そして僕は途方に暮れる

 ま、これからの薔薇色の日々を想像すれば、お昼に会えなかったことなど細かいことだ。気にしないでおこう。


 というわけで、とりあえず彼女ができた報告をしとこうか。人生初の彼女を、ただ単に自慢したいお年頃なのであるよ。


 ……


 いやちょっと待て、誰に報告じまんすりゃいいんだ?

 周りの環境を鑑みるに、オカンとかに言えるわけないしな。


 ……


 あ、ひとり適任がいたじゃん。戦友が。

 というわけで、ぶしつけに手毬へとメッセージを送ることに決定。


『聞いてくれ。突然だが、今日、初めて彼女というものができた』


『・・・』


 あれ? なんで返事が返ってこないんだ?

 手毬なら、最低でも『おめでとう』くらい言ってくれるものと思っていたのだが。

 いや確かに浪人生に対してそんな浮かれポンチメッセージを送る俺もアレだけどさ。


 まあいいや、なんてお祝いの言葉を言ってくれるのか、悩んでいるだけなのかもしれない。どうせ暇だし、待とうか。


『・・・』


『・・・』


『・・・』


『……メッセージ、届いてる?』


 焦れた。


『ごめん、なんといっていいのかわからなかったから。とりあえず、おめでとう?』


 なんで疑問形なのかはともかく、やはり言葉を選んでくれていたらしい。気遣いのできる手毬らしいわ。


『おう、ありがとうな。悪いが、俺はこれから手毬より一足先に大人のアオハルを満喫させてもらうぜ』


『ところで相手は誰なの?』


『昨日図書館で話しただろ。その子だ、苗木紗羅さんという』


『・・・』


 おっと、また手毬からのメッセージが止まってしまった。ひょっとして、今勉強中なのかもしれんな。


『悪い、自慢したかっただけなんだ。勉強の邪魔して悪かったな』


『別に大丈夫だけど……あーあ、あたしも彼氏でも作ろうかなあ』


 おや。

 手毬は別に取り込み中だというわけではないようだ。というか、俺に触発されて浪人生にあるまじき妄想をしてたのかもしれない。


 ……


 あれ? そういえば、手毬って高校時代彼氏とかいなかったんだっけ?

 まあ戦友の俺から見ても、ひいき目なしでそれなりに可愛いとは思うんだけどな。美人というよりかわいい系のややギャル寄りカースト上位組。

 性格はアレだが、なんとなく憎めない愛嬌みたいなものも持ってるし。


『高校時代、手毬に彼氏とかいなかったのか?』


『いなかったよ。作るつもりもなかったし』


 即答。ま、いるわけないか。もし彼氏とか高校時代にいたら、放課後に俺とサシで勉強とかしてなかったはずだもんな。


『そうか。でも手毬なら、彼氏のふたりや三人くらい』


『あんた、あたしのことなんだと思ってるの?』


『うーん、まあ、彼氏とかいなくても、セフレの五人や六人くらいならいそうだよな』


『しばきたおすわよこのあんぽんたん』


『そのくらいモテそうだってことだ』


『うれしくないわ』


 ふむ、まあ軽口はこのくらいにしておこう。手毬も口は軽そうだが尻は軽くなさそうだし、いいことだ。

 尻が軽いと命まで軽くなっちゃうこともまれによくあるからな。認知されりゃまだいいほうで、望まれない場合は妊知すらされないで左肩に乗っちゃう羽目になる。なんと罪深いことか。否認は大事。


 というか、ひょっとして手毬はまだ膜を標準装備してるのか……? この時代に、貴重な存在ではある。膜すら守れない女には、なにも守れないわけで。

 それは別に真尋に限ったことではないにせよ、な。


 まあいい。

 さて、手毬に自慢も終わったし、あとは今後の自分について対策をせねば。


 まずは、デートに着ていくオサレな服を買うところからだな……しかたない、コツコツ貯めたお金を五万円くらいおろしてこようっと。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして次の日の朝、苗木さんからメッセージが入った。


『大事な話があるの。二コマ目の講義前に、ちょっといつもの場所でお話しできないかな』


 おおお、きたきた恋人同士の密会のお誘いが!! いきなりチューとかでも私は一向にかまわんッッ!!

 というわけで、浮かれ気分でひとりヘッドバンキングしながらいつもの中庭へと向かう。


 しかし、現実というものは非情であった。

 申し訳なさそうな顔の苗木さんが、中庭で俺に告げた言葉は。


「本当にごめん。昨日、つき合うって返事したけど、そのことはなかったことにして、いったん保留させてほしい」


「…………はい?」


 今の俺の顔は、鏡を見ないでもわかる。きっとすごく間抜けな、鳩が豆鉄砲を食らったような顔だ。どうせ食らうなら、苗木さんのハトムネや豆をいじって発射された潮鉄砲のほうがよかったよ。


「本当にごめん。実は、あのすぐ後に、西田くんからも『つきあってほしい』って申し込まれちゃったの」


「……え?」


「だから、ちょっと考えさせてほしいんだ。明日には、答えを出すから」


「……」


 ちょっとちょっと。こういうのって、一分だろうが一秒だろうが、先に告白したほうが優先じゃないの?

 俺が断られて西田にOK出したとかならともかく、俺は断られなかったよな?


 なんで俺を優先してくれないの?


 そう言いたかったが、これに関しては、苗木さんの気持ちが最優先であることは間違いない。


「……わかった。いい返事を、待ってる」


 そういうしかねえだろう。


 大丈夫、自分で言うのもなんだが俺はわりとしっかりしてるし、講義も真面目に受けて抜かりなし。ヒョロガリというウィークポイントは少林寺のおかげで克服したし、見た目も標準的なところまで来ていると自負している。


 対して西田は講義もサボったり寝たりで不真面目なことこの上ないし、生活態度もだらしない。この前なんかパチンコを打ちに行ったあげく、所持金全部やられたというパチンカスだ。


 俺が西田に負けている唯一の点は身長の高さ、というくらいで。

 どう見ても、俺のほうが優良物件だろう。


 ──だから、苗木さんも俺を選んでくれると思ってたのに。


『ごめんなさい。わたしは西田くんと付き合うことにしました。中西くんはしっかりしていて、ひとりでも大丈夫だと思うけど、西田くんはわたしがそばにいないとダメになっちゃいそうだから』


 顔すら合わせないで、ライソメッセージでお断りされましたー!!

 振られたら、ライソは即、切り! あたりまえ体操。


 しかし、頭も心も、納得いくはずがない。


 なんでだよ!!

 何のためにいままで頑張ってきたんだ、俺!!

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