3 わが高校一番の天才にして

 朝礼が終わった後、先に私の席に近づいてきたのは藤阪の方だった。


「……俺の耳、宮川は見えるんだよな」


 小声で言う藤阪。


「うん。……藤阪くんも見えるの?」

「ああ」


 そう頷いてから、ちょっと恥ずかしそうに目を伏せる。


「他の奴には見えないみたいだけど」


「そうみたいね」

 そう言いながら、思わず彼のねこみみをじっと見つめる。


 藤阪とはそんなに付き合いがあったわけでもない。同じクラスの男の子としてまあしゃべったこともあるけど、特に親しい、という訳でもなかった。今までは。だから彼の顔をじっと眺めたことなんてなかったけど……今まではよく見ると結構童顔の顔つき。

 ……ごめん藤阪。正直、けっこう可愛い。ていうかネコミミ似合ってる。


「なに顔をじいっと見てるんだよ」


 照れくさそうに言う彼の声に、私も我に返って赤面する。


「きにしないっ」

「なんだよそれ」


 呆れたように言う藤阪。


 その時、不意に背後から声がかかった。


「宮川。藤阪。……ちょっといい?」


 振り向くと、この状況でいちばん頼りになりそうで、そしていちばん状況を引っ掻き回しそうな人間が、そこに立っていた。


 一見すると小柄でまだ幼さの残る少女。おさげの髪型がその印象を倍増させている気がする。どちらかといえばトロそうでかわいい。


 しかしその中身は、全国模試一位の常連にして、化学部部長。


 存在感も頭も薄い化学教師より化学室の主と化している人間。


 ついでにたまに変な爆発を起こして、髪の毛の先をちりちりにしていたりする。それでも落ち込む気配も無く面白そうにしている。そもそも多少の爆音は「またか」という扱いになっている私たちも異常だとは思う。


 簡単に言えば、わが高校一番の天才にして(ある意味「天災」かもしれない)、変人。

 それが彼女、神崎由真だ。


 確かにコイツに相談したら、教師なんかより、よほど頼りになるかもしれない。

 しかし、相談には乗ってくれても、同時に面白がって事態を引っ掻き回す未来も今から目に見えている。


 葛藤を隠せずに、張り付いたような笑いを浮かべて、私は言った。


「ど、どうしたのかな」


 由真は私と藤阪の顔を見てから、少しにやりと笑った。


「あなたたち二人」


 そこで急に声を落とした。


「ねこみみ生えてない?」


「ええええええ」

 同時に大声。


 思わず由真の頭の上をじっと見つめる。ねこみみは生えていない。他の耳が生えている様子もない。


「やったっ。おんぷっ」

 私、おんぷって口にする人に初めて会ったよ。


「ということは、神崎も見えるのか?」


 心配そうに藤阪が言った。


「いいや、見えない」


 あっさり首を横に振る。


「じゃないと聞いたりしないわ」


 それもそうか。……って納得してどうするよ私。


「それならどういうことだよ」


 問いかける藤阪の声を遮るように、由真は言った。


「細かい事情は後で説明するわ。放課後に化学実験室に来て。さて、じゅぎょうじゅぎょう」


 そう言うと、神崎はさっと体を返して席に戻ってしまった。


 何かを言おうとした私の背中に、スピーカーからチャイムが突き刺さる。


「……じゃあ、また後で話すか」


 藤阪が大きく息を吐いて、机に向かう。


「……うん」


 私も肩をすくめて、教科書を出そうとカバンの中をのぞき込んだ。

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