第21話 安祥城の戦い(1)
天文18年(1549年) 3月 那古野城
滝川 左近将監(一益)
先月には織田家嫡男・信長さんが美濃斎藤家から濃姫と呼ばれる嫁を迎え、武士や町衆を問わず盛大に賑わっていたここ那古野城下。
一時は敵であった美濃との同盟が成ったことに皆が安堵していた。しかし、そのような雰囲気は長くは続かなかった。
今現在はというと、町の商家は暖簾を仕舞って戸をぴたりと閉め切り、町民は家に籠って襖の隙間から不安そうに街路を窺っている。南風がむわっと吹き、雨脚が強くなる一方の城下では、軍馬が嘶き、下級の足軽達が忙しなく動き回り、泥を蹴り飛ばし、戦に備えて荷駄を運ぶ喧騒が響いていた。
愛用する山城伝粟田口派の無銘刀を持ち、新調したばかりの”南蛮具足鎧姿”で屋敷を出た俺は戦支度に忙しい城下を抜け、那古野城の大広間へと辿り着いた。
広間に入るとザッという音が聞こえたかのように錯覚するほど、一斉に諸将の目線が俺に集まる。
この広間には今、三河安祥城に攻め寄せた今川の軍勢にどう対応するか、戦況はどうなっているかを確認するために末森城の織田信秀さんのもとへ行った信長さんの戻りを待つ諸将が集まっているのだ。
「左近殿、その胴具足はいかがした。あまり見ない形だが……」
みんなが遠巻きに俺を眺める中、どしどしと近寄って話しかけてくれたのは前田蔵人(利久)さん。利久さんの奥さんが俺の従姉妹(益重の姉)で、俺が雑賀郷に滞在していた時からの文通仲間だ。今は荒子城主を務めている。
俺が着ている南蛮鎧と言われるものが日本にやって来たのは、史実でいう豊臣秀吉の時代の後半。まだ火縄銃が広まり始めたこの頃に南蛮鎧を着た俺は相当目立っているのだ。
人によっては源平合戦の頃のような大鎧をきた武者も居るが、あんなにガチャガチャした見た目なのに俺の火縄銃で撃たれた場合、簡単に貫通してしまうだろう。その点この南蛮具足は分厚く丈夫。胴は丸く角度もつけているので、刃も鉛玉もはじきやすい。
今日は持ってきてないが、兜は史実通り、
皆が従来の具足のなか、1人見たこともない具足をつけていれば目立つ。しかもそれが新参者で、あの服部党を潰した武闘派と認識されている滝川一益であれば、諸将もどんな距離感で接したらよいのかわからないのだろう。
皆から教室に入ってきたヤンキーみたいな腫れ物扱いをされて、俺はちょっとショックだぜ。
そして、俺が来ても地味に知らん顔を決め込んでいた恒興くんは、俺に話しかけた前田さんを見て、「なぜそんな見た目のヤンキーに話しかけられるんだ」みたいな啞然とした顔をして見ているし。
恒興くんの中では俺はヤバい親戚みたいな扱いなのかな……。信長さんもけっこう奇抜だし、恒興くんは耐性あると思ってたんだけどなぁ。
「蔵人殿、これは南蛮の鎧を模して作った南蛮胴具足ですよ。南蛮では刀槍以外に鉄砲を多用するのでその分、胴回りなど頑丈に作ってあるのです」
「ほうっ!! 南蛮の!! 堺に居た頃に見たのですかな? 」
「そうなのです。その時の伝手がありまして用意できました」
俺と利久さんの会話を聞いて興味が湧いたのか、諸将が少しづつ俺たちの方ににじり寄ってきてるみたいだ。そりゃあみんな、南蛮の新しい鎧だって聞いたら興味持つよね。
恒興くんも話に入りたそうにチラチラこっちを見てくるぞ? 元服したとはいえ、まだまだ子供じゃ仕方ない。
恒興くんには俺から声を掛けてあげるかぁ。
「おぉそこに居たのですか勝三郎殿!! 」
「お、おぉ……。左近殿こそ。き、気づきませんでしたよ……」
狼狽えすぎだよ恒興くん……。あれだけチラチラしておいて、その言い訳は苦しいぞ。
「いやぁ季節外れの嵐のせいで着くのが遅れてしまいまして。
「
「しかし、池田殿。さすがに殿が三河まで若様を行かせるとは思えませぬな。孫三郎様か二男の
信長さんは庶長子の織田信広との仲は良いようで、此度の兄の危機を聞きつけるとすぐに馬を飛ばして末森まで向かったそうだ。どうやら援軍の将として自らも出陣しようとているらしい。
ただ、信長さんは数年前に初陣を経験した程度でまだ一人前とは呼べないし、家中には経験豊富な叔父の織田信光やもう一人の兄・信時という武将がいるから今回は呼ばれることはないだろう。
大将はその二人で、あとは信長さんの代わりに家老の平手正秀や林秀貞あたりが武将として派遣されるというのが利久さんの予想らしい。
俺たちがその後も情報交換を進めていると、先触れとして小姓が大広間に駆け込んできた。
恐らく彼の後ろからせっかちな信長さんが大広間に向かって、ガンガン歩みを進めるから急いでやって来たのだろう。
あれが信長の小姓の一人、岩室長門守重休。若くして亡くなるらしいが、後に信長から”隠れなき才人”と評価された優秀さんだ。
”岩室 長門守(重休) ステータス(元服前)”
統率:20 武力:15 知略:14 政治:16
残念ながら元服前のためステータスは低く、不安定。元服後のステータスがどうなるか楽しみだね。乱れた呼吸を整えた岩室長門は、一間を開けると、
