祓師

チン・コロッテ@少しの間潜ります

エピソード0〜胎動〜

第1話

 初夏の深夜。東京都X区にある一軒家の一室。


 中学三年生の男子が机にかじりつき、参考書を必死に解いていた。少年の顔には焦燥と緊張が浮かぶだけで、そこに目標へ向かう熱意や希望のようなものはない。


 少年の頭に反響するのは、親と教師の言葉だけだった。


「透ちゃん、勉強しなさい」

「模試の結果悪かったな。このままじゃ志望校いけないぞ!」

「透ちゃんはお父さんと一緒のあの学校に入って、将来立派な医者になるのよ」

「父さんは寝る間を惜しんで勉強したぞ」

「そんなんじゃ立派な大人になれないわよ」

「あんな人たちのようになりたいの?」

「そのためには勉強しなさい」

「動画なんて馬鹿っぽいもの見てないで勉強しなさい」

「テストの結果悪かったんだから勉強しなさい」

「勉強しなさい」

「勉強しろ」

「勉強しなさい」

「勉強しろ」

「勉強」「勉強」「勉強」「勉強」



 少年は周りからの脅迫に怯えて勉強に励んでいただけで、その先に何があるかも、何に向かって走っているのかも分からなかった。


 ただただ暗いトンネルを走れと言われて走っていただけだ。



「透はいいんじゃない?ガリ勉だし、きっと来ないよ」


 幼少期は友達とゲームや球技で遊ぶ事に憧れていたが、誰からも同じ一言を浴びせられ、いつの間にか彼らを冷めた目で見る様になった。


 少年には安らぎも癒しもなかった。常に強迫観念に駆られ、暗いトンネルをただ走るのみ。自己の心には蓋をして、どれ程心が暴れようとも目を向けなかった。


 その結果——。









 こぽっ、こぽっ。










 どこかから排水溝が詰まった様な音がした。少年はシャープペンシルを止めて、周りを見回した。



 何の音だ?



 不思議に思うと同時に急に恐怖を感じた。自分以外にもこの部屋に誰かがいる感覚。幽霊の様に見えない何かが見ている感覚。



 背筋に冷や汗が垂れて、寒気を感じた。しかし、見回しても何もいない。何度か確認してからまた机に向き直り、シャープペンシルを握り直した。

 手が、汗ばむ。そこに——。








 こぽっ、こぽぽっ。










 やっぱり、何かいる——。






 そう思ったのも束の間、少年は意識を失った。意識を無くして倒れ行く少年を、カーテンの隙間から赤い瞳をした男が見ていた。



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