自作小説の世界に転移したら、主人公はひもになっていました。~クソラノベには責任を~

荒井竜馬

第1話 もしも『主人公だったら』

「いつの間に結果出ていたのか」

 初夏の暑さにうな垂れながらベッドに横たわり、自堕落な休日を過ごしていた。

 学校から帰宅した俺は、夏用のジャージ姿で放課後を謳歌していた。

少し高めの温度で動くエアコンの動作音をBGMにして、スマホをいじっていると、とある速報を目にした。

『第十ラノベ新人大賞一次通過者発表』

そのURLが添付されたツイートを目にした瞬間、心臓の音が加速するのを感じた。

 その画面されたURLをタップすると、すぐに公式サイトに飛ぶことができた。

 見慣れた新人賞のための特設サイト。そこには一次通過をした作者の名前と、作品名が表示されていた。

上から順に目で追っていき、その動きに合わせるように画面をスクロールしていく。

 そんな単純な作業なのに、スクロールをする指の先は微かに震えていた。

 応募数は千で通過者は百と少し。今回の一次通過の倍率は十倍ほどらしい。

 新人賞の倍率が十倍以上というのは、新人賞の中でも高い部類に入る。おそらく、俺の作品がその倍率を潜り抜けることはないのだろう。

 それでも、一縷の望みをかけながらスクロールを続けていく。

 自分の投稿した作品のタイトル、自分のペンネ―ムだけを探しながら。しかし、いくら探したところで自分のタイトルもペンネームも見つからない。

 スクロールをいくらしても下に動かなくなった画面に気づき、自分が新人賞の一次審査に落ちたことに気づかされた。

「またダメだったのかよ」

 落ちたことを受け入れてもなお、上がった心拍数のギアは変わらない。興奮に近かった感情は、別のマイナスの感情に形を変えて胸の奥の方へと広がっていった。

 新人賞にまた落選した。

 抱いた感情は、ただそれだけだった。

『次はもっといい作品を書いてやる!』といった悔しさや、『自分の作品は認めてもらえないのか!』といった悲しみや、『自分の作品の良さが分からないなんて、審査員がおかしいんだ!』といった憤りを覚えることはなかった。

 なぜ、そのような熱い気持ちを持てないのか。

 理由があるとすれば、今回で一次審査での落選回数が八回になったからだろう。

 幾度も落ちれば、それに慣れてしまうこともあるのだ。

 そんなことを考えながら、見つめた先には本棚があった。本棚と言っても、一般書籍は数が少なく、基本的にラノベと漫画で溢れかえっている。八畳ほどの自室に本棚が四つもあるのだ。溢れかえっていると表現しても語弊はないだろ。

 その中でも多く収納されている本は異世界転生系が多い。

 なぜこんなに異世界転生ラノベが多いのか。それは、単に俺が主人公という物に憧れを抱いているからだろう。

 異世界転生系のラノベは他のジャンルよりも一層、主人公感が強調されている。

 ご都合主義全開で世界が主人公を中心に回っている。努力は必ず報われて、想い人とは両想いになる。

 そんな世界に憧れを抱いているのだろう。

 いや、違うな。

 主人公ではない自分に劣等感を抱いているのか。

 俺、吉見智(よしみ さとし)は至って平凡な高校一年生だ。

 運動神経が良いわけでもなければ、イケメンなわけでもない。平均よりも多少は優れている点と言えば、勉強くらいのものだ。

 平均凡庸。

 俺だって好き好んでこんなステータスを選んだのではない。もちろん、俺を産んでくれた両親には感謝しかないが、それでも少しは憧れを抱いてしまうのだ。

大したこともしていないのにモテるイケメン君のように、野球部のエースのように、ご都合主義の世界に生きる異世界転生系主人公のように。

この世界のモブキャラと化している俺は、そんなことをふと思ったりするのだ。

「馬鹿馬鹿しい」

 自信の考えに対する独り言を漏らすと、自室を後にした。

 廊下に出ると、エアコンの冷気の影響を受けていない初夏の暑さに当てられた。少しの蒸し暑さに、フローリングの床までもが生ぬるく感じる。

 自室に引き返すほどの暑さではないので、喉の渇きを潤すために階段を下ろうと廊下を歩いた。

その途中、階段を降りようとしたところで俺の正面に人影が映った。

その人物は栗色のポニーテールを軽やかに揺らしていた。しかし、俺に向けられた視線はそのテンポには似つかわしくない、冷めたような視線だった。

 白磁のような肌に、硝子細工のように細かい睫毛。陰影が刻まれているような二重瞼に、小動物を思わせる丸顔。

 嫌悪感を具象化させたような視線さえこちらに向けてさえいなければ、可愛らしい容姿をしていると言えるだろう。

 中学生にしては平均的な胸元なのに、ウエストとヒップが引き締まっているせいか胸が大きく見える錯覚を引き起こす。

 街ですれ違えば、男女ともに自然と目を吸い寄せられる。そんな容姿を持ちながらも、抜群の運動神経を兼ね備えている少女。

俺とは正反対の主人公に近い少女。俺の妹、吉見鈴蘭(よしみ すずらん)がそこにいた。

 セーラー服姿を見る限り、学校帰りであることが見て取れる。

「おかえり」

「……ただいま」

 ただの帰宅時の挨拶。ただの挨拶のはずなのに、妹は俺とろくに目を合わせようとしない。

まるで、兄とすれ違うだけのこの一瞬を後悔するかのように、声のトーンが下がっているように思える。

 俺が道を開けると、妹はその横を無言で通過した。

 視線を背けるどころか、顔ごと背けるほどの徹底ぶり。

ここまで態度に出された方が、嫌われていることが分かりやすくて助かるかもしれない。

 下手に距離を置かれているだけだと、また昔みたいに仲良くなれるかもしれないと期待してしまうから。

 妹の態度から分かるように、俺は絶賛現在進行形で妹に嫌われている。

もちろん、その理由だって予想はついている。

だからこそ、納得もしているのだ。

自分から嫌われる道を選んだのだから、後悔はしていない。それだというのに、不思議と心のどこかにしこりのような物がある。そして、それは嫌われてから今に至るまで、取り除かれることはなかった。

妹が俺の脇を通り過ぎたのを確認し、俺も階段を下ろうとしたその時だった。

昔のことを考えていたせいで、足元がおろそかになっていたのだろう。

踏み出したはずの脚は宙を舞い、次の瞬間には体もろとも宙に浮いていた。

足を踏み外したのだ。

気がついた時にはすでに遅し、重力に逆らうことなく俺の体は階段の最下層まで引っ張られようとしていた。

それでも、今ここで踏ん張れば骨折くらいで済む。その考えが脳裏を過り、宙を舞ったはずの体に力を入れようとしたその時だった。

「お兄ちゃん!!」

「……え」

 久しく呼ばれていなかった呼び名。その呼び名に驚きながら振り返ったのが災難だった。

 いつもらしからぬ必死な表情で手を差し伸べる妹。嫌悪感以外の感情を向けられたのが久しく、体が一時停止をしたように動かなくなった。

 なぜあの妹が身を乗り出してまで俺を助けようとしているのか。その考えに対する正解にたどり着くよりも早く、俺は階段から転げ落ちた。

 そして、痛みを感じるよりも早く、目の前はブラックアウトしていった。

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