第25話 となりの番犬くん

「ど、どうして……どうしてココにクソムシが!?」




 村田インチョメの愕然とした声音が公園内に転げ落ちていく。


 そんな彼女に、芽衣はニッコリと背後に桜の花びらを散らせながら、




「わたしが着いてくるように言っておいたんですよ」

「う、嘘だ! そ、そんな素振り、一切なかった!」

「えぇっ、村田さんの前では一切お話していませんよ? だから事前に、士狼を含む生徒会役員に話をつけておいたんです」

「は、ハァ!?」




 状況が読みこめていないインチョメが、素っ頓狂な声をあげる。


 牛乳瓶の向こう側の瞳がギョロギョロッ!? と忙しなく動き回っていて、ちょっと不気味だった。


 俺はポケットからスマホを取り出しつつ、「まだ分からないんですかぁ?」と肩を竦める芽衣に、ついさっき届いたばかりの元気と大和田の兄上のメッセージ画面を見せた。


 芽衣は満足気に俺のスマホに視線を落とすなり、ニンマリ♪ と笑みを顔に張り付け、




「そうそう、村田さん。親切心ついでに教えてあげますが……村田さんの計画は失敗に終わったみたいですよ?」




 そう言って、芽衣は俺のスマホの画面をインチョメに向けて見せた。


 インチョメの魚介類を彷彿とさせる瞳が、ギョロンッ! と俺のスマホの画面を捉え……声も出せず絶句した。


 そこには、村田インチョメが送ったであろう刺客と思しき数人の男たちが、元気と鷹野、そして大和田の兄者によって地面に沈んでいる光景が映し出されていた。




「な、なんで? どうして!?」

「だから言ったじゃありませんか。『事前に話はつけておいた』って」




 そこまで言って、村田インチョメは「ま、まさかっ!?」と不気味なまでに目を見開いた。


 インチョメは「信じられない!?」とばかりに、かぶりを振りながら、震える唇を必死に動かして、こう言った。




「じ、事前にって……まさか最初から『こうなる』事を予測して!? あ、ありえない! そ、そんなコト、出来るワケがない!?」

「信じるか信じないかは、あなた次第です」




 まるでどこかの都市伝説のようなコトを口ずさみながら、楽しげに微笑む我らが女神さま。


 正直、俺としては今回ばかりは芽衣の予想が外れて欲しかったんだが……現実とは何ともままならないモノである。


 もしかしたら芽衣に『こういう展開』になるかもしれないと、生徒会を辞めさせられた翌日に聞かれていただけに、驚きは少ないが……それでもショックは大きかった。


 割とインチョメのことは気に入っていたし、あの軽口の応酬も喧嘩友達を見つけたようで楽しかった。


 それだけに、やはりこう目の前で「おまえが嫌いだ!」みたいなコトを言われるのは……俺的にかなり心にクるものがあって……。




「なぁインチョメ? こんなコト辞めようぜ? 俺、インチョメたちとは争いたくねぇよ……」

「ハァッ!? もう勝った気でいるワケ、このクソムシが!? 有象無象の1人を倒したくらいで、いい気になるなよ!? コッチはまだ、あと9人居るんだよ!」




 やれ、おまえら!


