正夢

足袋抜 オクナ

第1話 夢

にゃー


どこからか、猫のなき声が響く。黒猫だろうか。


あまりにもまぶしい西日を手で遮って、人気の少ない裏路地に立つ。


「懐かしいな」

地方の田舎町。ぼんやり立ちながら、ぽとりと呟く。

100メートルほど先に老婆が杖を突き、買い物袋を下げながらこつ、こつと覚束なく歩いている。


駆け寄って、声をかけよう。


腹が膨れ上がるほどに鼻から大きく息を吸い込み、一歩踏み出してから、気付く。

「いや、違う?」

何となく懐かしい気がするだけでこんな記憶はない、はずだ。

けれども足は止まらない。

老婆の丸まった小さい背中がどんどん大きくなっていく。

「また、か」

細かく息継ぎをしながら無感情に独り言ちる。


30秒ほどで老婆に追いついた。

「すみ、ません。荷物、お持ち、しましょうか?」

肩でリズムを刻みながら、怪しまれないように精一杯、目尻を下げ、口角を上げる。

老婆はこちらを見上げ、一瞬目を丸くはしたものの、ふっと細めて

「どうもありがとう。悪いけど、お願いしてもいいかしら?」と返す。


すると、急に視界が遠のきだした。老婆の笑顔がみるみる小さくなっていく。


「今回は、これが正解だったんだな」


自分の意識とは関係なく進む老婆との会話が、水中に沈んでいくようにぶくぶくとくぐもり、視界とともにぼやけ、そして消えた。



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