最終話 世界を変えた魔王様

~一年半後~


 世界を変えたあの戦いから一年半が経った。この一年半で、世界は随分と変わっていた。

 我が提案した、魔王政府と人間政府との間での平和友好条約の締結が叶ったのが八カ月前だ。調印は色々と大変だったが、コブリン達の協力もあり、なんとか悲願を達成することができた。

 これにより、魔王領・人間領という概念が無くなり、魔物も人間もかつての互いの領土に自由に出入りすることができるようになった。政府は別々で存在しているが、以前と比べてはるかに人間政府との共同で行う事業が増えてきた。


 コブリンを始めとした旧魔王領に住んでいた知性の高い魔物達は、積極的に人間達との交流を開始した。ジェットスニーカーズのライブでコブリンがギターを担当した事もあり、彼らが人間社会に溶け込むのにそこまで時間はかからなかった。


 親父に破壊された街も、魔王政府や人間政府、風見原財閥からの支援により復興が進められ、今では元の姿を取り戻しつつある。こんなに早く復興が進んでいるのも、全ては人間達のお陰だ。親父は人間を見下していたが、やはりこういう時の人間の団結力は尊敬に値する。


 そして、ダンジョンはどうなったかというと。

 元々ダンジョンは魔物と人間との間で繰り広げられた魔導大戦の爪痕だ。だが、両者間で和解が済んだ今、最早その類のものは必要ないだろうという結論になった。積極的にダンジョン内の魔物を殺すという行為も、関係悪化に繋がる可能性があるという事で、全てのダンジョンはその機能を停止することになった。


 ダンジョンは優良な鉱山資源を採掘する場となり、日本に多大な利益をもたらした。勿論、この利益は魔王政府と人間政府に平等に振り分けられている。

 ダンジョン内に発生する知性の低い魔物達も、ごく一部を除いて我が指示を出せば簡単に大人しくなるので、それらの魔物達も今や人間社会に動物のような立ち位置で溶け込みつつある。


 だが、ダンジョンを攻略することによる利益で飯を食う冒険者がおり、さらにはそれを管理する機関であるギルドも存在する。ダンジョンが無くなって、彼らがどうなったのかと言うと……。


「お、カイトが配信始めたみたいだな」


『みんなおはよう! カイトだぜ! 今日はジェットスニーカーズの最新シングルがランキング一位になった記念で、このSランクVダンジョンに挑戦していくぜ!』


 ダンジョンが無くなることによる失業者の大量発生を懸念した我々は対策を講じた結果、ダンジョンの代わりとなる『バーチャルダンジョン』を開発した。

 これは一種のゲームのような物で、人間の持つ高い技術力と魔物の持つ高度な魔法技術により実現が可能となった。

 仮想空間に冒険者とダンジョンを出現させ、その中でかつてのダンジョンのように高度なアクションを行うのだ。


 我々の最新技術により、冒険者の魔法特性や魔力量を登録し、ゲームの中でも現実と同じように魔法を発動することができるようになっており、かつてと変わらないダンジョンを実現していた。

 鉱石等の利益は無くなってしまったが、以前と同じように攻略すると報酬が貰えるシステムになっているので、それに加えて配信や副業を行う事で、かつての冒険者達は生計を立てていた。

 さらに、ゲームとして世界中に広く発信されたことで、世界的なブームも発生した。Aランク冒険者達に並ぶ実力者も現れており、冒険者同士の対戦モードなども熱狂的な盛り上がりを見せていた。


 総じてダンジョンは、以前より安全性も高く、広く知られるものとして生まれ変わったのだった。


 カイトの配信を見終えると、時刻は既に十一時を回っていた。我にはやることがあったので、支度をして魔王城を出る。


「魔王様、お出かけでございますか。もしかして、例の件ですか?」

「そうだ。お前もライブが近いのだろう? 調整を進めておけよ」


 我が出かけようとすると、ギターを持ったコブリンが声をかけてきた。彼は一昨年のクリスマスライブでジェットスニーカーズとコラボ演奏した事で、まさかの四人目のバンドメンバーとして抜擢されたのだ。今は我の執事をしつつ、バンド活動にも精力的になっている。

 コブリンに手を振って魔王城を出ると、近隣に住む市民たちが我に挨拶をしてくれた。

 魔王領という概念が撤廃された事により、魔王城周辺に住居を構える人々も多くなっていた。我は一応魔王であるが、民衆を支配するような王である必要は無いと感じたので、皆にフランクに接するようにしていた。

 我は駅に入って電車に乗り、目的地へと向かう。以前は駅で迷子にもなっていたが、旧人間領に立ち入る機会が増えたことで、今では問題なく乗りこなせるようになっていた。レイにしごかれながら電車に乗っていたあの頃が懐かしい。

