第112話 剣に宿る意思

 フローラから斬岩剣を受け取った貞潤と髙輝に晋鄙が、鞘から抜いてその刃文に見入っていた。地鉄じがねと呼ばれる刀身の黒い部分に浮かぶ、木目調の模様がまた目を引く。

 折り返し鍛錬を行なうことで生まれる模様だが、一本一本違うよとはケバブとディアスの談。つまり同じものは存在せず、世界でたったひとつの剣ってわけだ。


「美しいですね、陛下」

「うむ、こんな見事な刀身は初めて見たぞ、髙輝」

「これは代々の家宝にしませんと」

「いえいえいえ晋鄙さま、腰にさげて下さい」


 フローラに突っ込みを入れられた晋鄙が、あいやそうだったと苦笑しながら鞘に納めた。それではお目にかけましょうと、シュバイツが自らの斬岩剣をすらりと抜いて構える。眼前にあるのは予め用意していた岩石で、床几しょうぎと呼ばれる折り畳み式の腰掛に鎮座している。


「本当に大丈夫なのか? シュバイツ」

「まあ見てなって髙輝、せいっ!」


 音を立てることもなくあっさり、岩石は床几ごと真っ二つになっていた。信じられないという面持ちの三人に、刀身を見てくれとシュバイツは剣を手渡す。改めれば刃こぼれなどひとつもなく、いかに強靭であるかが分かるというもの。


 そこへ上空で警戒にあたっていた馬車から、戦闘配置の銅鑼が打ち鳴らされた。卵の奪還作戦はまだ始まっておらず、フローラは何事と上空へ舞う。シュバイツと三人も一緒に連れてったもんだから、貞潤と髙輝に晋鄙の顔が引きつったのはお察し。


「何があったの」

「東の宣陽門せんようもんで戦闘が始まっております、フローラさま」


 シュバイツが望遠鏡を取り出し門へ向けると、かがり火の中で左衛門府の兵士と魔物が戦っていた。フローラが手鏡を出し、通達の準備に入る。


「カマキリ人間だ、フローラ」

「数は?」

「ざっと五十かな」


 そこで首を捻る大聖女に、シュバイツがどうしたんだと問う。各隊に指示を出さねばならず、急を要するからだ。望遠鏡を貸してもらった貞潤が何だあれはと驚愕し、髙輝が私を狙った魔物ですと唇を噛む。


「ルビア教会を襲ったカマキリの数って、こんなもんじゃなかったわよね」

「言われてみれば確かに、数百って規模だったな」

「陽動かも」

「どう言うことだい?」

「ワイバーンとの契約が目的なら、夜陰に乗じて仙観京の外へ運び出すはず」

「そっか、俺たちの意識を宣陽門に向けたいわけか」

「キリア、騎馬隊に伝令をお願い。東側の重装兵を宣陽門の応援に出して、あとは予定通りの配置でそのまま待機ね。グレイデル、桂林、明雫、樹里、ワイバーンに騎乗して上空に来てちょうだい」


 矢継ぎ早に手鏡から指示を出したフローラ。陽動だとすれば敵は、卵の移動を開始するはずだ。奪還作戦を前倒しで始める大聖女の瞳が、逃がさないわよとアースアイに輝いた。


「あなたの子供を取り返すわよ」

「こけっここここ」


 グレイデルの愛鳥である、卵を盗まれたグレオが頷く。フローラはその頭に手を当て、アクセプトのスペルを発動。すると赤く光る細い糸が、グレオの額からするすると伸びていく。先端は内裏を出て仙観宮の南側、朱雀門へ向かっていた。

 グレイデルと三人娘のワイバーンは首から下げたゴンドラに、それぞれの相方と騎馬隊の選抜メンバーを乗せている。フローラとシュバイツ、そして剣をもらった三人は宙にふよふよ浮きながら、行きましょうと赤い糸を追いかけ始めた。


