【豆知識】フランス宮廷の愛妾について
キャスト様のお芝居の参考になれば、と思い書いた、本作の愛妾の設定のモデルであるフランスの愛妾についての記事です。
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本作では『愛妾』の称号を用いていますが、モデルとしたフランス宮廷には、公妾と呼ばれる王の愛人たちがいました。公妾の生活や活動にかかる費用は王廷費からの支出として認められ、ルイ15世の愛人であったポンパドゥール夫人に代表されるように、重要な廷臣として政治にも参画した例もあります。単なる愛人ではなく、社交界にも出席し、宮廷に部屋を与えられていました。ちなみにヨーロッパで初の公妾は、フランス国王シャルル7世の愛したアニェス・ソレルという女性だそうです。名前は偶然の一致です。
アニエスは平民の出身という設定ですが、これは実際にもありえたことで、王妃や皇后と違い、公妾は家柄は重視されず、先述のポンパドゥール夫人は銀行家の娘、当時王太子妃であったマリー・アントワネットと対立したことで知られる、ルイ15世の公妾デュ・バリー夫人は、貧しい家の私生児だったと言われています。形ばかりの結婚をして、貴族としての地位を得るというエピソードは、デュ・バリー夫人の史実を参考にしています。
マリー・アントワネットとデュ・バリー夫人の対立は有名ですが、公妾と王妃は必ずしも対立していたわけではなく、シャルル7世の王妃マリー・ダンジューはアニェス・ソレルの美貌故の魅力を認めており、アニェスもまた王妃を尊重したために不仲ではなかったとされています。ただし王妃と不仲ではなくとも、権力闘争や社会不安に巻き込まれ貴族や民衆の恨みを買うことは多かったようです。また公妾どうしの争いも苛烈で、ルイ14世の公妾として寵愛を受けたモンテスパン侯爵夫人は、それまでルイ14世に仕え子もなした公妾を自分の召使同然に扱ったといいます。
アジアの側室ほど地位を認められているわけではなく、あくまで王の寵愛次第の不安定な境遇でしたが、新たな公妾ができれば即お役御免というわけではなく、宮廷にとどまることはできたようです。先程の権威を誇ったモンテスパン侯爵夫人は、やがて寵愛を失い、それを取り戻そうと黒ミサ事件に関与しましたが、事件発覚から七年も宮廷に止まりました。国王の態度は冷淡なものでしたが、社交界にも出席し、宮廷に部屋を与えられていた以上、ある程度の地位はあったようです。
非嫡出子に相続権を認めなかったヨーロッパ諸国では、例外を除いて、国王と公妾の間に産まれた子が王位を継承することはありませんでした。ドニーズの『アニエス様をはじめ、あれだけ愛妾がいたのに子どもを授かったことないんだから、国王陛下って……』というセリフは、愛妾との間に子どもがいれば世継ぎ問題はなかった、という意味ではありません。
通常、寵愛を受けた国王が死亡すると、公妾は新たな国王から年金を支給されて余生を送ります。ですが今回名前を出した公妾のうち、アニェス・ソレルとポンパドゥール夫人は国王の在位中に死亡、モンテスパン侯爵夫人は自ら宮廷を去り修道院で余生を送りました。
デュ・バリー夫人は国王が危篤に陥ると修道院へ送られ、不遇な一時期を過ごしましたが、宰相や大法官などの人脈を使って、優雅に過ごすようになりました。フランス革命下、デュ・バリー夫人は愛人だったパリ軍の司令官ド・ブリサック元帥を虐殺された後、イギリスへ逃れ、亡命貴族たちを援助しました。帰国した際、革命派に捕らわれ、ギロチン台の露と消えます。この時の死刑執行人のシャルル=アンリ・サンソンと知己であった彼女は、泣いて彼に命乞いをしました。しかし、これに耐えきれなかったサンソンは息子に刑の執行を委ね、結局デュ・バリー夫人は処刑されました。サンソンは手記に、「みんなデュ・バリー夫人のように泣き叫び命乞いをすればよかったのだ。そうすれば、人々も事の重大さに気付き、恐怖政治も早く終わっていたのではないだろうか」と書き記しています。
歴史に翻弄されながら生きた彼女たちへの敬意をこめて、また影の存在であった彼女たちの精神的な逞しさが、アニエスに反映できていればよいなと思います。デュ・バリー夫人のエピソードを知った時に切なくなると同時に、帰国しないでいれば亡命貴族たちを援助する、平民出身の影の実力者という未来もあったのかもしれないと妄想も膨らみました。フランス革命時の国王ルイ16世には公妾はおらずマリー・アントワネット一筋だったことで知られ、本作は全くの架空の話なのですが、苛烈な時代をしなやかに生き抜いた女性たちのエッセンスが、皆様のお芝居の一助となれば幸いです。
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