 目的地———新宿に到着した我は電車を降りて、とある店へと向かった。建ち並ぶビルの一階で営業している、アンナの花屋だ。


「いらっしゃいませ……って、ボロス君じゃん! 久しぶり!」

「久しぶりだな、アンナ。花を買おうと思ったら、お前の顔が浮かんだ」


 アンナを始めとして、ライトやダイゴら正体を明かしていなかったAランク冒険者たちも、あの戦いで正体を晒すことになった。

 彼らも公に発表をしたが、民衆からは英雄と評されて、何事も無く受け入れられていった。

 アンナはあの戦いの後、冒険者を引退したらしく、今は花屋を本職としているらしい。彼女がAランク冒険者だと分かってから、客の数が一気に増えたらしい。


「それで、やっぱり今日はレイちゃんへの花を買いに?」

「ああ。何か良い花はあるか?」


 レイとアンナの間にはいつの間にか交友関係ができていたようで、定期的に会ってお茶を飲んだりしているようで。レイからもたまにその話を聞かされていた。


「やっぱりここはバラ一択でしょ! 女なら一回はプレゼントされたい素敵な花だよね! 今用意するよ!」


 バラ、か。花言葉は確か、『愛』だったはず。王道ではあるが我とレイには丁度良いな。値段は少し張ってしまうかもしれないが、財政が回復した今なら少しも問題ないだろう。


「ボロス君、これからもレイちゃんをよろしくね!」

「こちらこそ、レイといつも仲良くしてくれてありがとう!」


 アンナからバラの花束を受け取り、我はレイの家へと向かう。レイも風見原フーコの一件で風見原財閥から目が飛び出るほど巨額の慰謝料を受け取ったようで、生活はかなり楽になったらしい。母親の病気も治ったようで、今は母親の家にも近い都内のマンションで一人暮らしをしていた。

 裕福になっても母親の身を案じて近くのマンションを選ぶあたり、やはりレイの優しさが表れていると感じた。


 レイの家へと向かう道中で、ライトとダイゴの姿が堂々と描かれた街頭広告がビル一面に映し出されているのを見た。

 あの二人は決戦の後、Aランク冒険者として正体を明かし、配信者として活動を始めた。ライトはその明るいキャラが、ダイゴは映像映えする派手な魔法が受け、二人とも大人気になっていた。

 街頭広告によると、今度この二人が対戦モードで直接対決するらしい。トップクラスの実力者なだけあって、まさかの全世界同時配信。二人ともあの決戦を生き延び、格段に力を伸ばしたからな。どちらが勝ってもおかしくない。


 電車の人ごみに花が押しつぶされてしまってはたまったものではないので、我はタクシーを捕まえてレイの家へと向かう事にした。

 こうしてタクシーに乗って移動している間にも、ペットなどとして人間に混じる多くの魔物の姿が見受けられた。最初はもっと虐げられるかと思っていたが、人々は案外すんなりと魔物達を受け入れてくれた。こうして見ると、我の願いは叶ったのだと改めて実感する。


 レイの家の近くまで着いたので、我はタクシーを降りて徒歩で目的地まで向かう事にした。

 レイの家へと歩いていると、自転車に乗った意外な人物とすれ違った。


「ガンマさん!」

「ボロス君か! 久しぶりだな! 元気だったか?」


 ガンマさんは警察の制服を着こなして、自転車にまたがってパトロールをしている最中のようだった。

 ガンマさんはあの戦いの後、自らの進む道をかなり迷ったらしいが、最終的に警察官になることにしたらしい。Aランク冒険者としての名声よりも、一人の警察官として市民の安全に努める事を選んだようだ。

