cys:6 最強の師匠と逆転劇

「ん……ここは……」


 ノーティスが目を覚ますと、そこはベットの上だった。


 軽く上半身を起こし周りを見渡すと、白く大きな部屋の中に数多の書籍が本棚に立ち並び、中央には魔力で映像を映し出す大きな台座が。

 また、スマートに洗練された家具が幾つも立ち並んでいる。


───凄い部屋だな……


 その光景にノーティスが呆気に取られていると、大きな椅子に腰掛けている男の姿が目に入った。

 クールな瞳で難しそうな本を読んでいる。


 その男は、呆気に取られているノーティスをチラッと見ると、本をパタンと閉じてニヤリと笑った。


「よぉ坊主。よーやくお目覚めか」

「アナタは……」

「フンッ、俺は……」


 男がノーティスに名乗ろうとした瞬間、部屋のドアがガチャっと開き、そこからアップヘアの女が入ってきた。

 歳はノーティスよりかなり上だが、明るい雰囲気の可愛らしい大人の女だ。


「あーーーっ! アルカナート。この子目を覚ましたんだね♪」


 女が嬉しそうに笑うと、アルカナートはバツが悪そうに片手で頭を抱え、顔をしかめた。


「ったく、人がちょーど自己紹介しようと思った所を……」

「アハッ♪ ごめんごめん、アルカナート」

「フンッ、まあいい。勝手にしやがれ」


 アルカナートが軽くムスッとして本を机にポンと置くと、女はパアッと明るく微笑みながらノーティスに顔を近付けた。


「私は『パナーケァ・セイラ』セイラでいいよ♪ キミは?」


 セイラに可愛い顔を近づけられ、ドキッとしたノーティス。

 漂ってくる大人の雰囲気に、ちょっと戸惑ってしまう。


「お、俺は、エデン・ノーティスっていいます。あの、ここは……?」

「アルカナートの家よ」

「て、事は……セイラさんはアルカナートの奥様ですか?」

「えぇっ? やだもー何言ってんのよ、違うわよーーー♪」


 セイラは顔を赤らめて嬉しそうに手をヒラヒラさせると、アルカナートが横からブスッとした表情を向けてくる。


「嫁な訳ねぇだろ。コイツはただの腐れ縁だ」


 そう言われたセイラは腰に両手を当て胸を張り、アルカナートに向け口を尖らした。


「ひどーい。腐ってないし! 第一、看病してほしい人がいるって呼んだのはアルカナートでしょ」


 セイラが文句を言った時、ノーティスはハッと気づき目を一瞬大きく開いた。


「ちょっと待って、アルカナートってもしかして……!」

「あっ、もしかしてキミ位の歳の子も知ってるかなー♪」


 セイラが嬉しそうにニヤつくと、アルカナートはヤレヤレという表情を浮かべ、椅子をクルッと回転させた。

 そして、椅子のひざ掛けに肩肘で頬杖をつき、艶のある瞳でノーティスを見据える。


「ったく、セイラのせいで調子狂っちまったが、お察しの通りだ」

「じゃあ、やはりアナタはスマート・ミレニアム最強と言われた元勇者、剣聖『イデア・アルカナート』!」

「あぁそうだ。お前のような若いヤツにも知られてるとは光栄だ」

「それはこっちのセリフです! でも……なぜアナタが俺を?」


 すると、アルカナートはニッと笑う。


「お前のあの輝きが、俺を呼んだのさ」

「輝き……?」

「なんだ? 覚えてないのか。滅多にいない『勇者の輝き』を放っておきながら」


 その事に軽く驚き、少し目を丸くしたアルカナート。


 けれど仕方がない。ノーティスは光を放った時、ギュッと目を閉じていたので気付いていなかったのだ。

 なのでノーティスはアルカナートが何を言ってるのか分からず、悲しくうつむいた。


「アルカナートさん、何を勘違いしているのか俺には分からないけど、俺は……俺の魔力クリスタルは無色なんです……!」


 うつむいたまま、悲しく答えたノーティス。

 アルカナートは、それを涼し気な瞳で暫くジッと見つめると、静かに問いかける。


「坊主、名はノーティスといったな。話してみろ。お前のこれまでの人生を」


 そう言われたノーティスは、セイラとアルカナートがジッと見つめる中、ゆっくり話し始めた。

