階層世界アロガンツ~泡沫の夢を紡いで成る世界<閑話>~

もぐにゃ

第0話 それは、ランプの炎のように

第0話 それは、ランプの炎のように


〝――あれ?――″


 気付いた時、俺はそこにいた。


〝――何があった?――″


 何も、分からない。

 ここがどこかも、意識を失っていたことさえも、何も思い出せる気がしない。


「おや……、渇望の節には程遠いはずですが……。」


 分からないことだらけの俺の耳に、落ち着いた男の声が入ってきた。


「あんたは……、いったい?」


 不意に出た言葉は、意図していた訳じゃなく、男に対しての質問――。

 それよりも、もっと聞くべきことがあるはずなのに、何故か俺の気が向いたのは男の存在にだった。


「私ですか?」


 その質問に、男は律義に返答する。


「私の名はアルゴス。女神アリソンの聖者として、この世界を守護する存在です。」


 男の口から出たのは、女神だの聖者の行進だの、不良だった俺からすれば意味の分からない、理解する気が失せる内容だった。


「そして、こちらのお方が――、」


 アルゴスと名乗った男は横へと移動し、続けて後方に控えていた女を紹介する。


「この世界の女神、アリソン様です。」


 アルゴスが紹介したのは、なんと女神であった。

 自然な流れの中に違和感が残る。


〝――女神?――″


「はあ?」


 耳がおかしくなったのだろうか、アルゴスと名乗った男が言うには、その女は女神らしい。

 そもそも、日本には八百屋だとか何か分からねぇけど、何とかの神?とかいう感じの名前で神とやらを祭っていた筈だ。


〝――横文字とか、外国じゃあるまいし、有り得ねぇだろ――"


