24章 再訪1日目 09
レグサ少年と別れた俺たちは、リーララのおねだりもあって服飾店に行ってショッピングをした後、王城の近くの方に歩いていった。
バーゼルトリア王国の王城は、いわゆる中世のお城と言うより国会議事堂みたいな建物だった。ただ真ん中のところだけが15階建てくらいの高さがあり、そこに王家のトップがいるのだとか。
王城の前には高い柵に囲まれた庭園があり、俺たちはその庭園の前で立ち止まって王城を眺めた。
「で、あの城の執務室に直接転送すればいいのか?」
「ええ、そうしてくれればワタシが話を通すわぁ。万一警備を呼ばれた時は逃げるのお願いねぇ」
カーミラはちょっと友達の家に潜り込むくらいの雰囲気だ。実際『ウロボロス』のラムダ転送を使えばそれよりも簡単に実現できてしまうのは確かである。
俺はブレスレットを口に近づけた。
「『ウロボロス』、俺の目の前に大きな建物があるのが分かるか?」
『はい艦長、その国の行政府ですね~』
「その中の首長の執務室に転移したい。可能か?」
『少々お待ちくださいっ。え~と、建築物の構造から推測される首長の執務室は……中央棟の12階になりまっす。現在その部屋には2人の人間がいるようですね~。一人は椅子に座っていて、一人は立ってるみたいです。その部屋への転送は可能でっす」
「オーケー。2人ともいいか?」
「ワタシは大丈夫よぉ」
「わたしもいいよ」
「『ウロボロス』、転送してくれ」
『了解でっす。ラムダ転送しま~す』
いつものように光に包まれたかと思うと、光が消える時には広い部屋の中にいた。
王城の中というよりは、高級な社長室という感じの部屋だった。俺たちはちょうど部屋の真ん中に転送されたようで、少し離れたところに大きな執務机がある。机の向こうに誰かが座っているが、手前に立っている男性の陰に隠れて見えない。その男性は向こう側を向いているのでまだ俺たちに気付いてないようだ。
「そこにいるのは誰ですか?」
若い女性の声が執務机の向こうから聞こえてきた。手前の男性が素早く振り向いて、俺たちを見て懐に手を入れる。口髭が渋い初老の紳士だが、見た感じが執事っぽいので側近だろうか。ちなみに反応の速さからして素人ではない。
しかし今問題なのは机の向こうで立ち上がって魔道具を構えた女性だ。金髪を結い上げたキャリアウーマンといった感じの美人で、年齢は俺やカーミラと同じくらい。彼女が王家のトップということだろうが、まさか若き女王様だったとは。
「久しぶりねぇラミーエル。それとも女王様とお呼びした方がいいかしらぁ?」
「カーミラ!? 貴女どうしてここに!? いえ、それよりどうやって入って来たの!? それにその人たちは……」
「ふふふっ、落ち着いてちょうだいラミィ。パヴェッソンさんも魔導銃は抜かないでくださいな。耳よりなお話とかいろいろあって、お邪魔させてもらっただけですから」
カーミラが腰をくねらせながら歩いていくと、女性……ラミーエル女王は椅子に座り直し、初老の男性、パヴェッソン氏は懐に入れた手を抜いて横に下がった。
「カーミラ、いったいどういうつもりなの? さすがに貴女でもこれはやりすぎよ。といってもなにをしたのかよく分かっていないけれど。もしかして『勇者教団』は新しい魔道具でも手に入れたのかしら」
「そんなつまらない話じゃないわぁ。昔から言っていたでしょ、ワタシがある人物を探しているって。その人が見つかったから連れて来たのよぉ」
「まさか伝説の勇者の子孫を連れてきたっていうの? 『次元環』の向こうの世界から?」
「うふふっ、違うわぁ。ワタシが連れて来たのは子孫じゃないの。そこに立っている人は、その伝説の勇者本人なのよぉ」
とりあえずそれ以上騒ぎになることもなく、俺たちは執務室備え付けのソファに座らされた。パヴェッソン氏が手慣れた所作でお茶を用意し、俺たち3人と、目の前に座るラミーエル女王にティーカップを並べてくれた。
