ。家族のために頑張る父親と、それを笑顔で応援してあげる子供とその妻。


「温かい気持ちになる」


 俺は、嫉妬深い。


 どれくらい嫉妬深いかと言うと、同業者の作品を家に置いていないほどだ。良い作品を読むと悔しくなる。その気持ちが嫌だ。


 しかし、この時は、悔しさよりも温かさが出てしまった。


「こんな絵本を書ける人は誰だ!?」


 作者が誰なのか気になってしまい慌てて作者名を見る。


「春の歌?」


 聞いたことない作者だ。新人絵本作家なのだろうか。


「ただいまー!」


 玄関の方から妻の声が聞こえた。


「うるはー! 来てくれー!」


 この作者のことが気になり、うるはのことを呼んだ。


「どうしたのー?」


 歳を感じさせない美しい顔をした、うるはが、俺の部屋に入って来る。


「これ、誰か、わかるか?」


 俺は、うるはに、娘が持っていた絵本を見せる。


「それは……」


 うるはは、黙ってしまった。


 なにか、嫌なことを感じて俺も、これ以上は、深く聞けなかった。



 こん、こん。


 その日の夜。自分の部屋で、絵本を書いていると、部屋がノックされる音が聞こえた。


「入っていいぞー」


 俺が返事をすると、ドアがゆっくり開く。


「あなた」


 入って来たのは、うるはだった。


「どうした?」


「昼間のこと、謝ろうと思って」


「いいんだよ。気にしないで」


「実は、あなたに言わないといけないことがあるの」


 うるはは、そう言うと、真剣な顔で俺の顔を見る。


 昼間の嫌な予感を頭がよぎった。もしかして、俺より面白い絵本作家を見つけたと言うつもりなのか?


「な、なんだ?」


 口に力が入ってしまい、上手く喋れなくなってしまう。鼓動も高まる。


「実はね」


 時間が、ゆっくりと感じる。なにを言いだしてしまうんだ。


「私、絵本作家デビューしたの」


「へ?」


 間の抜けた声が出てしまった。うるはが、絵本作家?


「あなたが、絵本を書いている姿を見ていたら、私も絵本を書きたくなって、絵本を書いてコンテストに応募したの」


「それで、賞をとったのか? もしかして、昼間に俺が持っていた絵本って……」


「うん。私の受賞作の絵本だよ」


 俺は、机の横に置いておいた娘が持っていた絵本を、もう一度手に取る。


「私の絵本どうだった?」


 うるはの表情は、不安そうだ。


「心が温かくなったよ」


「ほんと!?」


 うるはの瞳が輝いているように見えた。


「良い絵本だと思う」


「ありがとー!」


 うるはは、俺の体に抱き着いた。


 この日、俺が絵本作家になって数十年間の人生の中で、初めて人の作品を褒めた日になった。



「パパー、見てー! ママに新しい絵本買ってもらったー!」


 娘が絵本を持ちながら、嬉しそうにリビングを走り回る。


「良かったな」


 俺は、娘に優しく声をかける。


 うるはが、絵本作家になってから、一年経とうとしていた。


 今、自分の家には、俺とうるはの絵本以外にも様々な絵本が置いてある。


「うるはのおかげだな」


「どうして?」


「うるはが、絵本作家になったら、自分の中にあった嫉妬心が丸くなった気がする」


 以前は、他の人が描いた絵本を読むと、嫉妬していた自分の気持ちが穏やかになった。


「私は、昔のあなたも、今のあなたも、好きだよ」


 自分だけでは、乗り越えられなかった嫉妬という壁。家族という強力な力で、自分の嫉妬心に勝つことができた気がする。


 壁を乗り越えた先に見えた景色は、今までよりも、温かい家族の笑顔が待っていた。

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嫉妬深い絵本作家 るい @ikurasyake

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