第114話 一族郎党の処遇

 猿於期に連なる反逆者は、ダーシュが密かに調べ上げていた。英夏が名簿を作成したのだが、その数は五十名以上にのぼり、貞潤は苦悩しながらも大鉈を振るう。フローラ達が眠っている中、仙観宮は粛正の嵐が吹き荒れたのだ。


 大罪を犯した場合は連座制が適用され、罪を犯した本人だけではなく、一族郎党の全てが処罰対象になる。よって家族と女中を含む家臣が、問答無用で捕らえられ投獄された。

 娘を後宮へ出していた貴族もおり、中級妃と下級妃からも対象者が出る始末。貞潤にとっても、正妻である皇后の紫麗しれいにとっても、その処遇は頭の痛い問題であった。


「まさか全員処刑とは仰いませんよね、陛下」

「歴史を紐解けば謀反は、一族郎党すべて処刑だぞ、紫麗」

「まだ乳飲み子もおりますのに」


 清涼殿の執務室で向き合い、肩を落としてため息をつく二人。

 国外追放という刑もあるのだが、通行手形が無ければ売買は禁じられ、宿屋に泊まることも職を得ることも出来ない。野垂れ死ねと言ってるようなもので、ある意味では処刑よりも残酷と言える。

 そして貞潤には何の責任もないのだけれど、子供を生かせばいつかは親の仇と命を狙われかねない。代々の王が反逆者に対し、一族郎党すべて処刑としたのは正しい選択であろう。されど貞潤も紫麗も人の子、非情に徹しきれず思い悩むのだ。


「失礼致します、陛下。ラーニエ殿……げふんげふんシルビィ殿をお連れしました」


 髙輝が聖職者モードのシルビィを案内し、後ろからワゴンを押して入ったのはスワンだった。この二人が来たらワゴンに乗せてきたのは、酒におつまみと相場が決まっている。

 それはカレンとルディにイオラが手がけた、糧食チーム用のまかない料理。あんかけ肉団子とニンニクの芽炒めにエビマヨで、清涼殿に呼ばれたからもらうねと、かっさらって来たのだ。あの飲み助コンビときたら全くもう、とはキリアのぼやき。


「よく来てくれた、しかし雰囲気がまるで違うのだな」

「んふふ、これでもルビア教会の修道女長でしたから、貞潤さま」


 ギャップに驚きつつも、貞潤と紫麗が席にどうぞと促す。

 ラーニエ隊は全員女性ゆえ卵奪還作戦の折り、後宮内へ入り要所の警護に当たっていた。本業が娼婦で裏家業は暗殺者のアサシン部隊でござるが、ブーメランを腰に下げた姿はかっこ良く、後宮の女官たちからは好感を持たれているらしい。


「アリスタ帝国では反逆者をどのように裁くのじゃ? シルビィ殿」

「問答無用で処刑ですわ、紫麗さま。国主を指名するのは法王さまであり、謀反は法王庁に弓を引く行為ですから」


 やっぱりなと、貞潤と紫麗は頷き合う。結局のところ猿於期はクーデターに成功しても、パウロⅢ世が認めなければ王にはなれない。当然ながら近隣諸国だって認めるはずもなく、ミン王国は経済的に孤立してしまうだろう。

 それが予見できずゼブラの口車に乗った時点で、於期は信仰を軽んじ道を踏み外した大馬鹿者である。既に髙輝と晋鄙の手により命を絶たれ、あの世で裁きを受けているだろうが。


「一族郎党は、どうなるのじゃろう」

「もしかして、それで悩んでいらっしゃるので?」


 いかにもと、貞潤も紫麗も眉を八の字にした。だから西方の聖職者に意見を聞きたくて、私に面会を求めたのねとシルビィは合点する。

 悪しき魔物信仰に加担した場合、アリスタ帝国でも処遇は同じだ。教会裁判に於いて信仰をないがしろにした者と、連なる一族郎党に情状酌量の余地はない。


 でもフローラなら、大聖女ならどうするだろうかと、シルビィは考える。敵対する者には烈火の如く破壊神となるが、皇帝軍との戦闘では捕虜になった農民兵を解放する女神の一面も見せた。