 自分が無色の魔力クリスタルと分かってからの、悲しみと恥辱にまみれた人生を……


◆◆◆


 ノーティスがこれまでの全てを話し終えると、セイラは涙を浮かべノーティスを見つめていた。


「うぅっ……ノーティス。アナタ本当に辛かったわね……」


 けれどアルカナートは違い、ニヤリと楽しそうに笑みを浮かべている。


 ノーティスはその顔に少しムッとした。

 バカにされてるのかと思ったからだ。


「アルカナートさん、そんなに面白かったですか」

「あぁ、面白いな」


 アルカナートが不敵に笑うと、セイラはアルカナートにグッと上半身を乗り出した。


「アルカナート、何が面白いのよ! この子、クラスメイトだけじゃなくて、親や兄弟にもバカにされて捨てられたんだよ!」


 セイラは涙を浮かべながら怒っていたが、当のノーティスは再びうつむき悲しそうに零すだけだ。


「セイラさん……いいんです。俺もちょっとムッとしちゃいましたけど、蔑まれるのは慣れてますから……」

「ノーティス……!」


 セイラがノーティスを悲しく見つめると、アルカナートはハァッと溜息をついた。


「全く、何を勘違いしてるんだか」

「えっ?」


 ハッと見上げたノーティスをよそに、アルカナートはセイラの方へチラッと顔を振り向かせた。


「それにセイラ、お前まで分からないとか、本当に腐ってんじゃねーのか」

「はあっ?! な、なによ腐ってるって。この子に酷い事言ってるのはアルカナートでしょ!」


 文句を言うセイラを脇に、アルカナートはノーティスに顔を振り返らせ話し始める。

 涼し気で自信に満ちた瞳を向けて。


「ノーティス、結論から言う。お前は殆どの人間が持ち得ない『白輝びゃっきの光』を持つ男だ。別名『勇者の輝き』」

「白輝? 勇者?」

「あぁそうだ。間違いない。唯一同じ光を持つ、俺が見たんだからな」


 そう告げてニヤリと笑みを浮かべるアルカナートだが、ノーティスには何がなんだか分からない。


「そんな事ある訳ないです。俺は無色の……」


 ノーティスがそこまで言ってうつ向くと、アルカナートは呆れた顔で軽くボヤく。


「ったく。ノーティス、周りの奴らがバカ過ぎて苦労したな」

「えっ、どういう事ですか?」


 ノーティスが不思議そうな顔をして見上げた瞬間、アルカナートは椅子からバッと立ち上がり、ノーティスに向かいニヤリと笑った。


「細かい話はいい。やりゃあ分かる」

「いや、何がなんだか……」

「いいかノーティス。これから俺の事は師匠と呼べ。お前には、この俺のとっておきを、くれてやる……!」


 アルカナートはそう言うと、纏っているマントをバサッと靡かせ部屋の出口に颯爽と向かい、立ちつくしているノーティスに顔を振り返らす。


「ノーティス、さっさとついてこい。後セイラ、身の回りの事は頼んだぞ」

「はーい♪ 任せてっ」


 ノーティスは全く意味が分からなかったが、アルカナートの背中を見つめ、一歩踏み出した。

 理屈じゃなく、なぜかその背中に付いて行きたいと、強く感じさせられたから。


◆◆◆


 それから数年後……『ギルド検定試験会場』


 ギルド検定試験会場は、スマート・ミレニアムの中心エリアの一歩手前『ゴールドエリア』内に存在する。

 ここは冒険者の夢の始まりの場所。


 ここで試験に合格して、冒険者の一番最初の資格である『Fランク』の証明書を手に入れる事が始まりだ。


 資格を得れば、後はランクに応じて高難易度のダンジョン攻略で富と名声を得ていけるし、Bランク以上になればスマート・ミレニアムの正規軍への道も拓けてくる。


 ただ逆に言えば、今はまだ名も無い駆け出しだ。

 そもそも、ブロンズエリアやシルバーエリアに住む人達は、ここまで何日もかけて来る。


 そんな中、魔力で動く車に乗りここまで来て、ドアからスッと降りてきた男がいた。

 あのディラードだ。


「ではお父様、お母様。行ってまいります」


