24章 再訪1日目  10

 俺が勇者かどうか判断しかねている様子のラミーエル女王を見て、カーミラが俺の耳に口を近づけた。


「ねえ先生、アレ見せてあげたらぁ。伝説の魔剣『ディアブラ』」


「ああ、あれな……すみません、剣を取り出しますがちょっとご注意ください。かなり危険なものなので」


「え、はい?」


 いきなりの提案に女王はちょっと要を得ない感じだったが、俺は構わず『空間魔法』から黒い大剣『魔剣ディアブラ』を取り出した。


 その禍々しい刃を目の前にして、女王とパヴェッソン氏が大きくのけぞる。


「これは……なんという……もしかして反魔導物質の剣……ですか?」


「『魔剣ディアブラ』という、邪神が使っていたという剣ですね。ダンジョンで手に入れて、自分の主力武器だったものの一つです」


「パヴェッソン、どう?」


 女王は、のけぞりながらも小型望遠鏡を覗いているパヴェッソン氏に声をかける。


「『ディアブラ』という名は分かりませんが、反魔導物質の剣で間違いありません。これはもしかしたら……世界を揺るがすようなお話になりますな」


「信じられませんが、実物が目の前にある以上信じざるを得ませんね。確かにこの大きさの反魔導物質など話を聞いたこともありません。というより反魔導物質が安定して剣の形をとっているなど……研究者が見たら泡を吹いて倒れるのではないでしょうか」


 女王は息を飲んで『ディアブラ』を眺め続けている。あまり出しておくのも危ないので、俺は『ディアブラ』をしまった。


「アイテム類だけで信用しろというのは難しいかもしれませんね。力を見せろと言われればお見せできますが、さすがにここでは無理ですし……」


「おじさん先生、魔法陣を見せてあげたらいいんじゃない? あの『トライデントサラマンダ』って魔法なら証拠になると思うけど」


 リーララの言葉に、パヴェッソン氏が身を乗り出した。


「『トライデントサラマンダ』、聞いたことがあります。確か勇者一行の賢者が得意としていた魔法とか。その魔法陣は失われて久しいと聞いております」


「女王陛下とパヴェッソンさんは想起した魔法陣は知覚できるのですね?」


「ええ、貴族階級は皆魔法は一通り学びますから。魔法陣だけでも見せていただいても?」


「分かりました。出力を小さくして、途中まで発動して中断します」


 俺は『トライデントサラマンダ』の魔法陣を想起。魔法陣に魔力が一瞬で充填され、3本の炎の槍が顕現、螺旋を描いて飛び出す。壁に命中する直前に強制中断するが、中断には発動と同等の魔力と高度な魔力制御が必要になる。力を示すには有効なデモンストレーションだ。


 その一連の動きを見て、女王陛下とパヴェッソン氏は再び目を見開いた。


「恐ろしく精緻かつ複雑な魔法陣……ですね。しかもあの高度な魔法陣を一瞬で魔力で満たし、発動後に中断……これほど高度なことを行える魔導師は現在ではほとんど存在しないでしょう」


「そうですな。しかしこれは……アイバ様は勇者ではなく、賢者ではないのですか?」


「いえ、勇者パーティの賢者はもっと使えました。多分魔力量だけなら今の自分の方が上でしょうが、やはり技術は本職にはかないませんね」


「およそ信じられないようなお話ですが……女王陛下、ここまでお見せいただいた以上信じるしかないかと愚考いたしますが、いかがでしょうか?」


 パヴェッソン氏に問われ、女王陛下はややあってから決心したかのようにうなずいた。


「そうですね、確かに信じるしかないでしょう。ではアイバ様が勇者だとして、この度はなにを目的にこちらの世界にいらっしゃたのでしょう?」


 その問いには俺の代わりにカーミラが答えた。


「実はこちらの勇者さんの世界で今ダンジョンが異常発生しているのよねぇ。それでその原因が『魔導廃棄物』にあるんじゃないかと思ってこっちの世界に調べに来たわけなの。そのことについて、王家としての見解を教えていただけると助かるわぁ。それと例の『魔王』……じゃなくて、『魔導吸収体』だったかしら。それについても教えてもらいたいのよねぇ」




「『魔導廃棄物』は、古代の魔道具を現代の技術で作り出すときに排出される物質です。200年以上も前から一部の界隈では環境汚染源として問題視されてきたのですが、決定的な解決策もなく今に至っています。ただ、それが今のようにモンスターの発生につながったり、一部の『魔導廃棄物』が次元環を通って別の世界に流れていると分かったのはここ20年のことです」


 ラミーエル女王はそう言うと、ふぅと溜息をついた。


「先代の王、私の父ですが、彼はそれを憂いていくつかの施策を行いました。一つはもちろん魔道具製造の規制。もう一つはほかの世界に渡って、その世界へ流出した『魔導廃棄物』を処理する部隊、『魔導特務隊』を編成すること。そしてもう一つは『魔導廃棄物』を直接消滅させる技術の確立。それが『魔導吸収体』の開発になります」


「なるほど。こちらのリーララはその『魔導特務隊』の一人ということになるんですね」


「ええ、そうなります。このような年若い人間を……と思われるかも知れませんが、そのあたりは色々な話がありまして……。一応は本人たちの意志を確認して派遣はしていると聞いています」


「わたしは希望してあっちの世界に行ったから、別になんとも思ってないです」


 リーララがそう言いながら俺の腕に抱き着いてくる。リーララは日本ですでに生活を確立してるし、あっちの方が居心地がいいんだろうな。


「魔道具の規制はうまくいっていないんですね?」


「ええ、こればかりは国の主要産業ですし、国民の生活基盤の中心にあるものなので非常に難しいのです。民生品はともかく、軍事用の魔道具は減らそうとはしているのですが、各貴族の思惑もあって王家の勅令は有名無実化しています」


「それは自分の世界でも似たようなものなので心中お察しいたします。では『魔導吸収体』というものはどういうものなんでしょう?」


『魔導吸収体』という言葉自体はここにきて初めて出てきたものだが、話自体は以前にカーミラやリーララから聞いている。たしか『魔導廃棄物』を圧縮して作られるもので、『魔導廃棄物』を吸い取る性質をもつもの、という話だった。それだけ聞くと夢の物質に思えるが、『魔導廃棄物』を吸収するという特性が古の『魔王』と同じではないか……そんな噂が流れ、一部の人間に危険視されているらしい。もちろんカーミラはその危険視している側の人間だ。


 俺の質問に、女王陛下はちらとパヴェッソン氏を見る。彼がうなずいたのを確認して、女王陛下はまた俺の方に向き直った。


「それについては実際に御覧いただいた方が早いでしょう。実はこの後研究所に視察に行く予定でしたので、ご一緒にいかがでしょうか?」


「直接見られるならありがたいですが、大丈夫なのですか? 重要機密なのではないのでしょうか?」


「技術的にはそこまで高度なものではないので問題はありません。やろうと思えばどこでも作れるようなものなのです。ただその施設が大規模なものなので、王家以外で行うのは現実的でないというだけですので」


「分かりました。それでは是非」


 う~ん、なんか勇者をやっていた時より話が早い気がするな。カーミラ自身が女王陛下に信用されているのもあるのかもしれないが、こういう時って大抵王家が切羽詰まってるってパターンなんだよな。


 勇者に頼るほど追い詰められてることはないと願いたいが……こういう時は勇者の勘の的中率がうとましく感じるな。

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