第23話 碧狼

俺が部屋に入るとソファーには中年の男が座っていた。

金髪碧眼のイケメンだ。

歳は30過ぎ。

体つきからしてかなり高位の冒険者なのだろう。


「支部長のライアンだ。急にすまないな」


「いえ。大丈夫です」


支部長だと?

組合の地域のトップが?

確かに貴族がらみだ、下手すれば組合にもいろいろと火の粉が飛ぶかもしれないな。


「ハルだな?」


「ハルです」


「事態はどのくらい把握している?」


「男爵家の2男の遺品と奴隷を組合に届けました」


「ああ、男が男爵家の次男と言うのは知っていたんだな?」


「奴隷から聞きました」


「そうか、それで複数のオークに襲われていたらしいな」


「そうです、助けようとは思ったのですが、力及ばずオーク達との戦闘が終わる頃にはダンジョンに吸収されてしまいました」


「冒険者の末路なんて9割以上そんなもんだ」


「そうかもしれませんね」


「で?貴族の事はどのぐらい知っている?」


「隣の男爵家がレンハート家で、このファスの街の領主がアシュモア家伯爵家というぐらいしか分かりません」


ここで知ったかぶりは何の得にもならないだろう。

俺は自分の無知を正直に話す。


「冒険者ならば、貴族に対する知識なんて、そんなもんだろうな」


ライアンも納得してくれたようだ。


「だが、数日後には男爵がこの街に来る。ハル。お前には頭に入れておいて欲しい事がいくつかあって来たんだ」


「何でしょうか?」


ライアンの真剣で差し迫った表情に、俺も気押される。


「アシュモア伯爵が男爵の到着前に、内々にお前に会いたいと言ってきている」


「伯爵様が?」


「そうだ、男爵家の次男が自分の領地のダンジョンで死んだんだ。遺品もある、奴隷まで帰ってきた。レンハート家に恩と負い目を同時に売りつけるチャンス到来だ。レンハート家は穀倉地帯で食料も金も豊富にあるからな。吹っ掛けられるだけ吹っ掛けるつもりだろう」


「それで、俺に会ってどうしようと言うのでしょうか?」


「流石にそれは俺も分からん。だが、アシュモア伯爵は男爵から伯爵にまで昇り詰めた豪勇だ。逆らえば命は無いだろう。レンハート男爵もアシュモア伯爵は絶対に敵に回したく無いはずだ。もちろん男爵もそれなりの覚悟はしてくるだろうが、男爵に会う前にお前に会いたいと言ってきた。いきなりお前が会って巻き込まれる前に、事前に俺の方で出来ることがあれば手助けしてやろうと思ってやってきたわけだ」


「そうでしたか、助かります。ありがとうございます」


「お前の為でもあるが、俺の為でもあるからな。伯爵の機嫌を損ねれば何が起きるかは俺も想像がつかん」


「では、すいません、アシュモア伯爵とはどういった方なのでしょうか?」


「彼は、素晴らしい領主だよ。このファスの街に住んでいれば分かるだろう?民の顔が活気に溢れている」


「そうですね。住みやすく良い街だと思います」


「領民からは素晴らしい領主だと讃えられているよ。だが、周囲の領主から何といわれているか分かるか?」


「いえ、知りません」


「狡猾な碧き狼と言われている」


「狡猾?」


「ああ、彼の半生を考えると周囲の領主からすれば、そのように見えるのだろうな」


「半生ですか、よろしければ教えてください」


「勿論だ。お前を伯爵に合わせる前に、伯爵の人物像を知ってもらっておく為に来たんだからな。エドワード・アシュモア伯爵は身体は大きくなく、しかし言葉遣いは巧みだ。強引な手段を用いて交渉を進めることもあり、権謀術数で現在の地位を手に入れたと一部では言われている。彼は11歳の時、父親が亡くなり、男爵家の当主となった。しかし、15歳の時に叔父に裏切られ、領地を奪われるが、その後、一部の家臣達と、チンピラや山賊まがいの者達、領地の商人達を仲間に引き込み、彼らに叔父に勝った場合の地位を約束し、見事に叔父を倒すと、叔父に組みした家臣達の一族郎党を処刑したんだ」


「かなり波乱万丈ですね」


「激動の人生と言っていいだろうな。そして、22歳の時には隣国モルド帝国の侵略を受けたが、自らの領地を大きく侵略されたが、それも彼の罠だったんだ都市一つを犠牲にして、モルドの軍勢を策略に嵌めて見事に勝利したんだ。その功績により、王から子爵の爵位を与えられた。28歳の時には王国内で王弟による反乱が起こり、エドワードは王に忠誠を誓い、反乱軍と戦った。その時に彼の従兄弟が反乱軍の首脳陣にいたのだが、容赦なく討ち取った。その結果、王から彼の忠義を認められて伯爵の爵位を授かりました。」


俺は情報を聞きながら、考え込んでいた。


「なるほど、伯爵はかなりの戦略家のようですね」


「そうだな、彼は手段を選ばないという一面がある。彼が領民からは良君と讃えられる一方、他の領主からは畏怖されているのはそのためだ。彼は見返りを求めることが多く、自らの利益を優先する傾向がある。そして常に黒い噂が付き纏う」


