瞬間
七月七日(なつきネコ)
第1話 瞬間 前章
1
衝撃がはしる。
鋭い一撃に頭がゆれた。
ふりかえると見とれるほど綺麗な残心。
「面あり!」
いつの間に!
今は小手はよけられない、そのうえチビのあいつには俺に届かない……はず。
けど、俺は動きどころか、打撃の瞬間を見失う。
まるで、蜃気楼のように。
2
小学五年の冬の日。
剣道の交流試合、そこで相手の道場にきていた。
こんな寒い日に寒稽古するのひどくないか?
そうおもいながらも大将の俺の相手は敵大将だ。これで勝敗は決まる。
「両者 構え!」
先生の声にたがいに正眼に構える。
最初の印象はチビ女、人数が少なくおたがいに男女混合メンバーでの試合のため……相手は女子。
そして、チビだ。構えをみてわかる。
小手が隙だらけ。
なるほど、捨て大将だ。
人数合わせで弱いヤツをのこしたにちがいない。
「始め!」
まずは一本!
俺はお手本のように、一気に遠間からふみこみ、竹刀を浅くふりかぶる。
「コテーー!」
一瞬で終わるはずだった……そこにあったチビの腕が消えた。
俺は見失う、消えたんじゃない、すり抜けた!
気づけば面金に寒雷のような一撃。
「メーーーンーーー!」
小手抜き面をきめられた。
打ちこまれる一瞬に小手を逃がし、同時に面を打ち込む技だ。
大振りになるから、普通は決まる技じゃない。しかし、チビの一撃はちがった。
3
こうして、俺はチビに一本とられていた。
でも、あと二本とれば俺の勝ち。
俺のほうが身長は高い。上段なら手はだせない。
竹刀を頭上にそえ上段に構える。ふり上げる動作がいらず攻撃が早くなる。
これなら……
しかし、気づく敵の正眼は完璧。
立ち姿から下半身の力強さ、竹刀の先までケチはつけられない。
まるで、冬の月。
いや、小手に隙はある。
逆にいうとそこしかない。
そうか!
愕然とした。あの小手はワザとだ。
気づけば、俺は恐れるように、ひきよせられるように竹刀を振りおろす。
狙うは守りの固い面だ、そこしかない。
二連撃、三連撃、四連撃と竹刀を振りおろし、次々と打ちこんでいく。
石走るように、激しく、隙をたたきつくす。
しかし、一本も入らない。
これだけうちこんで、なぜ一本を取れない。
「ハァハァハァハァ」
息が白くもれていく。
攻撃の手をゆるめ、わかった。
竹刀の腹で攻撃が反らされいる。ずっといなされていた。
嘘だ!
俺は後にさがる。その動きに合わせ踏みこみ、竹刀が弾かれた、態勢がくずされる。
柄を下げてこばむが……間に合わない!
敵は懐に入りこむ。
「胴ーーー!」
敵は鮮やかに抜き胴を決めた。
痛くないのに、体のシンに残る一撃にふるえてしまう。
この残響だけで、格が違いをわかってしまった。
4
くやしい、くやしい くやしい。
「どうして、届かなかった」
そうだ、次があるだろ、次が。
今度こそあいつに勝つんだ。
まずは『渡辺六花』とボードに名前がかかれている。よし、名前は覚えた。
次は顔だ。
そうして俺は、敵の顔を見る。
「えっ?」
いままでの意識が氷解した。
面を外す彼女の姿にみほれてしまう。
仲間たちの称賛に、彼女はハニカムように笑っていた。
まるで、小春日和ような静かな笑顔。
今おこなった試合とは違う普段の渡辺六花の顔をはじめて見た。
その敵ではない自然体の姿。
――――――
そう、これが俺が恋に落ちた瞬間だった。
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