 ディラードが自信に満ち溢れた面持ちでそう言うと、父親は誇らしく見つめる。


「ディラード、お前の力を見せつけてこい。合格はオマケに過ぎぬ」

「はい、お父様。しかも、こんな素敵な車で連れてきて下さり、ありがとうございます」

「ハハッ、お前の為なら当然の事だ」


 また、母親は甲高い猫撫で声でディラードにすり寄る。


「あぁっディラードちゃん、何て素敵なの♪ ディラードちゃんならこんな試験、本当は受けなくたっていいぐらいなのに♪」

「フッ、お母様。決まりは守らねばなりません。例え周りが凡百の人達であろうとも」

「あぁっディラードちゃん、素敵だわ♪」

「お父様とお母様に、本日必ず合格証書をお見せします」


 高級車の側で両親から溺愛され、強者のオーラを溢れさすディラードを、周りの人達は羨望と恐れの眼差しで見ている。


「おい、アイツすげーな。車で来るなんて」

「あぁ、しかもかなりいい車だぜ」

「あっ、ディラードさんだ。やっぱカッコいいなー♪」

「ヤバッ、ディラードさんじゃん。相変わらずマジで強そう」


 彼らの声を聞いて、心の中で醜くほくそ笑むディラード。


───ハハッ♪ どいつもこいつも俺の事を羨ましがってるし、俺の強さに恐れてる。|両親《アイツら

》の言う通りさ。合格なんて当たり前。俺の圧倒的魔力を見せつけるのが目的だ。ハーッハッハッハッ!


 だが、ディラードが心で下卑た笑い声を上げた時、周りの人達が急にザワつき始めた。


「ヤバッ! なんだアレ」

「えっ……うわっ!本当だ」

「あんなん見た事無いんだけど!」


 それが自分以外の事で起こった事を、すぐに感じ取ったディラード。

 何かと思いハッと後ろを振り向くと、信じられない光景がディラードの目に映った。

 ディラードが乗ってきた車よりも遥かに、いや、比べる事すらおこがましいレベルの超高級車が、会場の入口に止まっている光景が。


「な、な、なんだあの超高級車は!」


 思わず目を大きく開き、驚嘆の声を漏らしたディラード。


───あんな車、まさか、スマート・ミレニアム正規軍のSランクの王宮魔道士?! もしかして、俺の噂を聞きつけてスカウトに来たのか?


 学校で上位の成績を収め、魔力試合でも上位のディラードはそう思い、ニヤリと卑らしい笑みを浮かべた。

 そしてその車の方へ、自信満々な態度で近寄っていく。


 すると、その車の扉がゆっくり開き、中から女の子がスッと降りてきた。

 小柄で可愛らしく超絶にいいスタイルの上から、ピシッとした執事服を纏っている。

 また、瞳はクリッとして、可愛く華のあるオーラが溢れ出ているではないか。


───う、うわぁっ! なんて……なんて可愛い子なんだ!


 ディラードがポーッと見とれていると、その女の子の後から男がゆっくり車から降りてきた。

 白い高級な生地に金色の刺繍が艶やかに施された、ロングジャケットを身に纏った男が。


───ん? なんだアイツは。


 ディラードがそう思ったように、これは一歩間違えばオカシク見えてしまう服装だ。

 しかしその男が纏っていると、まるでどこか御伽の国の王子様のように思えてしまう。


 その証拠に女の子達は皆顔を火照らせ、ドキドキしながらその男を見つめている。


「ねぇ見てあの人♪ 凄く格好いいよね」

「ヤバッ、何あの人。メチャメチャ格好いいんだけど♪」

「誰あの人?付き合いたーい♪」


───な、なんだアイツ! この俺様を差し置いて! 許さん!


 途轍もない悔しさに奥歯をギリッと噛み締め、全身を怒りでブルブル震わせるディラード。


 そんな中、執事服に身を包んだ女の子は、その白服の男に綺麗なお辞儀をした。

 その男に対して敬意と愛が込められているのが、一目で伝わってくる。


「では、行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしています! ノーティス樣♪」

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