西向く我らに生は無し

黒潮旗魚

我らは今日を生きながらえた。血を被り、死体を踏みつけ、闇に呑まれながらも、死にものぐるいで地を駆け巡り、今日の生き場所を探した。そんな我らとって、明日はどこにいるのか、それ以前に明日は生きていられるのか、そんなことは眼中にも無く、また興味も無い。今、この場で息ができている。その事実だけで十分だった。

第一次世界大戦が終わり、日本は大国の一つとして数えられるようになった。つかの間の栄誉を感じる中、同時にさらなる大きな戦争を日本政府は予測していた。今後、日本が対面するであろう事態を先の戦争から予想し、政府はありとあらゆる対策を講じた。その数は数百にも及んだという。

その中にひとつ、秘密裏に進められた計画があった。それは今後の戦争の際、人員不足が発生した時の予防策としてあげられたもののひとつであった。その内容は、親を無し孤児となった子供たちを政府が引き取り、予備兵士として育てるというものだった。初めこそ非人道的として採用はされなかったものの、世界情勢が危うくなるにつれ、この案は革命的な案として上層部、主に軍司令部の者達の支持を集めた。そして第二次世界大戦が始まる3年前1936年、ついにこの案は議会で可決された。政府はすぐに準備に取り掛かった。手始めに、海に面した片田舎に、孤児院と称して軍隊訓練所を建設した。その名も「西行学校」。名前の由来は、西行成久という人が案を出したから。しかしこんな名前の者は政府にいない。これは表向きの理由で、本当の理由はアジア統一を目指す者たちを育成するという意味が込められていた。この目標を成し遂げるため、この西行学校には、部屋の配置や訓練道具はもちろん、様々な工夫が施されていた。その中でも目を引かれる特徴、それは窓が西側にしかないことだ。この学校は夕方になると、夕焼けに照らされ赤く染まる。それと同時に地平線には美しい夕焼けが見れるのだ。だから西側にしか窓がないと言えば聞こえはいいが、真の理由は夕焼けの美しさを利用し、海を越えた戦地へ行く恐ろしさを緩和させようという魂胆があった。強く言えば洗脳である。そんな作りもこだわった西行学校は、議会の決定から1年後、1937年に開校となった。

開校と同時に多くの子供たちがやってきた。国立の孤児院というのが表向きなため、より良い環境で子供を暮らさせてあげたいという考えの大人が多かったのだろう。中には本当は孤児ですらない子供も多くやってきた。しかしそんな大人達の願いも虚しく、やってきた子供達はひたすらに殺人の術を習わされた。初めは極度の体力作り、そして順に銃の取り扱いや殺人術、さらに暗殺術やサバイバル術などありとあらゆる技術を教え込まれた。指導法も酷いもので、暴力なんて当たり前、子供たちには名前すら付けられず、全て番号によって統一されるという人道的にも最悪な環境であった。こんな事をやっているなんて日本の大人達は知るはずもない。いや、知っていてもほとんどの者たちは反対しなかっただろう。なぜならこの時の国際情勢がかなり緊迫した状態だったからだ。いつ始まってもおかしくない戦争に国民は怯えていた。そんな中で多少酷い方法だろうと子供たちに戦火の中を生きる術を学ばせているのだから反対する者なんていないだろう。それにより政府も西行学校の需要の高まりを期待して、校舎も第1〜第5まで増築され、総勢2000人越えの大軍事学校となった。

そして1939年9月1日、いよいよ第二次世界大戦が始まった。日本政府は戦争の開始と同時に、西行学校の需要増大を確信し、訓練内容強化に務めた。設備の充実化や子供の受入人数増加など、ありとあらゆることをして今後の戦争に備えたのだ。

そんな中、国会では新たな取り組みがこうじられていた。それは成績優秀な西行学校の生徒100人を特別軍事組織として編成し、更なる特殊訓練を行わせ、万能兵士を作り出すというものだった。その名も「黄昏隊」。いつかに書かれた書の、日の沈む国での戦果を期待し付けられた。議会に反対の声なんてない。全一致で賛成となった。

さっそく西行学校は成績優秀者500人を選出、黄昏隊選出のためのテストが行われた。テストは丸3日、様々な項目で行われた。狙撃、暗殺、爆弾処理、更には抜刀や対兵器などの戦地における様々な問題に対応したテストであった。中には逃げ出すものはもちろん、死亡者すら出たほどだ。そんな地獄のようなテストを生き延びた100人が正式に黄昏隊して名乗ることが許された。

その後すぐに、 この黄昏隊の総司令官が選出された。彼の名は柴影春樹(しばかげはるき)。陸軍の第3部隊、通称「春風隊」の隊長であった。この春風隊は戦争になると、必ずどの戦地よりも過酷な場所へ送られた。しかしそこが山であろうと海であろうと、必ず勝利へと繋がる戦果を上げたのだ。この結果の秘密は軍隊長である柴影にある。柴影は兵器や兵法だけでなく、機械や医療についての知識もあった。そのため、どこへ行っても持ち前の知識を生かし、激戦地でも生き延びてきたのだ。ある時には暗闇を進み、1寸先すら見えないような環境で、地雷の爆破解除を行い成功したという。普通は困難なことに思えることを数多く成し遂げる部隊、それが春風隊だった。また部下に対して、国の為ではなく自らが大切にするものを守るために戦えと教え、いざとなれば声を上げて最前線に立ち下の者達を率いた。その考え方ゆえに軍の上層部からはあまりいい評価を貰えていなかったが、実力や隊員を思いやる言葉から強い信頼と尊敬の念を集めていた。