 “これから皇帝領がどうなるか、帝国がどう変わっていくのか、あなた方はそれを見届ける生き証人となるでしょう。ゴーホーム、故郷へ戻りその生を全うしなさい。帰還する皇帝領の領民に、神と精霊のご加護があらんことを”


 これが無かったら、リーベルトはどうなっていたことやら。

 ゲルハルトの従者になることも、アリーゼからしごかれることも、スワンと婚約することも、母と姉に生きて再会することも、出来なかったのではあるまいか。


 “人身売買を由としない者、前へ出なさい”


 ゲッペルス隊を選別した時も、フローラは人間性を失っていない者だけ残した。彼らは旧皇帝領を立て直すべく、レインズ王の配下となっている。そのレインズ王も領事である弟夫婦から繋がった、これまた稀有な縁と言えるだろう。


 フローラは人として真っ当な者に手を差し伸べ、仲間にしてしまう特技を持っている。そこに思い当たった時、シルビィは内心で思わず苦笑した。なぜかと言えば自分もその一人だからで、まさか私のような者がクラウスの嫁になれるとは、思いもしなかったのだ。


 今まで空席だった枢機卿に、パウロⅢ世はラムゼイを指名した。フローラ本人はまるで意識してないのだろうけど、結果としてミーア派とズルニ派の抗争を回避してみせた。

 法の原理原則に縛られることなく、力による独裁をするでもなく、大聖女の精霊天秤はいつも真ん中にある。そんな彼女の築き上げる千年王国を見たいから、みんなわいわいがやがや集まって来るのだろう。


「私がフローラさまだったら……」

「何か仰いましたかな? シルビィ殿」

「いえ貞潤さま、お気になさらず」


 聖職者である以上、原理原則で行われる教会裁判に口出しは出来ない。でもフローラだったらどうするか、シルビィは思いを巡らせる。 


「ソルティドッグです、酒精が強いですからゆっくり飲んで下さいね」


 後ろでかしゃかしゃやっていたスワンが、テーブルにグラスを置いていく。グラスの縁を濡らして塩をぐるっと付けるこのカクテル、ウォッカベースだからアルコール度数が高い。


「この味、グレープフルーツかや? スワン」

「そうです紫麗さま、塩と相性が良いでしょう」

「うむ、これはいくらでも飲めそうじゃ」

「いえいえいえ、ですから少しずつゆっくり飲んでくださいと!」


 ぐいぐいいっちゃう皇后さまを見て、慌てて止めに入るスワン。だがこれはいいなと、貞潤も気に入ったようでかぱかぱ飲んでるよ。

 捕らえた一族郎党をどう処するか悩んでおり、酒でも飲まねばやっていられないのだろうと、シルビィはグラスの塩を舐める。生きていれば人生に於いて、こんな塩っぱい経験は何度もあるわよねと。


 紫麗の侍女たちがスワンを手伝い、料理をボウルから小皿へよそいテーブルに並べ始めた。フローラの配下が提供する食べ物に、毒味は不要が定着しており、どれも美味しそうと侍女たちは囁き合う。

 ボウルに残った分はみんなで食べていいからねと、スワンが彼女らに小声でごにょごにょ。こんな性格だから、老若男女を問わず好かれるのだろう。呑兵衛で笑うときはがははなんだけど、きっぷのいい姉御肌に親しみやすさがあるのは、持って生まれた才能であり性分なのかも。