 心の中で突っ込みつつ、俺はその女神とやらに視線を奪われる。


「んー。これ、もしかすると、貴方と同じじゃないかしら?」


 女神は俺をもののように指さし、アルゴスに視線を移した。


「私と……、同じ?」

「そうよ。」


 不思議そうな顔をするアルゴスに、女神は念を押す。


「貴方がそうだったように、これも異世界から送り込まれたのよ。」


 そう言って、俺を無視した会話が続いていった。


「なるほど……。そうであれば、この種子の節に来訪者が現れたことにも合点がいきますね。」


 アルゴスは納得したように俺へと視線を移す。


「これも貴方の言う、居るはずのない私達の兄がしでかしたことなのかしらね?」


 続けて女神も、俺に視線を戻して首を傾げた。


「でも変ですね。異世界からの転生なら、赤子から始まるものですが……。」


 アルゴスが抱く疑問。


「確かにそうね。私に育児をさせるなんて、いい度胸としか思えないわ。」


 それに同調しつつ、女神は過去の悲劇を思い出していた。


「その節はどうも、お世話になりました。」


 悪びれる様子も無く、アルゴスは微笑んで返す。


〝――何だろう、この疎外感は――″


 目の前で繰り広げられる茶番に、いよいよ苛立ちを覚える。


「てめぇら、俺の事を無視して……。それに、もの扱いとはいい度胸じゃねぇか。」


 この女神は何度も、俺を『これ』だの何だのって物のように扱いやがった。

 元々、上から目線で言われるのも嫌いなうえに、無視して会話を続けるとは腹立たしい。


「俺はなぁ、あいつを除いて、同年代や他校の奴らにも負けたことはねぇんだ。」


 横柄だの、偉そうだのと言われてきたが、それに見合うだけの力は付けてきた。

 隣町の不良にだって、俺の名を聞けばビビッて逃げ出す奴もいる。


「俺を怒らせた事、後悔させて……、」


 そう切り出して、俺はアルゴスに拳を向けた――、はずだった。


「ならばこれが、貴方の人生における二敗目ですね。」


 そう言って、アルゴスは手の平を俺に向け、呪文のような何かを唱える。

 その瞬間、緑色の発光が見えたかと思うと、俺の体は後方へと飛ばされ、勢いよく壁に打ち付けられた。


「ぐはっ……。」


 息が――、できない。

 強く打った衝撃で、思うように呼吸ができなくなる。


「威勢がいい割には、弱いですね。」


 アルゴスは感触を確かめるように感想を漏らしていた。

 そして、まだ呼吸を取り戻せない俺に歩み寄って来る。


〝――まずい!――″


 脳裏に焦りが浮かぶも、全く呼吸が戻る兆しがない。

 そんな俺に構わず、アルゴスは再び手の平を向けた。


『エアプレス』


 緑色の光を放ち、再び俺を襲う風圧に、俺は成す術も無く体を飛ばされる。


「がはっ……。」


 再び打ち付けられた衝撃で、ダメージは負ったものの呼吸は取り戻せた。


「はぁ……、はぁ……。」


 ふら付きながらもどうにか立ち上がり、アルゴスを睨みつける。


〝――よくわからねぇけど、あいつの手の平が光った瞬間、風圧のような何かが俺を吹き飛ばしたのは間違いない――″


 光と同時に放たれた風圧のような何かを、原理は分からないが認識した。

 これは遠距離戦。

 石を投げてくるような奴らとの喧嘩と思えば、対応できなくはない。


「どうしました?威勢すらも出せませんか?」


 睨みつける俺に、アルゴスは挑発する。

 だが、そんな挑発には乗らない。

 このまま無闇に突っ込んでいっても、同じことの繰り返しになるだけだからだ。


「やるじゃねぇか。俺に膝をつけさせたのは、イブキとてめぇくらいだ。」


 言葉で時間を稼ぎ、間合いを見極める。


「傲慢と言うよりも、無知、経験不足ですかね。」


 俺の言葉に対しての返答ではなく、奴の口から出たのは俺に対する分析。

 今の奴は俺をなめ切っている。


「本当にそう思うなら、ちゃんと俺を倒してみろよ。」


 なめてるやつは挑発にも乗りやすい。

 そして、遠距離が得意な奴は、接近戦が苦手なはずだ。


「なるほど……。まずは力量を教えないといけないみたいですね。」


 静かにそう零しながら、アルゴスはゆっくりと歩みを進め、更に距離を詰めてくる。


「やってみろよ、三流野郎。」


 俺は追い討ちとばかりに再度挑発を投げつけた。


「力量以前に、貴方がどういう人物なのか、しっかりと貴方自身に教え込まないといけませんね。」


 そう言って、歩いていたアルゴスは一気に距離を詰めにかかる。

 それを見逃さず、俺はしっかりと足場を固めて機を待った。


〝――まだ遠い――″


 走り寄ってくる奴を睨み、俺はタイミングを計る。

 そして、奴は手の平をこちらへと構えた。


『エアプレス』


 再びの発光と同時に、俺は地を蹴って奴の突き出した右手側へと回り込む。

 風圧は俺がいた場所を通り抜け、壁を大きく損傷させた。


「もらった!!」


 隙ができた右の脇腹を目掛けて、俺は拳を打ち放つ。

 しかし、その拳は空を切り、逆に俺が隙だらけとなった。


「そんな子供だましでは届きませんよ。」


 耳元でそう告げられ、終わりと同時に蹴りを受ける。

 身体は宙を舞って地に落ち、衝撃による痛みと、完全な敗北が心に刺さっていた。


『リジェネラティブ』


 余りの痛みで動けずにいる俺に対し、アルゴスはそう唱える。

 すると、群青の光に包まれた体から、痛みと傷が癒えていった。


「これでまた動ける筈ですが、いかがですか?」


 自らが傷つけた俺の体を癒し、アルゴスは具合を確かめてくる。

 あれだけの仕打ちの後だけに、俺には多くの疑問が生まれていた。


 何故こんなことになっているのか。

 その魔法みたいな攻撃や回復は何なのか。

 そもそも、魔法が使えるこの世界は――、故郷とは違うここは、一体どこなのか。


「一体何のつもりなんだ?何なんだ……、ここは!?」


 見たことも聞いたことも無い能力や動きに加え、理解し難いアルゴスの行動。

 俺は、その疑問を直接奴へとぶつける。


「ここですか?」


 奴はそう短く聞き返し――、


「ここは、貴方にとっての地獄であり、貴方の終焉です。」


 俺に最期を告げたのだった――。

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