「織田三郎様、お戻りで御座います。各々方、お控えくだされぇい」
その口上を聞き、広間に控え主人を迎える諸将。
広間に、諸将の鎧が擦れる音、そして那古野城に打ち付ける風雨の音が響く中、鎧姿の筆頭家老・林秀貞、次席家老・平手正秀を伴って、平服を着崩し女ものの派手な小袖を羽織った信長さんがやってきた。
この着崩した先鋭的なファッション。美男子の信長さんがやると映えるけど、なかなか奇抜なファッションかも……。しかも
未来の記憶を持つ俺でさえ「奇抜だなぁ」なんて思うんだか、この時代の人たちからしたら気が狂ったと思われても仕方がないのかもなぁ……。
「三郎様。皆に何か一言……」
「出迎え、大義っ!! 」
「「ははぁっ!! 」」
「……では、儂から殿と三河安祥城への援軍の仕置きについて話してきた内容を説明致す」
信長さんが短く一言言い放ち、着座したところで林秀貞が代表して話を始めた。
「まず、援軍大将は織田孫三郎様、副将は
「おぉ、孫三郎様なら安心じゃ……」「家老の内藤様まで行くのか」「小豆坂の勇士、佐々兄弟も居るな……」
諸将は感心の声を上げているが果たしてその数で足りるだろうか。忍衆から得た情報では、此度の安祥攻めに今川方は1万近い軍勢と聞いているが……。
「ごほんっ……。続けてよいかな? 」
「「……」」
「那古野勢は三郎様名代として儂が500を率いて向かう事となった。副将は平手
いやぁ、誰が立てた方策なのかは知らないが、これは悪手だ。織田家はあまり他家の情報収集できてないのかな?
うちの忍衆によると今川勢は籠城して耐える安祥攻めには三河松平勢と一部の今川勢だけを置いて、残りの今川勢で安祥城の北西、つまり鳴海・大高方面に軍を展開して援軍を阻止しようとしているとの情報だ。
おそらく安祥城の信広さんのところに辿り着く前に、織田家より数の多い今川軍と衝突することになるだろう……。そこの突破に時間が掛かれば安祥城は耐えきれず落ちてしまう。
少数でもいいから味方が来ているとわかれば籠城する信広さん達も耐えられるし、乾坤一擲の反撃だってできるかもしれないのに……。
「諸将は準備が整い次第、我等を追って鳴海・大高方面へ向かってもらいたい。なにか異論ある者はいるか? 」
「「……」」
末森城で殿と打ち合わせてきたって言う林秀貞の案に反対するやつなんかいないよなぁ……。
はぁ……、仕方ない。このままだと援軍は成功しないだろうし、林秀貞に嫌われるのは覚悟で俺が反論するしかないかぁ。まぁどうせ織田の家督争いで敵になるんだから、気にする必要もないか……。
「……
「……なぁにっ!? 」
あーあ。案の定、秀貞さんの目がとんでもなく釣り上がって俺の事睨んできてるんだが……。
「よい、
「ははっ! しからば……我ら滝川忍衆の得た情報によりますと、今川勢はおよそ手勢一万のうち六千ほどを鳴海・大高方面に配しているとの事で御座います。故に我らの援軍は安祥に着くのに時間がかかり、三郎五郎様は援軍なきままに籠城せねばならぬことになるかと……」
「もしそうだとして、それ以外に方法はなかろうがぁぁ!! 」
唾を飛ばしてめちゃくちゃ鬼の形相で俺を怒鳴りつけてくる秀貞さんだが、若様は冷静に俺を見つめ返してくる。
「左近はどのように兄上を助けよと? 」
「はっ! 海を渡って知多の盟友・水野様の御領地を抜け、南側より安祥へ向かいまする」
「若様っ!! 殿とお決めになられた策を無視するつもりですか! そもそも斯様な嵐の中、船を出す船頭など熱田、津島に居りませぬぞ」
「五月蝿い……黙れ、佐渡」
「うぐっ……」
信長さんに一喝されてしまった秀貞が言葉に詰まり、唾を呑み込むと、先ほどの鬼の形相で俺を再び睨みつけた。
こりゃあ俺は相当恨まれたな。親の仇かってぐらいの睨み様だぜ……。
「なるほど。そのための九鬼家だったか……」
怒りでぷるぷる震えている秀貞さんのその横で若様は少し考え込み、ほどなくしてそう小さく呟くと、更に林秀貞が怒りそうな下知を下したのだった。
「我ら那古野勢は左近の策でいく。大将は
「「ははっ!! 」」
「わ、若様っ!! 」
「じゃかぁしいわっ!!
そう言い放つと信長さんは小姓を連れてどんどんとまた大広間から奥に飛び出ていく。それを慌てて平手政秀が「お待ちくだされ、若様ぁ」と叫びながら着いて行くのが少しかわいそうだ……。
あれだな。信長さんに棘のある秀貞さんと比べて平手の爺さんはどちらかと言うと孫の面倒を見る優しいお爺ちゃん的な感じなのかな。
悔しげな顔で大広間を飛び出していった信長さんも、きっと兄の信広が心配で本当は自分も行きたいくらいのところを我々に任せてくださったというところか……。
その一方で、広間に残された林秀貞はというと、諸将を釣り上がった目でひと睨み、最後は俺を睨んで歯軋りすると身を翻し、具足をギシギシと鳴らしながら信長さんを追う平手政秀の背を追って消えていった。
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