第15話 佐渡守
天文17年(1548年) 9月 末森城
九鬼 弥五郎(浄隆)
滝川殿と尾張への船旅を経て数か月。道中、長島でのひと悶着はあったが、織田家嫡男・三郎様へのお目通しは無事に済み、弾正忠様からのお許しは必要だが家臣として召し抱えると言っていただけた。
どれほどの禄をいただけるかは今後決まるようだが、根無し草となった九鬼海賊衆もこれで安心できるな……。
志摩においても共に戦っていただき、仕官口まで面倒を見ていただいた彦九郎殿には頭が上がらない。おそらく市江城奪取と海西群を手土産とした功績で、新参と言えど彦九郎殿はそれなりの待遇で迎えられるはず。
今後は同じ主君に仕える同輩となるのだろうが、彦九郎殿のためなら九鬼海賊衆は惜しみなく働くつもりだ。
道中は彦九郎殿から織田家についていろいろ話を聞けた。仕える弾正忠家や同族ながら敵対する大和守家、美濃の斉藤、東海の今川、群雄割拠の北伊勢など。我が九鬼家も周りに敵は多かったが、この弾正忠家も敵が多い。まぁ御家の規模が九鬼家よりはるかに大きいがな……。
ただ、彦九郎殿の忍び達によると北の美濃とは婚姻によって同盟を結ぶことになっているらしい。東の今川とはついこの前まで戦をしておったらしいし、いずれ三郎様の庶兄・三郎五郎(信広)様が大将となってまた戦をするとのことだ。
そんなことを考えていると、三郎様と滝川殿と共に末森城へと着いた。弾正忠様はこの頃、東の今川・松平家と戦をしているようでその前線に近い末森城を居城にしているそうだ。
那古野城とここ末森城はそこまで離れているわけではない。しかし、初の登城で三郎様に会ったその日に別の城まで赴いて弾正忠様にも会うことになるとは……。
三郎様はせっかちな性格だとは滝川殿に聞かされていたが、家臣としてこの方についていくのは大変そうだな。
どしどしと城内を進んでゆく三郎様について行くと廊下の向こうから、眉間にしわが深く刻まれた壮年の武士が三郎様を見つけ足早に駆け寄ってきた。
「若様。殿は今川との戦もあって政務をたくさん抱えているのですぞ。前から言っておりますが、こちらに登城する際は事前に使者を出していただかなければ困ります」
「わかったわかった。そんなことより、ちょうどよい。佐渡(家老:林 秀貞)、こやつが儂が、依然言っていた鉄砲撃ちの滝川じゃ。それと海賊衆の頭、九鬼。これから父上に仕えることとなる」
「はぁ……弾正忠家家老の林佐渡守だ。お二方と服部党の事は知っている。安心しろ、殿の裁可でも服部党の旧領地はその方らの物になるだろう」
「こやつらは儂が貰うつもりだ。海賊衆が居れば蟹江港も津島や熱田のように商いが盛んにできそうじゃ」
「そうですか……。しかし此度の功績は此の者達が織田家に仕官する以前の話。おそらく殿は家臣としてというより、海西群を治める一領主との同盟とするのでは? 」
確かに佐渡守様の言うとおりだ。しかし、領主として認められてもそれはそれで困るのだ。
志摩を脱出した九鬼の者どもはほとんど船乗りであるし、滝川殿も配下は皆、腕っぷしは強いが文官は居らぬ。彦九郎殿も広すぎる領地は今はまだ治められぬと言っていたしな。
此度の領地から一部を頂いて、それから人集めや与力を頂けると助かるのだがなぁ。
「まぁ、そうかもしれんな。だがこやつらは仕官を望んでるぞ? それに領地を差配するだけの家臣も持っていないしな」
「仕官という形で、織田家より与力を出すということですか……。とにかく殿にご判断していただくしかありますまいな。然らば、某は失礼いたします」
しかし、佐渡守様の態度は三郎様に対して少し棘があるように感じるな。筆頭家老とはいえ御嫡男に対しての接し方ではないというか……。
「……。佐渡は筆頭家老ではあるがな、儂より弟の勘十郎に期待しているのよ」
すこし寂しそうな顔をした三郎様は、私の心中の疑問を見透かしたかのようにそうつぶやくとまた歩みを進めた。
「弥五郎殿と孫次郎(嘉隆)のように兄弟仲良くが理想だがな。周りがそうはさせてくれんのかね……。さぁ行くぞ、弥五郎殿。若様に置いて行かれぬようにな」
「はい。彦九郎殿」
三郎様と佐渡守様の違和感のあるやり取り……、あとで彦九郎殿に弾正忠家の内情について教えてもらうべきだな。
だが、たとえ御家騒動などがあっても三郎様なら大丈夫なのだろう。なんせ、この彦九郎殿が仕えたいと言うほどの人物なのだからな。
そんなことを考えながら私は、速足で歩む三郎様とその後ろをスタスタと事も無げについて行く彦九郎殿からはぐれないように速足で城内を進んで行った。
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