ただの高校生占い師。とりあえず、隣の女子から逃げたい。

Hours

0.占い師



 面倒に近寄るべからず。生来、面倒なことに関わりになると碌な目に合わないので、自然と身についた処世術。

「君子危うきに近寄らず」と言えば、格好がつくか。とにかく、危ないものには近寄らないのが、生存戦略としては正しい。

 関わるとしても、二、三十歩は離れて、アドバイスくらいしかしたくない。怠け者と言わしめたその考え方が、仕事になるなんてあの頃は考えもしなかった。



「そうですね。貴方は水難の相が出ていますので、水に近寄らないように。特に、虎と水の組み合わせがまずい」


「先生、ありがとうございます」


 ネオンライトに照らされる都会の、大通りを外れた細道の中。その店はあった。


 先着20名。18:00〜21:00までの間だけの、小さな店『うらない』。

 移動式で、半分違法な経営をしていて、裏の人間の関わりがあるのではと噂されるなど色々とあるが、捕まったりはしない不思議なところである。

 専門的な占いを行うことで裏の人間たちには有名で、その的中率は脅威の90%超えらしいが、毎日移動して店を開いているので、会えるかは運。店主は常連以外には自分の移動先を予告せず、常連はひたすら街を彷徨って常連になってきた筋金入りなので、なんともという感じだ。

 しかし、それほど価値のある店ということだ。

 

 そんな店の店主兼店員の明は、気まぐれ仕様の行き先と日時を常連に伝えた。先着順なので、伝えたとしても受付できるかは運。

 ぺこりと頭を下げて礼を言う常連客を見送り、今日は店じまいをする。クレーム客も居ないし、依存的占い好きな客も来なかったので、ストレスフリーだと明は喜んでいた。彼らが来ると生命に関わるのである。


「……さて、店じまい」


 看板を仕舞おうと、外に出た。

 そこには女性がいた。……違和感。どうも怪しい気がした。

 

「すいませーん、あの占いってして貰えますか?」


 21:00までの貼り紙を見ずに来た客。支払い金額も見ていないようだ。客の人数を減らすために、金額設定も割高にしてあるのだが、興味本位の相手にはその壁も無意味ということだろうか。

 明の占いは的中率が高いため、上手く活用できれば一発当てるのも夢ではないが、この客は占いに金額以上の価値を見出せる能力があるのかは甚だ疑問。

 小さな文字で、クレームは受け付けておりませんと注意事項を記載しているので、もし受付して占いが始まったら強制支払い。お金はしっかり払いましょう。


「申し訳ありません。本日の受付は終わりましたので、明日18時以降にまたお願い致します」


 明日以降に来たとしても、ここにいるとは限らないが、断り文句としては都合の良い言葉。もし本当に困っているなら、運がこの客を店に呼び寄せるだろう。それくらいで良い。

 営業時間の記載されたチラシを渡して、簡易式テントを片付ける。その後は顧客情報を整理して、持ち帰るのだ。やることはさっさと終わらせる。

 


「……はぁ、まあまあ」


 明は全ての片付けを終わらせて、今日の稼ぎを数える。グレードによって価格帯は異なるが、常連が多いので稼ぎは多めだ。深く難しく遠い未来を詳細に見る占いほど、金額は上がる。金額と細かい精度は比例するので、財布の口の広い客は得していると自負しているが……。


