勇者先生 ~教え子が化物や宇宙人や謎の組織と戦っている件~

次佐 駆人

プロローグ

 空も地も、薄黒い瘴気に犯された不毛の大地。


 その地の最奥部に、禍々しい尖塔を四方に広げた、巨大な漆黒の城が鎮座していた。


「魔王城」――この世界ではそう呼ばれる、人類の仇敵の首領が住まう禁断の城である。




 今その「魔王城」の謁見の間では、その城の主、すなわち魔王と、人類最強の戦士たち、すなわち勇者一行との最終決戦が行われていた。


 黒曜石をくりぬいて作られたような謁見の間は、壁や床、天井を支える柱に至るまですでに激しく損傷し、先程まで激しい戦いが行われていたことを示していた。


「やったな! ついに魔王を倒しちまったぞオレたち!」


 野太い歓声を上げたのは体格のいい戦士風の男。鎧も兜も、武器の大斧もすでにボロボロである。


「ここに来るまでが長すぎて、実際の戦いは一瞬だった気がするよ」


 破れたローブを着た魔導士風の男が言葉を継ぐ。


「確かにのう。だがこうなってしまえばすべてがあっという間であった」


 僧侶姿の男が深く息を吐いた。彼の持つ杖は半ばから折れている。


「どうした勇者、ここまでやれたのはすべてお前の力があったからだぜ。嬉しそうな顔しろよ」


 戦士風の男が、一行の中で最も細身の――と言っても恐ろしく鍛えられた身体をしているが――男に声をかけた。


 その男は、目の前に倒れる異形の巨人……魔王の亡骸なきがらをじっと見つめていた。


「まさかまた変身するんじゃないかとか考えてんのか? さすがに三回目はないだろ。二回目の変身の時、魔王はこれで最後だ、とか言ってただろ」


 戦士風の男が勇者の肩を叩く。


「……そうだな。いや、これで俺の勇者生活も終わりなんだと思ったら気が抜けて」


「なんだそんなことか。この後勇者として国に戻ったら……どうなるんだ?」


「だろ? 元の世界には戻れないって言われたし、このまま俺は行方不明になった方が都合がいいんじゃないかと思うんだよ」


「は?なんでそんな――」


 戦士の言葉を魔導士が遮った。


「勇者殿は、用済みになった自分がロクな扱いを受けないだろうって考えてるんだよ。正直国王陛下はともかく、宰相とその一派は怪しい動きしてたしね。そもそも勇者殿に姫様とかを一切近づけなかったのはあからさま過ぎたし」


「そうじゃな。あやつらは魔王より己の権力の方が大切そうだったからの。このまま帰ってもいいかどうかと問われるとワシも自信がない」


「おいおい、ここまで国や民のために頑張ってきた勇者をそんなぞんざいに扱うってのかよ」


「まあまあ、そう決まったわけでもないし、一度戻ってから考えても――」


 ビシッ!!


 魔道師の言葉をかき消すように、魔王の亡骸から鋭い音がほとばしった。


「何っ!?」


 4人の男たちは瞬時に戦闘態勢を取る。その動きに先ほどまでのゆるみは微塵もない。


 見ると魔王の腹部あたりが裂け、そこから赤黒い球体が現れて中に浮かび上がった。


 その球体は空中で数回蠢動しゅんどうすると、いきなり恐ろしい量の不可視の力……魔力を放出し始めた。


「何だこれ、見るからにヤバそうな感じじゃねえか」


「もしやこれは……魔王の真核かの!?」


「それはどんな物なんだ?」


 僧侶の言葉に、勇者は振り返らずに聞き返す。


「魔王が死に絶えると、その力は世界に広がった後長い年月をかけて再び集まり、次の魔王を産む核となると言われておる。じゃがごくまれに、死んだ直後に凝縮することがあるそうじゃ」


「じゃあもう次の魔王が生まれるというのか?」


「恐らくの」


「ちっ。だけど生まれたてならすぐ倒せんだろ」


 戦士の言葉に魔導士が首を横に振る。


「魔王は生まれてすぐが一番強い。忘れたのか?」


「くそっ、それマジ忘れてたわ。じゃあ今のうちに叩き斬って――」


「今叩き斬ったら魔力が暴走して大陸ごと吹き飛びかねんのう」


「ざっけんなよ。ここまで来てなんだそれ。運がなさすぎんだろ!」


 戦士が歯噛みする。魔導士も僧侶も緊張の中に諦めの表情を浮かべ始める。


 一人何事かを考えていた勇者だけが、一歩前に出た。


「『隔絶の封陣』を使う。皆念のため、全力で城を離れてくれ」


「あ、何言ってんだ?」


「どういうことだい?」


「『隔絶の封陣』で俺ごとこの核を包む。そして核を斬る。封陣は加わった力を別の世界に拡散させる魔法だ。それで魔王の力は消せるだろう」


 勇者が淡々とそう言うと、3人の顔色が変わった。


「ば……っ! それじゃお前も死んじまうじゃねえか!」


「君はそんな自己犠牲が好きな人間ではなかったと思うけど」


「さすがにその策はいただけんのう」


「だけどそれしかないだろ。『隔絶の封陣』は勇者しか使えないし、どうせ死ぬなら俺一人の方がいい。皆待ってる人がいるんだ、考えるまでもない」


「ふざけんな、そんなことさせるかよ!」


 戦士が勇者に手を伸ばす。


 しかし手が届く寸前、勇者は『高速移動』スキルを発動し、魔王の真核に飛びついた。


「すぐに城を離れろ。俺の命を無駄にしないでくれ。長い間世話になった。じゃあな。『隔絶の封陣』」


 勇者と魔王の真核を包むように青白く光る多面体の障壁が現れた。


 3人は茫然とそれを見ていたが、多面体の中で勇者が手のひらをしっしっと振ったのを見て、涙を流しつつ城の出口へと走っていった。


 3人が去ったのを見送った勇者は、障壁の中で剣を構えた。


「王家に伝わる聖剣もこれで消えるけど、上手くすれば魔王も消えるからな。用なしってことで許してもらうか。さて戦友、最後の仕事だ」


 そう言うと、勇者は魔王の真核に向かって聖剣を振り下ろした。

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