「それにしてもワイバーンと軍団の目をかいくぐり、どうやって卵を盗んだのでしょうね、フローラさま」

「その点は私も考えたんだけどね、グレイデル。サキュバス……もといリャナンシーみたいに、風景と同化する特技を持ってる魔物じゃないかしら」


 精霊なら気配に気付いたかもだが、ダーシュは首都ヘレンツィアへ、リャナンシーと三人娘は買い出しへ、グレイデルは馬に乗り部隊の配置確認へ出ていた。悪いことが重なったんだなと、シュバイツが風になびく前髪をかき上げる。


「しかし姿を隠せるなら、暗殺とかできそうなものだが、なあ髙輝よ」

「そこが引っかかりますね、陛下」

「魔物に襲われたという体裁を取らねば、国を乗っ取れないからでしょう、領民が納得しませんからな。こざかしいですが、相手が何者であるか確かめねばなりません」


 唇を引き結ぶ晋鄙に、貞潤と髙輝がいかにもと相槌を打つ。この三人が卵泥棒の顔を見れば、少なくとも宮中の誰かは分かる。だからこそ作戦に参加したのだし、フローラも受け入れたのだ。武人として新しい剣の試し切りもしたいだろう、そこんところはフローラもシュバイツもよく分かっていた。


「赤い糸、あの馬車に向かってるわシュバイツ」

「カマキリはやっぱり陽動で、卵の持ち出しが狙いだったんだな、フローラ」


 二台の馬車が護衛を従え朱雀門に向かっており、赤い糸は後ろの馬車に入って行った。都で育てるのは目立ちますからねとグレイデルが、人里離れた隠れ家にでも運ぶのでしょうと三人娘が、愛鳥を操りゆっくりと降下を始める。成獣まで育ってから契約するつもりだったんだろうと、ケバブにシーフの二人がゴンドラから馬車を睨む。


 ちなみに上書き契約をする場合、前の主人よりも魔力が高くなければ成功しない。六頭のワイバーンは精霊さん達の助言により、フローラが契約を補助していた。つまり彼女以上の魔力持ちでなければ、上書き不可であり骨折り損のくたびれもうけ。


「本当は私たちのワイバーンが狙われていたのかもね、明雫」

「でもフローラさまとの魔力差で成功しなかった、そんな所かしら、樹里」

「そこで目に入った卵を奪おうと考えた、何だか腹立たしいわね」


 そう言ってワイバーンを降下させながら、桂林が背負っていた中華鍋を下ろし手に持った。激しく同意と明雫に樹里も中華鍋を構え、門をくぐり朱雀大路に出た馬車を見据える。

 貞潤がなぜに中華鍋と首を捻り、髙輝と晋鄙も不思議そうな顔で目をぱちくり。いやいや舐めちゃいけません、これが三人娘の本気モード。仙観京で一番道幅がある通りなのだ、魔力効率の良い中華鍋で大技を遠慮なく使えるわけで。


 赤い糸は建物の壁や屋根をすり抜ける性質らしく、門を通過しても途切れることはなかった。やはりこのスペルは深い森の中で、親が我が子を探し出すのに使うんだなとフローラは思う。


「髙輝さま、あの馬車のご紋、猿於期の矢羽根ですぞ」

「間違いない、やっと尻尾を掴みましたね、陛下」

「二人とも、本人が乗っていた場合は切り捨てて構わん、私が許す」


 謀反は大罪、教会に突き出すまでもないと、貞潤の目が物語っていた。お任せをと髙輝も晋鄙も、腰に下げた斬岩剣の柄を叩く。フローラも捕縛ではなく殲滅をと、仲間たちに思念を送る。ここから先は修羅の道、白旗は認めない引導を渡してやりなさいと檄を飛ばす。


「フローラさま、聞こえますか」

「感度良好よキリア、宣陽門はどうなったかしら」

「カマキリは重装隊が鎮圧しました、内裏は無事ですのでご安心を。ミン王国兵の負傷者が多く、いま治療に当たっているところです」

「こちらラーニエ、いま後宮の上空にいる。念のため後宮全体にディフェンスシールドを展開していいか? 第二第三の陽動があるかもしれない」

「名案ね、お願いするわ。伯父上はゴンドラの中かしら」

「あはは、マリエラ候にプハルツ殿も一緒だよ、こっちは任せてちょうだい」


 キリアもラーニエも、なんと頼もしいことか。フローラ達が卵の奪還に専念できるよう、全力でバックアップしてくれてる。さてやりますかと、シュバイツにヴォルフが剣を抜いた。それを合図にゴンドラの騎馬隊員たちも一斉に抜刀、馬車を取り囲むように四頭のワイバーンが着地する。