女王はお茶に口を付けると、理知的な青い瞳を俺たちに向けた。
「さて、じゃあお話をうかがいましょうか。その前に自己紹介をしておきましょう。私はラミーエル・ロード・バーゼルトリア、このバーゼルトリア王国の女王です。こちらはパヴェッソン、私の補佐官になります」
パヴェッソン氏が一礼して、横の椅子に座る。
「ワタシは紹介はいらないわよねぇ。じゃあ先生からどうぞぉ」
「あ~、ええと、相羽走です。今は日本という国で教師をやっています。少し前まではこちらの世界の、多分1500年以上前の時代で勇者をやっていました」
「わたしは神崎リーララ。『魔導特務隊』の所属で、今日は単についてきただけだから無視してください」
女王は俺に対しては猜疑のこもった目を向けてきたが、リーララにはどこか済まなそうな、複雑な表情を向けた。
「アイバさんと……『魔導特務隊』の隊員でしたか。お勤めご苦労さまですね。あなた達には辛い任務をお願いしています」
「別に大丈夫です。わたしはどっちかって言うと『魔導特務隊』に入れられて助かった人間ですから」
リーララは視線をそらしつつ、いつもと違う雰囲気で受け答えをする。『魔導特務隊』に関しては俺の知らないなにかがあるようだな。
女王はリーララの顔をしばらくじっと見てから、カーミラに向き直った。
「それで向こうの世界の人たちを連れてきたってことは、『魔人衆』の転移装置を使ったということよね。貴女はまだ『魔人衆』と関わりがあるということでいいの?」
「いいえ、『魔人衆』とはもう手を切ったわぁ。今回こっちに戻ってきたのは、『魔人衆』の転移装置を奪ってそれを使っているのよ。ちなみに奪ったのはそちらの勇者さんよぉ」
「そんな話、すぐには信じられないけど……。すみません、アイバさん、でしたか。さきほど勇者だとおっしゃいましたが、なにかそれを証明できるものはありますか?」
俺を見る女王の瞳には依然として疑いの色がある。といってもそれは当然だろう。いきなり伝説の勇者です、とか言われて信じる方がどうかしている。
「証明と言われても難しいですね。力をお見せしてもいいのですが……ああ、昔の魔道具などはどうでしょう」
「魔道具、ですか?」
「ええ、勇者をやっていた時に魔道具は色々と手に入れていまして。ちょっと『空間魔法』を使いますがお許しください」
俺は目の前に開いた黒い穴に手を突っ込んで、いくつかの魔道具を取り出した。
水晶玉レーダーの『龍の目』、モンスター除けの『退魔の鐘』、結界を張る『創界の杖』、ダンジョン脱出アイテムの『転移羽』、そして伝統の回復薬『エリクサー』などなど。
テーブルの上に並べられた新品同様の魔道具類を見てラミーエル女王とパヴェッソン氏は目を見開いた。
パヴェッソン氏は懐から小型望遠鏡――ギルドの職員が使っていた鑑定用の道具だろう――を取り出して調べ始めるが、調べるに従って顔色が青くなっていくのが分かる。
「……パヴェッソン、どうですか?」
女王が聞くと、パヴェッソン氏は大きく息を吐いてから答えた。
「すべて本物の古代魔道具です。しかも状態は最上位、いくつか既知のものもありますが、未発見のものも含まれています。しかもこちらの薬は『エリクサー』です」
「『エリクサー』!? あの『エリクサー』ですか!?」
「はい、間違いないかと。しかもこれは状態が最上位ですので実際に使えるものでしょう。今残っている遺跡で手に入るものではないと思います」
「そんなものが……」
女王は口に手をあて、眉を寄せてなにかを考え始めた。まあアイテムだけで信じろというのも難しいか。
昔ならドラゴンの首でも一狩りしとけばよかったんだがなあ。時代が下ると色々と面倒になるもんだ。
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