「半月荘の遙か沖合に、ひょうたん島なる無人島があるそうですね、貞潤さま」

「よく知っておるな、スワン殿」

「フローラさまと英夏さまの雑談を、他のメイド達と聞いていたものですから。漁具を保管する漁師小屋があるだけで、人は住んでいないと」

「その通り、宋一族の領地になってはいるが、使い道がなくてな」

「反逆者の一族郎党をその島へ、流罪にしてはいかがでしょうか」


 ぽかんと口を開ける貞潤と紫麗、シルビィもはい? と固まってしまった。人が定着しないなら、それだけ自然環境が厳しい島ってことの裏返し。そこに罪人を押し込んで何の益があるのかと、侍女たちを含めみんなそう思ったのだ。


「あ、申し訳ありません、私ったら差し出がましいことを。メイドの戯れ言と、お忘れ下さい」

「待つのじゃスワンよ、そなたの考えを私は聞きたい」

「よろしいのですか? 紫麗さま」


 構わん構わんと空になったグラスを振る皇后さま、だからゆっくり飲めと言っておろうにこの人は全くもう。実はこのウォッカという酒、首都ヘレンツィアの酒造組合が醸造し蒸留した、普通に火が着く液体である。

 ゲオルクが消毒用に使えないかと、アウグスタ城から樽で持ってきたもの。ただし兵站部隊は度数の高いアルコールであれば、輸送に於いて火薬と同じく危険物であり預かるのを殊更に嫌がる。結果としてキリアから、さっさと消費してと言われちゃったわけ。


「昨夜フローラさまは英夏さまに、カキやホタテ、タイやハマチの養殖を勧めておられました。必要であればローレン王国から、指導に当たる人材を派遣するとも」

「その養殖を罪人にやらせると?」

「流罪という名の強制労働ですね、紫麗さま。けれど行動の自由はありますし、成果を出せば減刑しても、世間は納得するのではないでしょうか」


 パーラー・メイドは酒席に於ける情報戦の先兵であり、この点に於いてスワンは優秀である。フローラが何の脈絡もなく英夏に、海面養殖業の話しを持ちかけるはずはない。謀反に直接関わってはいないが、連座で処刑される者が大勢出るのは必定。だから養殖の話しを持ち出したと、スワンは読み取ったのだ。


 それはぴんぽん大正解、フローラ本人がベッドでくーすかーぴーでも、意を汲んだ腹心のメイドは主人のためにと動くのである。ミン王国の教会が何と言って来るかだが、司教はよぼよぼのお爺ちゃんだ。反対はしないでしょうと、シルビィがあんかけ肉団子をひょいぱく。


「陛下、妙案ではありませぬか?」

「そうだな紫麗、明日の朝に御所会議を開こう。髙輝よ招集をかけてくれぬか」

「はっ」

「あと夕食には英夏との席を設けてくれ、ひょうたん島の話しを詰めたい」

「お任せ下さい」


 教会の聖職者だけではなく、二官八省の官吏からも反対する者は大勢出そうだ。原理原則に重きを置く者ならば反対して当然であり、御所会議は紛糾するに違いない。 

 明日は戦争だなと、貞潤はエビマヨに箸を伸ばした。乳飲み子まで手にかけるのはいかがなものか、杓子定規で融通のきかない政治は窮屈なもんだと言いながら。


「どうぞ、ブラッディマリーです」

「真っ赤じゃなスワンよ、しかも名前が不穏じゃ」

「がはは、ウォッカのトマトジュース割りです紫麗さま、飲みやすいですよ。塩と胡椒はお好みでどうぞ」


 ほうほうと、貞潤も紫麗も髙輝もくぴくぴ。パーラー・メイドはバーテンダーでもあり、スワンはカクテルのレシピを色々と持っているようだ。ワゴンにはシェーカーもあったりして、これは何の道具かしらと侍女たちが首を捻っている。


 そんなペースで飲んだらすぐ酔い潰れるよと思いつつ、シルビィはちびちびと味わう。一族郎党の処遇も決まりそうだし、ウォッカも消費できてまるっと収まりそうと口角を上げる。

 フローラがくーすかぴーと眠っていても、臣下や仲間は物事を動かしていく。その基準となるのは法にも力にも偏らない、精霊天秤のど真ん中だ。

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