「黒い噂というと?」


「ああ、身体が小さく魔法も得意では無い伯爵は、叔父や旧臣達からは馬鹿にされてたようだ。13歳頃からは、頻繁に領地の外に出歩き、その頃からチンチラまがいの者達と付き合いがあったという噂だ。15歳で叔父が旧臣達と共に領地を奪ったと言うのも、死人に口無しと言うからな」


「では、伯爵の都合で旧臣達と叔父は殺された可能性があると?」


「いや、あくまで噂だ。だがその手の噂が多い人物でもあるんだ。他にもモルド帝国の王子と親交があり懇意にしていたという噂。従兄弟とは幼馴染で信頼し合う関係だったとか。なんとなくきな臭い噂が後を絶たない人物でもある」


「すべて伯爵の立身出世の為の策略だったと?」


「そう、そして全てが噂だ。真実は誰も分からん。そして、伯爵になった彼は、領地を3倍にした」


「3倍に!?王様から褒美で貰ったのですか?」


「いや、褒美で貰った土地から、さらに婚姻によって3倍にしたのだよ。今ではこのデンダール王国でもトップレベルの領地を持つ貴族になっている」


「婚姻によって?」


「28歳で伯爵位を得たエドワードには、ずっと想いを伝え続けた女性がいたんだ。彼女の名前がエドワードの隣の領地の女子爵、アリアナ・フォンテインだ。アリアナ子女は生粋の子爵家のお嬢様で、18歳で両親に先立たれてからは、家臣たちと協力し必死に領地を切り盛りしてきた苦労人でもあったが、その領地は素晴らしく発展し、伯爵の領地よりも2倍の面積を持つ領地で、領地には商業都市も多くとても栄えていた。彼女自身も美しさと知恵を兼ね備えた魅力的な女性で、彼女は多くの求婚者の中から選び抜かれる存在だった。王族との結婚も噂されていた。彼女の人気は王国の中でトップクラスだった」


「でもエドワードは既に伯爵で、アリアナ子爵としても良い話だったのでは?」


「先程も話したよう伯爵の領地は戦乱に次ぐ戦乱、領地は疲弊しきっていた。家臣団も得体の知れぬ輩が多かったし、黒い噂も絶えぬ小男の伯爵。当時のアリアナ嬢は20歳で、エドワードは29歳になろうとしていた。エドワードは何度も求婚をしたらしいが素気なく断られていたらしい。誰もがエドワードの片思いを影では笑っていたらしい。ところがその後、二人の間には驚くべき出来事があったんだ。それがきっかけで、二人は恋に落ちたというわけだ」


「驚くべき出来事?」


「それは、アリアナ子爵の領地にあるダンジョンが暴走したんだ。ダンジョンというのは、魔物が住む地下迷宮のことだが、普段は魔力のバランスが保たれているから、魔物も異常には増えないし、人間も探索することができる。だが、時々ダンジョンが異常な状態になって、魔力が暴発することがあるんだ。それをスタンピードと呼ぶんだが、スタンピードが起きると、ダンジョンから大量の魔物が溢れ出してくるんだ」


「それが起きたと?」


「そうだ。スタンピードが起きたら、ダンジョン周辺の町や村は大変なことになる。魔物に襲われて人々が殺されたり、家や畑が破壊されたりするんだ。だから、スタンピードを防ぐために、アリアナ子爵は共に領地を支えてきた忠実な家臣達と魔物の群れと戦ったんだ。しかし、内地で商業で栄えた領地だったからな、何年も戦乱は無かったんだ。魔物相手に忠実な家臣達は次々と死んでいった。アリアナ子爵の領地が蹂躙されそうになったんだ。その時に駆けつけたのがエドワード・アシュモア伯爵だ。戦乱の中を潜り抜けてきた歴戦の強者達を連れて一気に魔物達を押し返した。スタンピードが終息するまで魔物達と戦い続けた。そして、彼はアリアナ子爵の領地で英雄となった。街はエドワードを讃える声で溢れた。伯爵は再度の求婚をして、アリアナ子爵と結ばれたんだ。そして、結婚により2人の領地が統合されたんだよ」


「本当に英雄の物語ですね」


「ああ、この話は劇にして、大々的に王都でも何度も公演が行われたよ」


「これだけの英雄譚の劇が何度も?それでは伯爵の黒い噂は払拭されたんでしょうか?」


「ああ、彼は王国でも英雄だ。彼に憧れる者は多いよ。だが、冒険者組合は今も彼を最も注意するべき人物としている。だからこそこうやって君に注意しろよと言いに来たんだ」


「何か冒険者組合が伯爵を警戒する理由でも?」


「我々には冒険者からの報告がたくさん届くからな。その中にはアリアナ子爵のダンジョンに伯爵の家臣達が何度も出入りしている姿を複数の冒険者が目撃していた。そして、今回も森の迷宮に、伯爵の家臣が何度か目撃されている。もちろん家臣達も気づかれないように身分を隠してはいたし、冒険者達も魔物も倒さず怪しい集団がいたとしか報告は無かった。だが、我々冒険者組合にも独自の調査機関があってな。伯爵の手の者という事は明らかだ。そこに男爵家の次男。異常なオークの数。そしてグリーンドラゴンのユニーク個体ときた。どうだ?警戒するのも分かるだろう?」


かなり面倒な事に巻き込まれつつある事が分かって俺は身震いした。

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