 と、インチョメが周りの男たちにげきを飛ばすが、野郎共は躊躇ためらったように、その場で二の足を踏んでいた。


 そんな野郎共の態度を見て、「チッ」と苛ただしげに舌打ちをかますインチョメ。




「ナニやってんだよ、行けよ!?」

「……確かに副長からは、アンタの命令に従えと言われている。けどな? 相手はあの喧嘩狼だぞ? いくらコッチが人数的にまさっているからって――」

「うるさい! いいから言うことを聞け! あの人の言葉はワタシの言葉、ワタシの言葉はあの人の言葉よ!」




 ヒステリックに叫ぶインチョメを前に、口を開いていたアフロの男が「……わかった」と小さく頷いた。



 それを合図に、野郎共の敵意が矢となって俺の身体を貫く。


 どうやらお互い、覚悟は決まったらしい。


 野郎共の背後から不気味に俺たちを見据えるインチョメ。


 その唇は歪な三日月のように耳まで裂けていて……これ以上、直視したくなかった。


 でも芽衣は違ったらしく、どこまでも真っ直ぐにインチョメを見据えながら、重く、耳に残るように、唇を震わせた。




「それが村田さんの答えですか。わかりました……。なら、わたしもコレだけは言っておきます。――引き金を引いたのは、アナタですよ?」




 瞬間、芽衣が言い終わるのと同時に、俺は大地を蹴り上げていた。


 俺の突進に意表を突かれたのか、アフロがギョッ!? と目を見開き、身体を硬直させる。


 その隙を縫うように、アフロの腹部に前蹴りをめり込ませる。


 悲鳴すら上げることが出来ずに、地面に転がり吹き飛んで行くアフロ。


 そんなアフロの姿を前に、野郎共の顔が一瞬で強ばった。




「まずは2人」




 俺は確認するように小さくつぶやきながら、返す刀でその横にいたパンチパーマの男のコメカミに、右の上段回し蹴りを放り込む。


 そのまま流れるように、すぐ傍で棒立ちしていたチョビ髭の男の顔面に頭突きを喰らわし、おまけとばかりに右足の上段回し蹴りをプレゼントする。


 途端に糸の切れた人形のように、その場で崩れ落ちる2人。




「3、4」

「~~~~~っ!? ふ、ふざけんぁぁぁぁぁぁぁっ!?」




 ようやく事態を飲みこめたらしいモヒカンが、大振りの拳を俺の顔面めがけて振り抜いてくる。


 ソレを軽く身を捻りながら躱しつつ、グルンッ! と1回転しながら、後ろ回し蹴りをモヒカンの顔面に叩きこんだ。


 回し蹴りの勢いを殺すことなく、他の野郎共の拳を躱しながら、顔面に右足をめり込ませていく。




「5、6、7」

「な、何をしてるの!? 相手は1人でしょ! さっさと片付けちゃいなさいよ!?」




 インチョメの激励と共に、残りの3人が一斉に俺に飛びかかってくる。


 そのあまりにも無防備すぎる突撃を前に、腹部に足刀を2つと、顔面に回し蹴りを1つ叩きこんだ。


「でゅわッ!?」と謎の奇声をあげながら腹を押さえる2人の男と、ゴムボールのように弾みながら地面へダイブする男。


 気がつくと、この場で立っていたのは俺と芽衣、そして村田インチョメだけとなっていた。




「8、9……そんで10人、と。これで全員だな」

「ご苦労さまです、士狼」

「そ、そんな……っ!? じゅ、10人よ!? 10人居たのよ!? それをたった1人で……っ!?」

「村田さん、相手が悪かったですね。たかだが10人ぽっちじゃ、わたしの士狼は倒せませんよ?」




 桁が2つ足りませんよ、桁が。


 と、「ふふん♪」とその虚乳を揺らしながら、得意げにVサインを浮かべる芽衣。


 いやぁそれにしても、場違いな感情だとは思ってはいるんだが、ほんと本物さながらに揺れるよねぇ、あの虚乳。


 一体どういう技術で盛っているんだろう?


 俺が芽衣のお胸に装備されたブラックボックスに想いを馳せていると、我らが女神さまはポケットから自分のスマホを取り出し、腰が抜けたのか、その場でペタン……と女の子座りしてしまっているインチョメに、自分のスマホの画面をみせた。


 そこには画面いっぱいにインチョメの愛しの彼こと、佐久間亮士の『あられもない姿全裸写真』がドアップで映し出されていた。


 えぇっ、去年の4月にマイ☆エンジェルが顔を赤らめながら撮影した、佐久間亮士のド変態写真ですね!


 ありがとうございます!


 ひぇっ!? と顏を赤らめ、声をあげる村田インチョメ。


 そんなインチョメに、芽衣は『対・佐久間』用の脅迫写真をフルフルと左右に揺らしながら、




「このグロ画像なんですけどね? コレを撮影するにあたって、士狼が『ある約束』を彼としているんですよ」




 ――金輪際こんりんざい古羊わたしには近づかない。


 ――電話もかけない。


 ――もし約束を破ったら……




「……そのときは、この写真を全世界にウェブで発信するって」

「そ、それがナニよ? 今のワタシと関係ないじゃない!」

「いえいえ、関係大アリですよぉ? 村田さんも自分で言っていたじゃありませんか。『あの人の言葉はワタシの言葉、ワタシの言葉はあの人の言葉』だって。……つまり村田さんは、ある意味で佐久間くんでもあるとも言えるワケですよね? だったら、アナタがわたしに近づいてきた時点で、重大な裏切り行為だと思いませんか?」




 そこまで口にして、インチョメの顔からサァッ! と血の気が無くなった。


 芽衣はそんな彼女を底意地の悪い笑みで見下ろしながら、




「アナタのせいで、この猥褻極まりない写真が、今から広大なネットの海へと羽ばたいて行くことになるんですよ? きっと一瞬でみなさんの玩具アイドルとして可愛がられるコトになるでしょうねぇ」

「や、やめて……」

「その原因を作ったのがアナタだと彼が知ったら……ふふっ♪ 一体どうなってしまうんでしょうかねぇ?」

「や、やめて、やめて……」

「それではカウントダウン……スタートッ。 ――10、9、8」

「『やめて』って言ってるでしょ!? やめて、やめてよ!? お、お願い! お願いします!? やめてください、お願いします!? か、会長ぉっ!?」




 芽衣の足にしがみつき、瞳に涙の膜を浮かべ、必死に懇願こんがん……いや哀願あいがんするインチョメ。


 そんなインチョメの泣き顔にゾクゾク♪ と背筋を震わせながら、愉悦ゆえつに満ちた笑みで見下す、我らが女神さま。


 その光景は味方であるハズの俺ですら、うっすら冷や汗が浮き出るほど恐ろしかった。


 もはや恥も外聞も関係なく、みっともなく「や、やめっ!? やめろぉぉぉぉぉぉっ!」と泣きわめき散らしながら、芽衣の足をポカポカと殴りつける村田インチョメ。


 だが無常にも、芽衣のカウントダウンは止まらない。




「7、6、5ぉ~」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? も、もうやめてよぉっぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「4、3、2――ふふふっ♪ だから忠告してあげたのに……『引き金を引いたのは、アナタですよ?』って」




 う、うわぁ……。


 すげぇ悪役面だぁ。


 あんなにイキイキ♪ している芽衣を見るのは、久しぶりだなぁ。


 アイツ絶対、前前前世は悪役令嬢だったに違いないぜ?


