尾張仕官 編

第14話 仕官希望の彦九郎

 天文17年(1548年) 9月 那古野城


 滝川 彦九郎(一益)


 どんっどんっ、どんっどんっ……。

 がらがらっ……。


「待たせたなっ!! 滝川彦九郎一益よ」


 いやはや、従兄弟の勝三郎からせっかちな気質と聞いてはいたが、お付きの小姓達すら待たずに一人でずかずかと大広間に現れるとはな。後ろから小姓達が大慌てで居間に駆け込んできてるよぉ、信長さぁん……。


「その方、以前、勝三郎(池田恒興)に文でも申しておったが、守護様(斯波家)や大和守家(守護代)ではなく、奉行家である弾正忠家に仕官したいとのことで間違いないな? 」

「はっ!! 三郎信長様に仕官したいと思い、ここ尾張までやってまいりましたっ!! 」


 そんでもって会っていきなり本題話すのかーいっ!! なんなら貴方あなたまだ座ってもいないし!!


 普通は、『長旅ご苦労だったね』とか『恒興くんの従兄弟と聞いたけどあんまり顔似てないね』とか、なんかアイスブレイク的なお話からするのが常識じゃないのーっ。


「で、あるか」


 えぇ……。しかも、返事は『で、あるか』の一言かぁい!! それは仕官オッケーって意味の『で、あるか』なの? それともダメってことなの!? 乳兄弟の勝三郎くんの推挙だから、仕官させてくれるんじゃなかったのぉ〜。


 しかも、何故か非常識人・信長さんになんかめちゃくちゃ呆れ顔で見つめられているのだが……。せぬ。


「彦九郎は志摩にて九鬼海賊衆なる者らとその船団を配下に加えて来たそうだな」

「はい。彼の地を追われた九鬼一族も一緒に召し抱えて頂きたく……」

「まぁ、それはよい。弾正忠家は津島や熱田は支配しているが、海賊衆と呼べるほどの者らは抱えていないから父上も納得しよう。だがなぁ……」


 信長さんの一言に、俺の横で話を聞いていた九鬼弥五郎(浄隆)殿がほっとした表情を見せた。


 尾張までの船旅中はずっと暗い表情だったからなぁ。まだ若いのに父親を亡くして、いきなり一族を背負わなくちゃいけなくなったんだ。大変だったよな……。


 「服部左京進(友貞)の件については、なにか申し開きがあろう? 」 


 服部左京進(友貞)とは伊勢と尾張を分ける木曽、揖斐、長良川の河口付近にある海西群に勢力を持つ土豪で、北東に位置する織田家とは地続きではないが敵対する関係にあった。


 そして厄介なのは、この服部友貞は一向門徒であり、近くの伊勢長島にある願証寺と協調関係があったため、北と東に敵を抱える織田家はおいそれとは手出しができなかったのだ――、今までは……。


 「はっ! 服部左京進とその一党は滝川鉄砲衆と九鬼海賊衆にて一掃。海西郡と居城であった市江城は我々で押さえております。また長島願証寺からは、寺領には不介入とし、それ以外の長島輪中とその一帯をよく治めてくれれば服部とのことは不問との言伝をいただいております」

 「はぁ……。お主は弾正忠家に仕官に来たのだろう? それがなぜ城を落とすことになるのだ」


 あちゃー。信長さんの呆れた顔はこれが原因だったか。目の上のたん瘤のような存在の服部党がなくなったら嬉しいだろうなぁと思ったんだが――。


 「某の友……、と言いますか、配下に雑賀孫六郎という紀伊の一向門徒が居りまして。尾張に行く前に長島願証寺に詣なければと言うので向かったのですが、近づいてくる九鬼家の船団に恐れをなしたのか願証寺二の江にいた服部党が襲ってきたので返り討ちにした次第で……」


 正確には、川賊の服部党に喧嘩をふっかけられた九鬼海賊衆が、志摩での敗戦の腹いせにとんでもなく暴れまくった。その後、謝罪に孫六郎と俺が願証寺に赴いたというのが事実だ。


 さすがに願証寺と寄付やらなんやらでずぶずぶな関係の服部友貞を討っちゃった時には、願証寺と一悶着あるかと思ったが、雑賀孫六郎が居たおかげで願証寺の反応は思ったほどのことはなかった。


 滝川衆と九鬼海賊衆の戦ぶりに(ほとんど九鬼家の八つ当たりだが――)恐れ慄いた願証寺の坊主達は、紀伊の有名な一向門徒である雑賀の旗印が船にあったのを見つけて、『服部党を攻めたのも一向門徒であるなら仕方ない』とか言って今後も寄進をしてくれるなら代わりに海西郡を治めて良いとのお墨付きを貰えてしまったのだ。


 まぁ、服部党は寄進もしてたけど願証寺の威光を使って商人達から金を巻き上げたり、悪どいこともしていたことで、寺からも疎んじられていたみたい。


 「城を落としてそれを手土産とするとは……。勝三郎、お前の従兄弟はとんでもない”うつけ”よな。はっはっは」

 「ははっ!! 」


 大広間の脇に控えてた勝三郎くんに向かって信長さんがめっちゃ大笑いしてるよ。そして、俺の後見人みたいな立場になってる勝三郎くんがめちゃくちゃジト目で見てくるんだけど。


 なんかごめん……。


 「弾正忠家、それもまだ家督も継いでいないこの儂に仕官するとの申し出。許すと言いたいところだが、流石に城持ちを俺の差配で向かえる訳にはいかぬ。父上の許可がいる故、そこの九鬼弥五郎と共に末森へ行くぞ」


 えっ!! 行くって今から!?


 なんか勝三郎くんも普通に信長さんの支度手伝ってるんだけど……。父親とはいえ当主に会うのは準備とか連絡とかで数日掛かるのが普通なんだけど、本当にせっかちな性格なんだなぁ。


 幸い、今回の登城には身の回りの世話役として何人かの鉄砲衆と忍衆を連れてきてるから準備は大丈夫だけど……。


 それに、手に入れた市江城やその一帯は雑賀孫六郎と九鬼弥五郎の叔父・九鬼重隆殿が城代と相談役として差配してくれているから問題ない。


 でもいきなり尾張の虎と呼ばれる織田信秀さんと会うことになるとはなぁ。信長さんに会うのとはまた違った緊張感があるよ。


 はぁ、これから織田家でうまくやっていけるのかなぁ……。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る