軍の上層部は、黄昏隊隊長を柴影に任せることを拒んでいた。しかし彼の多大なる実績や経験故に多くの軍部関係者や西行学校の教官達に推薦され、正式に黄昏隊隊長と決まったのだ。ところが、このことに反対する者達がいた。それは柴影春樹本人と春風隊の隊員達だ。もともと柴影は西行学校の開設に反対的だった。こんな人権を無視した学校があってはならない。孤児の子供達だって人間だ。柴影はいつもそう口にした。それに春風隊隊員達も賛成していたのだ。しかしたかが一隊の意見が通るはずもなく流れるように計画は進み、今日に至る。至って自己中心的な決定に柴影は周り回って笑ってしまった。ここまで来ると柴影に拒否権なんてない。柴影は重たい頭を下げた。

黄昏隊選抜試験の1週間後、いよいよ柴影と黄昏隊の対面式が行われた。その会場に数人、春風隊の隊員たちの姿もあった。柴影が交渉し、隊員達を黄昏隊の補助監督として招き入れるよう頼んだのだ。開会5分前、廊下を行進する音が聞こえた。柴影を初め隊員達の顔に緊張が走る。来るのは子供だと言うのに、廊下を歩く音からは巨人を連想させるのだ。皆の顔が引きつった。そして勢いよく扉が開いたかと思うと、現れたのは会場の光を反射して酷く眼光を光らせる若武者達であった。会場には隅から隅まで行進の足音が鳴り響く。そこからはかすかな吐息の音すら聞こえない、まるで鬼の咆哮であった。一糸乱れぬ動作で席に着いたかと思うと、柴影は時計を見た。長針が1ミリの狂いすらなく12の場所に止まっている。開会5分前のあの時から、その場にいた者達全てが彼らの行進に釘付けだったのだ。そして行進時間。ここに柴影は驚かされた。戦地での作戦に置いて時間とは絶対的に間違えてはいけないものだ。しかしその場に正確な時計があるとは限らない。そのため体感時間というものがとても重要になってくる。彼らはあの激しい行動の最中にも時間を守り、1秒の狂いもなく席に着いたのだ。普段なら隊員に5分前には着いていなさいと注意する柴影だが、今回に至っては少しの関心と強い恐怖しか感じなかった。そして会は始まり、柴影は自席に着いた。お偉いさんたちの長ったらしい演説は聞く気にもならない。簡潔に言えば、綺麗な言葉を使った殺害予告である。そんなことよりも、彼らがなぜあそこまで恐怖を感じるほどの団体行動ができたのかということが気になって仕方がなかった。幼い頃からの訓練の積み重ねと言えば簡単だが、見たところ年齢も14〜16歳ほどの青年だ。全ての雑念を無くしたようなあんな団体行動が彼らに可能なことが柴影には理解出来なかった。

会が終ったあと、柴影は彼らとの集合場所に向かった。向かう途中、会場での彼らが何度もフラッシュバックした。行進だけでは無い。その後の席に着いた後もまるで無機物のようだった。感情がない、吐息がない。生きてるとは思えない人型の置物が並んでいたのだ。柴影は集合場所となっていた部屋の戸を叩くと強く服を擦る音が聞こえた。部屋に入ると案の定表情を打ち消し立っていた。部屋の隅に目をやると、椅子にふんずりかえる男が一人いた。男が柴影に気づくと、勢いよく近づいてきた。

「おぉ、これは柴崎殿。噂は耳にしております。私はこいつらの教官をしていたものです。まぁ、大抵の事はできるんで鍛えてやってください。」

そう言って男は部屋を出ていった。柴崎は隊員達の前に立つと、一人一人の顔を見回した。やはり顔に表情は無い。柴影は息を飲んだ。

「黄昏隊の皆、入隊、心より感謝する。」

改めて皆の顔を見たが、その顔に表情はない。数秒前と同じ景色がそこにはあった。

「たっているのは辛いだろう。座っていいぞ。」

しかし青年たちは座らなかった。不思議に感じ、1人の隊員の椅子を引いてあげると、その隊員は手を勢いよく上げた。

「どうした?」

柴影が問いかけると、無表情のまま彼は口を開いた。

「恐れ多くも問わせていただきます。発言の許可をいただけますでしょか?」

急な質問に柴影は言葉を選んだ。

「いいぞ、なんだい?」

「我々黄昏隊の隊員達は、一つ一つの行動が許可制となっております。戦地以外での許可無き発言は許されておりません。そのため、生活での発言には許可が必要であります。また、椅子に座らなかったのは、混乱したからだと考えます。これまで隊長殿のように、座っていいと言う教官様はいませんでしたから。心遣い、誠に痛み入ります。」

彼は言い終わると勢いよく腕を下げた。柴影はまた強い恐怖を覚えた。しかし今度は彼らに対して感じたあの恐怖では無い。彼らを指導したという教官に対してのものだった。呆れや怒りを通り越した酷く大きな恐怖を覚えたのだ。その顔つきや無機物的な団体行動は、あの教官達への恐怖や憎悪、そして生への諦めによるものだとこの時理解した。柴影は言葉を失った。それと同時に彼らを戦地に生かせる訳には行かないと決意したのだった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る