 それにしても我が2年A組の学級目標である所の『人の嫌がるコトを進んでする』というクソの役にも立たない標語を、文字通り実践していくそのスタイル……もう2度芽衣コイツには逆らうまいと心に誓った。


 俺が人知れず恐怖で震えている間にも、まるで蜘蛛の巣に引っかかった獲物をなぶるかのように、芽衣のカウントダウンはゆっくりと進んでいく、




「1、ぜぇぇぇ~……」

「ひぃぃぃぃっ!?」

「――はい、ストップ芽衣ちゃん。そこまで」

「わぷっ!? し、士狼!?」




 ぽんっ! と芽衣の頭に手を乗せながら、ささっと握りしめていたスマホを奪いとる。


 途端に「なにすんじゃい!」と言わんばかりに、ぷくぅっ! と頬を膨らませる女神さま。


 そんな俺たちの姿を、生ゴミを見るような瞳のまま「な、なんで……?」と愕然がくぜんとした様子で呟くインチョメ。惚れられたかもしれない。


 まぁそれはともかく、だ。


 俺はフグのように不満気に頬を膨らませる女神さまに、苦笑を浮かべて見せながら、フルフルと首を横に振ってみせた。




「これ以上はダメ。俺が許しません」

「むぅぅぅぅ~」

「膨れてもダメです」




 しばし無言で見つめ合う俺たち。


 やがて俺の意志がビキビキチ●ポのように固いコトを見抜いたのか、芽衣がぷしゅぅ~♪ とその愛らしい唇から空気を漏らし「……分かりましたよ」と、しぶしぶ頷いてくれた。




「ハァ……ホント相変わらず女の子に甘い男なんですから。そのうち痛い目を見ますよ?」

「大丈夫、もう見てるから」

「ど、どうして……っ? なんでワタシを助けてくれたの……っ? あ、あんなにたくさん嫌がらせをしたのに?」




 プンスコしていた芽衣にスマホを返してやりながら、俺は信じられないモノを見るような目で俺を見てくるインチョメに、笑みを浮かべてやった。




「女の子の涙を止めるのは、男の務めだからな!」

「……相変わらず心底気持ち悪い男ね、クソムシ」




 ゴシゴシッ! と、頬に流れた涙の線を制服の裾で乱暴に擦るインチョメ。


 その瞳は産廃さんぱいを見るように濁っていて……おいおい?


 俺がドMなら、涙流してお礼の言葉を口走っているところだぞ?




「それで? 本当の理由はナニ? 助けてやったお礼に、1発ヤらせろとか? さすがは『ヤリチン☆チェリーボーイ』ね。考えが浅はか過ぎて、吐き気がするわ」

「いや、マジで他に理由はないんだけど……」




 そう言ってもインチョメは信じてくれず、さらに敵愾心のこもった瞳で俺を睨んでくる。


 俺は「どうしよう、芽衣ちゃん?」と、我が愛しの女神さまにSOSサインを送ろうと視線を動かした矢先。




「――相変わらず青臭いコトを言っているね、山猿は。ほんと反吐が出そうだよ」

「「ッ!?」」




 瞬間、俺と芽衣は弾かれたように公園の入り口に視線を向けた。


 そこには常世の闇よりも漆黒で、胸元に『東京卍帝国』の刺繍が施された特攻服に身を包んだ男たちが、ゾロゾロと集まって来ていた。


 その数は目測で50人。


 ……いや、もはや多すぎて、数えるのすら億劫になるレベルの男たちで埋め尽くされていく公園。


 だが、そんなことよりも、俺たちの意識を惹きつけてやまない存在が、そこに居た。


 もう2度と会いたくないと、心の底から願った男が、そこに居た。




 ――佐久間亮士がそこに居た。




「亮士くんっ!」




 途端に先ほどまで泣きべそをかいていたインチョメが顔を輝かせて、野郎共の先頭に立つ男のもとまで駆けだしていった。


 インチョメはとろけた女の顔をしながら、特攻服を身に纏った佐久間の胸元へと飛び込んだ。


 佐久間はそんな彼女を優しく抱きしめながらも、目線だけは食い入るように俺と芽衣を捉えて離さない。




「久しぶりだね、2人とも。元気だったかな?」




 まるで久しぶりに会う友人のように、そううそぶく佐久間の顔は、酷く愉悦に歪んでいた。

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