 朱雀大路は宿屋や酒場の客引きが立ち、訪れた旅人や商人で賑わいを見せていた。そこへ降り立ったワイバーンと抜き身の剣を手にした、騎馬隊の面々に何事かと慌ただしくなる。しかも国王と総監に左衛門府の武将もいるのだ、開け放たれていた店の扉が次々と閉まり、人々がどうすればと逃げ惑う。


「ディフェンスシールド」


 フローラが味方だけではなく、馬車を護衛の騎馬兵ごと包み込んだ。彼女に敵対する者は出られないわけで、民間人を人質に取られることもない。つまりフローラはシールドの中で、肉弾戦を仕掛ける腹なのだ。


「お前たちは猿於期の私兵か、後ろの馬車を改めさせてもらうぞ」

「お断りいたす、いくら仙観宮の総監といえど」

「私の命令だ、嫌とは言わせん」

「げっ、陛下がどうしてここに」


 無礼だ馬から降りよと晋鄙が声を荒げ、兵士が乗っている馬の首をねた。胴体が倒れ込み転がり落ちる相手には目もくれず、これは素晴らしい切れ味と斬岩剣をぶんとひと振り。

 お前ずるいなと貞潤に髙輝がジト目を向けるも、晋鄙はまるで気にしてない。左衛門府で五百の兵を預かる中将、戦場では常に最前線へ出る根っからの武人だ。返答やいかにと、彼は武器を構える猿於期の私兵に剣先を向ける。


 そんなやり取りを、フローラは注意深く見ていた。貞潤に対し五十騎あまりの私兵は、拱手礼きょうしゅれいをしていない。つまり王を王と思っていないのが丸わかりで、彼女はふうんと手にした扇を空にかざす。


「大義は我々にあり、賊臣の兵など虫けらと思いなさい! 殲滅せよ!!」


 ゴンドラから降りた騎馬隊員らに、やっておしまいと号令をかけたフローラ。もとよりそのつもりだった隊員たちが、うおおと空気を揺るがす雄叫びを上げ一斉に交戦を始めた。


 馬から降りないのであれば馬ごとと、斬岩剣が猛威を振るう。長柄武器の柄をへし折り、敵兵の足をばっさり切り落とす。ローレンの剣を前にして、鎧兜や盾はもはや無意味。白旗は認めず殲滅せよとフローラは明言したのだ、そこに情けや容赦なんてものは存在しない。


 グレイデルに三人娘も、単体魔法をばんばん放ち始めた、馬から降りない無礼者にカチンときたのだろう。そもそもワイバーンがみんな怒っており、赤い糸が繋がる後ろの馬車へのしのしと迫る。


「馬刺しって、今まで出したことないよね」

「どしたの明雫? 急に」

「ゲルハルト卿が馬好きだから出せなかった、自覚はあるでしょ、桂林」

「ああ……否定しないわ、無意識にそうしてたかも」

「この馬だったら出せるかしら、ゲルハルト卿は食べてくれるかしら」


 樹里が風属性のホイールウィンドを連射し、兵士ごと立ち塞がる馬を切り裂いた。馬に罪はないけど悪い主人に当たったわねと、彼女は胸の前で十字を切る。でも馬を見るその瞳はロース肉ヒレ肉バラ肉と、部位ごとに狙いを定め正確に刻んでいた。騎乗してる兵士のダメージなんかはどうでもよくて、コーネたてがみの肉も美味しいのよねとぼそり。


 意外だったのはシュバイツで、真っ先に飛び込むかと思いきや貞潤王のカバーに入っていた。以前のやんちゃな男子はそこにおらず、場の全体をよく見ている。

 フローラが目指す新たな千年王国で、自分はどうあるべきかを悟ったヤコブの子孫に迷いは無い。彼の意思が斬岩剣に宿り、馬を兵士ごと切ると言うより裁断し分割していた。

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