第30話 「最強」の秘めし思い
ギルドでの報告を受けた後も、我らはマスコミに追われ続けていた。
いつもは人に見られていない事を確認してから魔王の姿に戻り、魔王領に戻っているのだが、流石にここまで付きまとわれると、人目をかいくぐるのは難しかった。
そういう訳で、とりあえず式典までの二日間はガンマさんとビジネスホテルで泊まることになった。ちなみにガンマさんには「家にまでマスコミが押し寄せると困るので、身を潜めたいです」と言ってある。
「ボロス君、コーヒー飲むかい?」
「はい! 砂糖多めのブラックでお願いします」
「それはブラックじゃないと思うぞ!」
久々にマスコミに囲まれていない自由な時間だ。我らはコーヒーを飲みながら疲れを癒すことにした。
「そういえばボロス君、君はどうして冒険者になったんだい?」
我がコーヒーを啜っていると、突然ガンマさんが聞いてきた。
「何でって……、まあ、お金が欲しかったからですかね。今ちょっと金欠でして……」
それを聞いたガンマさんは、少し落胆したような表情をしていた。
「あ、流石にこんなド直球な答えは良くなかったか。すいません!」
「いや、良いんだよ。大体の冒険者は、その高額な報酬に目を光らせてこの世界に入ってくるからね。ただ、最初からそんなに凄い才能を持っていた君が、少し羨ましくてね」
彼は今までに見せたことのない、暗い表情をしていた。
「ガンマさん、一体過去に何があったんですか……?」
「実は俺は、最初はこんなに強くなかったんだよ。……俺が冒険者になろうと決めたのは、二十二年前、六歳の時だ」
ガンマさんはどこか遠くを見るような目をしながら、自身の過去を語りだした。
「俺の六歳の誕生日の日、俺の家の近くで野生のBランク相当の魔物が出現したんだ。俺の家も破壊されて、両親は俺をかばってその魔物に殺された。その時に、当時のAランク冒険者が助けてくれたんだ」
二十二年前。丁度父上が魔王だった頃だ。父上が意図的にやったのかどうかは分からないが、その頃は自然発生した魔物が人間を襲う事件がよく起きていた。ガンマさんやその家族も、被害者だったようだ。
「俺はその魔物と、魔物管理がガサツで人間政府との折り合いも悪かった当時の魔王——ディア十七世をひどく憎んだ。でも、それと同時に冒険者に憧れを持つようになったんだ。俺もいつか強くなって、人を守れる存在になりたいって。……でも、いざ十八歳になってギルドの冒険者試験を受けたら、俺のランクはDだったよ。下から二番目だ。俺は嘆いたよ。もっと強くなりたいって。だから、死ぬ気で鍛えた。魔法も、フィジカルも、頭脳も。努力できるものは全部やった」
あれほど強いガンマさんが、冒険者になりたての頃はDランクだったという事は、すぐには信じられなかった。そこからAランク最強まで上り詰めるには、一体どれほどの努力があったのだろうか。
「何度もくじけそうになったさ。でも、その度にあの日の事を思い出して踏ん張って来た。そして、ついに開花したんだ。ある日から一気に能力が上昇し始めた。そこからC、Bランクと上がっていって、ついにはAランクにまでなることができた。俺は、皆に頼られたかったんだ。あの日助けてもらった冒険者のような、力の象徴として、俺を頼りに思ってほしかった。だから、今回もSランクになれるかもしれないって聞いた時にはすごく嬉しかった。俺の努力が、こうして報われたんだと!」
「……ガンマさん、今まで本当に頑張って来たんですね。凄いですよ。俺は絶対そんな事できない」
本当に、それしか言う事がなかった。
我は今まで、生まれ持った才能と地位に甘えて生きてきていた。やりたい事も全部、コブリンたちが叶えてくれた。何の不自由も、感じたことは無かった。
だが、目の前にいる一人の男の生き様を聞き、それに憧れを抱いている自分がいた。
……我も、そろそろ変わり時なのだろう。父上の事など気にせず、本音をさらけ出しても良いのではないか。
「ボロス君。俺は君も、何かの為に全力になれる人だと思っているよ。君にも、人を守りたいという思いがあることは、今回や遊園地の件でよく分かってるからね。君がやりたいと思う事を、全力でやるべきだと思うよ」
ガンマさんは、まるで我の心の内を見透かしたかのように、我に対するアンサーを返してきた。
やりたい事、か……。
「……ガンマさん、ありがとうございます。俺、自分に正直になってみようと思います」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして二日間はあっという間に過ぎ去り、式典の日がやって来た。
偉そうな人間の長々しい話では物凄く眠くなったが、我らの出番が来るとそれは一気に覚めた。
ステージから見る観客席は、圧倒的な広さだった。そのほぼ全ての席に人間が座っているのだから、一体どれだけの人数がここにいるのやら。
「影山ボロス様。轟ガンマ様。お二人はSランクダンジョン踏破という、歴史に残る偉業を成し遂げられました。これを賞して、お二人にはこちらの盾を贈呈いたします!」
ギルド省の人間から、我らに盾が送られる。クリスタルでできた板の中に、純金で「S」の字が象られた、高級感あふれる物だった。
我らがそれを受け取った瞬間、会場内が拍手で満たされた。物凄い人数が、我らの快挙を祝っていた。
やはり我は、我を認めてくれたこの人間達を守りたい。
父上の政策により悪化してしまった人間政府と魔王政府の関係。それを修復し、平和友好条約を結びたい。
魔物と人間の共存。それが今の我の本音だった。
この表彰で人間達にとっての英雄になったのを機に、我はこれを実現しようと誓ったのだった。
「いやー、凄かったですね、本当に!」
「ああ。俺も本当に嬉しいよ!」
もう何度目か分からないマスコミの取材を受け、我らはようやく帰路につけていた。
「ガンマさん、今回は本当にありがとうございました。……またいつか会って、またコラボしましょう!」
次にガンマさんに会えるのがいつになるかは分からない。だから我は、彼に礼を伝えておくことにした。我が本音に従う勇気をくれた事に対する礼を。
「……ボロス君、感動的な空気を壊すのは本当に申し訳ないんだけど……」
だが、何故かガンマさんは申し訳なさそうにしていた。そして、彼の口から予想だにしていなかった言葉が放たれる。
「実は、一週間後にAランク冒険者の定例集会があるから、またすぐに会えるんだよな……」
…………え? そうなの?
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