5. ☆2 (前)





 シェリル・ノアールテイルの破壊力は、マジ半端なかった。



 入学式から休日を挟んで最初の登校日。

 早めに教室に入っていた俺は、席に着いてこれからの出来事について考えを巡らせていた。


 ゲーム内での最初の分岐は、昼食に何を食べるかの選択肢。


 ここを間違えると、主人公がグリフォンに襲われて最速で死んでしまう。

 学園としても新学期早々から死人が出る騒ぎなんて御免被りたいだろうし、俺だって嫌だ。


 なので、まず俺がしなければならないのは、主人公シェリル・ノアールテイルに声を掛けて食堂で昼食を取る事だ。


(奴が教室に入って来たら、さりげなく様子を見て声を掛ける。そこから仲良くなって、昼に誘って……)


 そう思っていたはずだったのに。

 あいつが教室に現れたとき、俺は自分の席から一歩も動くことができなかった。


 透き通る様な白い肌に、桜色の薄い唇。

 濡羽色の艶めいた髪に、全てを吸い込んでしまいそうな漆黒の瞳。

 窓から差し込んだ光が艶髪に反射して、あいつが歩く度にキラキラと輝きを放っていく。


 突然現れた美しいその人物に、教室にいた誰もが釘付けになっていた。


(はあっ? クッッッソ美人じゃん!)


 前世のゲーム画面では、主人公の見た目は少女漫画みたいな可愛らしい絵柄だったはずだ。しかしこうして実物を目の前にしてみると、可愛らしいというよりむしろ、神話画の中の女神のような美しさだった。


(破壊力ハンパねぇだろ……。いや、もしかしてコレ、俺が攻略対象者だから余計そう見えるってコト?)


 一瞬そう思ったけれど、主人公が自分の席に座るまで、教室にいた全員が一言も喋らずに、ただただ固唾を飲んで彼の挙動を見守っていた。

 やはり尋常じゃないそのオーラを感じていたのは俺だけでは無かったようだ。


 結局教室の空気が元に戻ったのは、そのすぐ後に、この国の第二王子であるアルフレート殿下が入ってきてからだった。

 キラキラ(主人公)に次ぐキラキラ(王子様)で、全員の感覚が麻痺したのかもしれない。


 主人公の予想外の破壊力に動揺してしまった俺は、その後も気後れして主人公に声を掛ける事が出来ず、気が付けば授業は親睦を兼ねた自己紹介をする時間になっていた。


 自己紹介の内容は簡単なもので、端から順番に立ち上がって名前と挨拶を言うだけ。

 この時、俺は気付いてしまった。

 アルフレート殿下が自分の自己紹介が終わったあとに、チラッと一瞬だけ主人公に視線を向けていた事に。


(ハイ見た! 殿下いま、あいつのこと見てた! なんか上手いこと一瞬だけ、チラッとあいつのこと見ましたよねー!)


 俺は心の中で殿下にツッコミを入れた。

 心の中だけなので、当然王族に対する不敬罪は適用されない。そもそも学園の中では平等が謳われているから、声に出しても問題なさそうだけど。


 とにかく、アルフレート殿下も王子様というポジションなので、もちろん攻略対象者だ。

 主人公の尋常じゃないオーラに当てられたか、はたまたゲーム補正で最初から好感度が高いのか。

 殿下の興味が少なからず主人公に向いているのを感じた俺は、ちょっとだけ肩の荷が軽くなってフゥと小さく息を吐いた。



「ノアールテイル、一緒に食堂へ行かないか?」


 ついにやってきた昼休み。俺はようやく主人公に声を掛けた。


(頼む、ハイと言ってくれ。間違っても購買でサンドイッチを買うとか言うな。死ぬぞ!)


 俺の気持ちが通じたのか、主人公は快く食堂行きを了承してくれた。

 これでひとまず第一関門は突破だ。


 食堂に向かう道すがら、他愛もない話をしながら二人で並んで歩く。


(こいつ…スゲー良い匂いがするんだけど…)


 俺が攻略対象者だからなのか? 主人公に対して心の中で思う事が、自分でもドン引きするくらいめちゃくちゃキモい。

 俺は若干の危機感を募らせた。


 このままいけば、「主人公とは恋仲にならない」という俺の決意が手のひらクルーしてしまうかもしれない。


(いや、させねぇから!)


 俺は辺境伯領にいるムキムキな騎士達の姿を思い浮かべて、ひたすら心を無にしていた。


 が、俺の危機はまだ去ってはいなかった。


 主人公は俺よりも頭一つ分背が小さい。なので、並んで歩く時は自然と俺を見上げる形になってくる。

 そんな彼が俺の顔を見上げながら


「ねえ、君のことハルって呼んで良いかな? 僕の事もシェリルって呼んで?」


 と、上目使いでお強請ねだりしてきた。


(くそかわー!!)


 思わずシェリル……と呼びそうになって、慌てて口元を押さえて理性を取り戻す。


 とりあえず「実家の都合で友人は家名呼びにしなければならない」という苦し紛れの嘘をついて、主人公の事は名前ではなくノアールテイルと呼ぶ事にした。

 うっかり名前なんかで呼び合っては、俺のキモさが限界突破してしまう。


(危ねぇ……)


 シェリルは「そっかー。辺境伯って立場的に色々と難しそうだもんねー」と俺の嘘をすんなり受け入れていた。



 そうしてシェリルと食堂に辿り着いた俺は、入り口の看板に書いてある『日替わりランチ』のメニューを見て、愕然とした。


(ハンバーグセットがある……!)





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