それ、男運が悪いわけじゃない。おまえの男を見る目が壊滅的なだけだ

冷涼富貴

高校編

幼なじみになじめない

 突然だが、俺の家庭は母子家庭だ。

 俺が幼いころに父と母は離婚している。


 いろいろ苦労したことを酒に酔っては愚痴る母親っていうのもなんかいやだが、俺の家族はその残念な母親だけなんだ、仕方ない。

 で、その母親は、酔うと最後にいつも同じことを言ってくるんだ。


「最後に勝つのは高学歴の男よ。いい、優弥ゆうや。あなたはちゃんと勉強していい高校、いい大学に入りなさい。そうすれば人生勝ち組になれるから」


 ま、それだけがすべてではないと思ってはいるけど、すり込みみたいなものだよ。

 そんな母親の言葉を信じ、俺は小さいころから勉強ばかりしてきた。


 おかげで、小中高と常に最上位の成績を維持してきたわけだが。

 思春期を迎え、男女の交際というものに興味を持った俺はその時、致命的なミスに気づいたんだ。


 ──頭がいいだけの男は、モテないってな。



 ―・―・―・―・―・―・―



「ごめんね、優弥。気持ちはうれしいんだけど、わたしは優弥をそういう目で見たことがないし、他に好きな人がいるの。だから、つきあえない」


 いくら勉強一筋といえど、青春は一度きりだ。できることならそれを謳歌したい。


 そんな焦燥感に背中を押される高校一年、三角チョコパイの季節。

 昔から淡い恋心を抱いていた幼なじみの吉川真尋よしかわまひろを高校中庭の伝説の樹の下に呼び出し告白なるものをしてみたのだが、あえなく玉砕した。


 カコイチで勇気を振り絞ったんだが、想定内です。むなしい。


「そっか……変なこと言った。忘れてくれ」


「ううん、本当にごめん」


「気にしないで。じゃ、じゃあ」


 社交辞令を残し、駆け足で去る俺は、だれが見てもみじめであろう。目から汗が出ちゃう、男の子だもん涙じゃない。


 幼なじみという立場だからそこそこ仲は良かったはずなのに。

 これでもう幼なじみという関係にも戻れないな、と俺は悟った。良くも悪くも、告白というのは人間関係を破壊するものだからして。


 俺は、喪失感とか悲しみとかいろんな感情がまぜこぜになったせいで、しばらく校舎裏の日陰でひとりむなしく時間をつぶし、一時間後にようやくこのままここにいても仕方ないという結論に達した。女々しいことこの上ないが、少しでも前を向いた瞬間である。

 だが、帰宅途中で、真尋とその友人二人が会話しながら歩いているところに遭遇したのだ。


 真尋はこちらに気づいていない。これ幸いと離れようとする前に、残酷な言葉が耳に届いた。


「えー! マジで? 告白されたの、中西に?」


「ギャハハ! 何考えてんのあいつ、高望みしすぎー!」


「ねー! いくら幼なじみだからって、真尋の好み正反対のくせにさ」


 ああ、ちなみに俺のフルネームは中西優弥なかにしゆうやだ。おいこら真尋の友人モブAにモブB、お前らが気軽にでかい声でネームドをけなしていいと思ってんのか。


 しかし、その陰口に出てきた『好み正反対』という言葉は、無茶苦茶重い。


「真尋の好みって強くて守ってくれそうな人だもんね。そりゃ、中西みたいなナヨナヨしたヒョロガリに告られても断る一択しかないわー」


「だいいち真尋もさー、小さいころから知ってるってだけなんだし、中西ヒョロガリにいい顔しすぎじゃね? だからこんなふうに余計な面倒がやってくるんじゃん?」


「いい顔って……家も近所だし、そういうわけじゃないよ。ただ、優弥ヒョロガリは好みとは正反対だから、男として見れないというか、彼氏として考えるのは一生無理っていうだけで」


「うわー! それ『生理的に無理』って言ってるのと一緒じゃん!」


「真尋、シンラツすぎる!」


「……」


 おかしいな、家に帰りたいのに立ちつくすしかできない。おまけにさっきよりも目から汗が出てきたぞ。


 そっかぁ。

 真尋が俺に話しかけたりしてくれたのは、単に家が近所だからって理由だけか。もともと真尋の眼中には、俺みたいな好み正反対の貧弱ガリ勉野郎など入ってなかったんだ。しかも真尋にまでヒョロガリ呼ばわりされていたとはショックすぎてもうね。


 これが現実ってやつなんだな。

 目から汗は止まらないけど、受け入れるしかない。


 そう理解した俺は帰宅して、飯も食わずにふて寝した。

 そして明日から、勉強の時間を少しだけ減らして、少林寺拳法の道場通いを始めようと決意するに至る。



 ―・―・―・―・―・―・―



 俺が道場に通い始めて、ようやく全身筋肉痛が取れ始めたころ。

 とある色恋沙汰のうわさが俺のクラスにも飛び交い始めた。


『なあ、聞いたか? A組の吉川さん、サッカー部の橋爪はしづめと付き合い始めたらしいぜ』


『それ、ガチなんだ!? 聞いたところじゃ、吉川さんのほうからアプローチしたとかって話だけど』


『その通り。あーあ、吉川さんも穴だらけになっちまうのか……』


 穴だらけってなんだ。いや確かに女は男よりも穴の数は多いかもしれんけど、物理的な意味なんだろうか。耳とか鼻とかだけじゃなく局部とかにピアス穴開けられたりとか。

 それともありのままの姿で穴る遊びをする、穴とイクの女王就任でしょうかね。穴だらけだから彼氏には穴多あなたって呼ばれるんかな。おまけに穴という穴にオモチャを突っ込まれたりして。


 ……おっと、いかんいかん。思わず俺のへたれガソダムが大地に立つところだった。


 ま、そんな器具、じゃなかった危惧を抱えるのも当然だろう。なんせうちの学校のサッカー部なんて素行不良な奴らの吹き溜まりである。サッカー部じゃなくてファッカー部とか言われてるしな、世間様からは。

 というかなんで田舎のサッカー部ってこう悪い奴らがたむろするんだろうな。俺の周りだけかもしれんが、地方の高校の七不思議だ。


 その中でも、橋爪遊助はしづめゆうすけってやつは、ガタイもよくワイルド系のイケメソに分類される。帰宅部の俺はゲットワイルド系なんで、つい最近道場に通い始めたばかりではとうてい太刀打ちなどできん。ラベルが違う。


 ……ま、真尋がそれで幸せならいいんだけどさ。俺みたいなヒョロガリはもうかかわらないから、安心してパコパコだろうがズコバコだろうが励んでくれよ。


 俺は当分、シコシコでいい。



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