「支払い分を取っておいて……」


 収支の計算をして、その日の仕事を終わらせる。コピー用紙とペンの補充もしなくてはいけない。支出はその都度計算し、控除額を少しでも増やそうと工面している。


 金は入り用だ。力が無くとも、金で代用が雇える。情報も、逃げ道も、金と引き換えで得られるなら金は必要だ。

 使い道を間違えなければ、腐るようなものさえ養分になるのだ。個人でできる範囲で、出来る限りの努力で、無駄なく稼ぐこと。

 これが明にできる安全で、綱渡りのない行動。占いに人生を支配された明の少しの反抗だ。


「トラブルが舞い込んで来ないことを、願うばかり」


 明に出来るのはアドバイスだけ。それが占いの真実であり、それ以上は自分でつかむべきもの。生きる上でできる最善策を可能性として提示することが、彼の仕事である。


 家にさっさと帰る。課題終わらせて、それで寝る。明日も普通に学校がある。


 翌日。


 ーーキンコンカンコーン。


「数学の宿題見せてくれ」


 いつもの、駆け込み乗車ならぬ、駆け込み宿題写しの友人にノートを渡し、眠気を感じて欠伸をする。100円で課題一つ見せる善良な取引である。


「……なあ、お前っていつも眠そうだよな」

「あー、人間いつでも眠いんだよ。睡眠不足だからな。

 色々あるんだ。特に、お前がやってこない課題とかな」


 友人が100円を渡さないので、ノートを取り返して奪い合う。守銭奴だと友人は言うが、宿題の労力分は払ってもらう。タダで見せるなんて、馬鹿のやることだ。


「いつもするする解いてるだろ。1つに10分かけてないくせに」

「はー、俺は優等生ですから。お前も、勉強頑張れよー」

「優等生じゃないじゃんな。授業中寝てるし」

「宿題は出してる」

「うああ。簡単に解けるその脳みそ、クソ羨ましいわ」


 反論しようと思ったが事実だったため、なんと言い返すこともなかった。

 漢字の書き取りが無い分、高校の課題は楽だった。正直言って、全部で30分もかけていない。だが、課題は言い訳するのにとても便利なものだったので、それに肯定はしない。優秀なのは本当だが、ひけらかすと嫌味だ。


「……はっ。俺には俺の苦難があるのさ」

「明にも苦難があるんだな。俺にも俺の苦難があるように! ……よし、おっけ。マッハで写すぜ」


 100円を観念して渡してきた友人ーー翔太に、ノートをやる。


「おまえ、話聞いてるか?」

「えー、宿題ありがと♡」

 

 自分のノートを開き、宿題を掲げて、写すスピードだけが上達したバカの頭を掴む。

 そもそも課題に10分かけてないからなんだというのだ。お前はそれを5分で写すのに。

 力を思いっきり込めているのに、ヘラヘラ笑っている。運動能力に全てを奪われた者の末路がこいつだ。どうか、数学の授業中、突然当てられますように。


 そう思っていたら、翔太に襲いかかられた。……呪ってやろうか。


 明は男子高校生である。

 占い師の姿は、夜だけのものであり、高校の中では変哲のない一般人だ。勉強だけは得意だが、特質して何ということもない普通の学生。暗記とパターン化で収益を得ている人間なので、学校の課題くらいは軽くこなす。


 明は片手で器用に、黙々と宿題を写している友人を見つめ、世の中の人間がいつもこいつくらい単純ならいいと思っていた。言葉の裏なんて読む必要もなく、あるがまま、そのままの言葉を受け止められる素直な友人。

 

 調子に乗りすぎて、大きな失敗を犯すこともあったりするが、そこは自分が助ければ良い。それだけで居心地の良い空間が得られる。環境は自分で作るものだ。作ることができないなら、省かれるだけなのはどこでも一緒だ。


 そのまま、ギリギリと手押し相撲のような格好で力を掛け合っていると、突然、大きな声で自分の名を呼ばれた。


「あーきらせーんぱい!」


 その声を聞いた途端、肌が粟立った。ぞわぞわする。


 占い好きの疫病神が、わざわざ教室にまでやって来たのだ。これは緊急事態だ。


 ーー早よ、予鈴鳴れ。即座に鳴りやがれ。


 心の底から、チャイムを望んだ。つまらない授業でも、こいつから逃げるためならよろこんで挑む。

 しかし、天は明の望みを叶えることはなく、その少女は教室のドアを開け、「明先輩を呼んでもらって良いですか」なんて言いやがった。


 教室中の視線が俺に向く。呼ばれているんだから、出ていけよと言わんばかりの視線の濃さに辟易した。


 いつものショトカの美少女現わる! と隣で騒ぐバカもいて、これは四面楚歌だ。味方が1人もいない。

 ジリジリと廊下に向かっていく。行きたくなくて、動きがミジンコよりも遅くなる。


「なにが、美少女だ」


 知ってるか。あれは、災厄を呼ぶ糜瘴女(びしょうじょ)だ。美少女なんかじゃない。ありとあらゆる闇を抱えているのだ。


 あの女の目を見ると、昔の記憶を思い出す。全く持って関わり合いになりたくない。俺は危険から、距離を置くと決めたのだ。




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