 彼の活躍は凄まじく、ダンジョン配信で培った高い魔法の実力で、魔法を駆使する凶悪犯罪者達や、我の制御が効かない狂暴な野生の魔物を次々と倒しているようだ。


「ガンマさんの活躍、聞いてるよ。この前も凶悪犯罪者を捕まえたんだって?」

「あぁ。アイツは手強かったが、市民に危険が及ぶ以上、負けるわけにはいかなかったからな。俺は今でも、皆の平和のために戦うだけだ」


 やはり、ガンマさんも変わっていない。マイン等では話していたが、久しぶりに直接会ってその事を実感し、我はほっとしていた。


「ボロス君も、その花はもしかしてレイ君にあげる物かい?」

「その通り。今日は彼女の誕生日だからね」


 それを聞いて納得したのか、ガンマさんは笑顔を見せて我の肩に手を置いた。


「ボロス君、君が彼女を守ってやるんだぞ!」

「言われなくても、勿論そのつもりだよ!」


 ガンマさんは我の言葉に安心したような笑みを零した後、再び自転車を漕いで去っていった。


「それじゃあボロス君! 君も頑張って!」

「そちらこそ! 頑張れよ~!」


 ガンマさんに手を振って、我は再び歩き出す。彼女の家はもうすぐそこだ。

 マンションの中に入り、レイの部屋で立ち止まってインターホンを押す。程なくして、彼女が玄関から出てきた。


「や、レイ。突然だけど、俺からの誕生日プレゼントだ。誕生日おめでとう!」

「え、バラの花だ! 貰って良いの? ボロス、ありがとう!」


 レイは我が差し出したバラの花をとても気に入ったようで、それを受け取って満面の笑みを浮かべていた。

 既に嬉しそうな彼女だが、本番はここからだ。我はレイさんの家に上がり、机を挟んで彼女と向かい合う。


「ボロス、どうしたの? そんなに改まって」

「レイ、実は俺からの誕生日プレゼントはそれだけじゃないんだ」


 そう言って、我は懐から箱を取り出す。そして彼女に見せるようにして、その箱を開けた。

 箱の中に入っていたのは、ダイヤモンドが付いた指輪。


「レイ……、俺と結婚してほしい。君ともっとずっと一緒にいたい!」

「ボロス……! うん! 勿論だよ! 私もボロスのそばにいたい!」


 この瞬間までとても緊張していたが、レイはあっさりとそれを承認してくれた。そして直後、我に抱き着いてくる。

 その感覚がくすぐったくて、我らは笑ってしまっていた。我が笑っていると、レイが我の頬にキスをしてくれた。


「大好きだよ、ボロス!」


 あまりに突然な事に、我は言葉を失って溶けだしてしまった。体が形を失い、弱いスライムのようにドロドロになってしまう。レイはその姿を見て、クスクスと笑っていた。

 だが、これ位の事はレイといれば日常茶飯事だ。我はすぐに体を元に戻し、改めてレイと向き合う。


「それじゃあ改めて。レイ、これからもよろしく!」


 我がそう伝えたその時だった。

 マンションの外で大きな音が鳴り響く。何事かと外を見ると、巨大な野生の魔物が暴れているところだった。

 こんな時に限って現れおって……! 絶対に許さん!

 我は良い雰囲気を邪魔された怒りに燃え、現場へと急行した。

 そしてその魔物を睨みつけながら、配信用カメラのスイッチを入れる。


『お、ボロスのゲリラ配信だ!』

『あれ、今回Vダンジョンじゃないのか?』


「緊急配信です。東京に野生の魔物が現れました。俺が指示しても鎮まらないタイプの……、恐らくAランクはあるであろう魔物です」


 我は手っ取り早く視聴者への説明を済ませる。


『兄貴、ボッコボコにしちゃってください!〈弟分ニキ〉』

『【50000】ボロス、勝てよな!〈赤スパの悪魔〉』

『頑張れボロス!』

『魔王の力を見せてやれー!』


 我はコメントの声援を受けて、魔物と対峙する。我の気配に気づいた魔物は、我目掛けて魔法を放ちながら突進してくる。

 我は決戦の後も、ダンジョン配信者としての活動を続けていた。

 我は今も世界トップとして、魔王業務の間に配信を行っていた。今や、マーチューブの登録者数は一億人を突破していた。


「さあ魔物よ、我とレイの時間を邪魔した事、後悔させてやる! 蒼炎魔弓アズールインフェルノアロー!」


 迫りくる魔物に対し、我は蒼炎の弓矢を構えて睨みつける。


 ダンジョン配信が無ければ、今の我も、この幸せな世界も実現していなかっただろう。ダンジョン配信は我が変わるキッカケをくれた、いわば我の原点だ。

 今も我が配信を続ける理由、それは純粋に皆に楽しんでもらいたいからだ。我の姿を見て救われる人がいるのなら、それだけで我が戦う理由になる。

 我を応援してくれる視聴者がいる限り、我のダンジョン配信は終わらない。これからも我は魔王様として戦い続ける。

 この幸福な世界を、我の配信でより鮮やかに照らし出せるように。


 完


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 どうも。作者の炭酸おんです。魔王様配信、無事完結させることができました。最後まで読んでくださった皆さん、ありがとうございます!

 さて、この作品ですが、今後も不定期にアフターストーリ―を更新しようと考えています! なので、フォローは是非そのままでお願いします! そして、この作品への評価もしていただけると嬉しいです!

 繰り返しにはなりますが、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!  また僕の作品をどこかで見かけたら、それも読んでいただけると嬉しいです!

 では、また会いましょう!

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