第23話 へんし~ん♪ ~マジカルBBAのロリロリ☆メイクアップ編~

『喧嘩狼』『西日本最強の男』『ボッキング』『クソ虫』『ゴミ虫』『カス虫』『哺乳類の汚点』『ガチホモクソ野郎』『ヤリチン☆チェリーボーイ』――これが俺の学校での、いや高校生活でのあだ名である。


 誰が付けたのか、まったく的を射ていないネーミングセンスに、俺じゃ無ければ今頃、森実高校は世紀末救世主伝説に突入しているところだ。


 まったく、この2年間で、たくさんの2つ名がついたものだと、自分で自分にあきれてしまう。


 とくに『ヤリチン☆チェリーボーイ』に至っては、相反する2つの言葉が奇跡のハーモニーを奏でている始末だし……本当どうしてこうなった?


 順調に人として道を踏み外していくナイスガイ、シロウ・オオカミ。


 はたして俺が壊れるのが先か、それとも世界が壊れるのが先か、それは神ですら分からないコトだろう。


 今の俺に分かる事と言えば、ただ1つ……。




「ねぇヤリチ……士狼? 今日の生徒会が終わったら、駅前のパン屋さんにでも寄って行かない?」

「ねぇ芽衣ちゃん? 今、俺のことを『ヤリチン』と言いかけなかったかい?」




 肩身が狭くて仕方がない。


 世界の中心で愛を叫ぶかの如く、2年C組で関白宣言ならぬ【童貞宣言】をしてから、数時間後の放課後にて。


 俺は芽衣と2人きりの生徒会室でソファに腰を下ろしながら、小さく溜め息を溢していた。


 人間、信用が落ちるときは一瞬である。


 俺はクラスどころか学校での地位を完璧に失っていた。


 いやぁ、ほんと凄いぞ?


 なんせ俺が廊下を歩くだけで、モーゼが海を割ったかのように、サァッ! と周りから人がいなくなってしまう有様だからね?


 本当に、どうしてこうなった?




「ところでヤリチ……士狼。山崎先生がアンタを探してたみたいだけど……事案?」

「芽衣ちゃんは俺の事なんだと思っているだい? 事案ちげぇよ、多分進路のことだよ」

「進路……あぁ、なるほど。そう言えば、もうそんな時期か。もうすぐクラス替えだし、3年生になれば、理系クラスと文系クラスで別れて授業することになるもんね。……ところで『ヤリチン☆チェリーボーイ』は【文系】【理系】どっちに進むつもりなの?」

「おっ、とうとう言いやがったな? コノヤロウ?」




 いつも通りに素に戻った口調のまま、ここぞ! とばかりに俺をいじくり倒す芽衣。


 そんな彼女に抗議するかのように、俺の真横でお茶を飲みながら、ふんぞり返っている芽衣に睨みを利かせた。


 芽衣はクスクス笑いながら「ごめん、ごめん」と微笑みを浮かべてみせる。


 まぁ謝ってくれるのであれば、別にいいんだけどさ。


 と溜飲を下げていると、ぷくぅっ! とパンパンに空気が張った俺の頬を、芽衣の白魚のような指先が、ぶずっ! と刺さった。


 途端に「ぴゅるるるるるるるぅ~」と情けない音が唇から溢れ、ソレが余計に芽衣を笑顔にさせていく。




「それで士狼? 士狼は【文系】と【理系】どちらに進むつもりなの?」

「そうだなぁ……。最近は理系男子が熱いみたいだし、ここは流行にのっとって理系に――」




 しようかな、と続くハズだった俺の言葉は、突如教室内へ飛び込んで来た『おさげの弾丸』によって、アッサリ遮られた。




「こ、古羊会長! た、大変です!」

「村田さん? どうしたんですか、そんなに慌てて? 小鳥遊くんなら、今日は予定があるというコトで、先に帰りましたよ?」

「そんな事は今はどうでもいいんです!」




『おさげの弾丸』こと我らが村田インチョメが、息を切らしながら芽衣の目の前までやって来る。


 その切羽詰った様子に、どうやら『ただ事ではない』コトを察した俺は、今日生徒会室で読もうと思って持って来ていた漫画『マジカルBBAババァのロリロリ☆メイクアップ♪』をそっと鞄の中にしまいこんだ。


 芽衣は一瞬で猫を被るなり、いつもの柔和な笑みを浮かべて、インチョメに声をかけた。




「落ち着いてください、村田さん。らしくありませんよ? まずは何があったのか教えてください」

「い、今、町の人達から学校側に通報があって、駅前の公園で何故かウチの生徒が暴れているらしいんです! 一応先生や他の役員たちも先に向かっているんですが、ワタシ達も向かってくれ――って、あぁもう! 詳しい話は行きながらするので、早く来てください!」




 芽衣の手をグイグイと引っ張って、無理やりその場に立たせるインチョメ。


 いつもと違い余程慌てているのか、俺に例のドM大歓喜の視線を送ることなく「はやく! はやく!」と、我らが女神さまをせっつく。


 ソレを横目にしながら、俺はソファから立ち上がり、軽く屈伸運動を行い身体をほぐす。




「わ、分かりましたから! 少々落ち着いてください、村田さん。……士狼? 準備はいいですか?」

「おうバッチリだ! じゃあインチョメ、道案内よろしこ!」

「ちょっ、ちょっと待ってください! ……クソムシ、アナタはここに居なさい」

「えっ!? な、なんで!?」




 いつでも出撃できるぜ! と、インチョメにサムズアップを送るのだが、返って来たのはまさかの「お留守番」命令だった。


 インチョメは至極当然と言わんばかりに、




「クソムシ、もうアナタは生徒会役員ではないんですよ? 普通の一般生徒なんです。そんな一般生徒を危険な目に遭わせるなんて、風紀委員長として見過ごせませんし、許可できません」

「で、でも2人だけじゃ――」




 危ないでしょ? と言いつのろうとした矢先、芽衣が割り込むような形で「分かりました」と口をひらいた。




「確かに村田さんの言う通りですね。士狼? 申し訳ありませんが、お留守番をお願いしますね?」

「せ、せやかて工藤!?」

「誰が工藤ですか」




 さらに言い募ろうとした俺を前に、芽衣はインチョメから見えない角度でパチンッ☆ とウィンクを飛ばしてきた。


 その瞬間、全てを理解した俺は、不満はありながらも、しぶしぶと言った様子で「分かった……」と頷いた。


 ソレを見て芽衣が背後に桜の花びらをまき散らしながら、微笑みを浮かべてくれた。




「イイ子ですね。――では行きましょうか、村田さん。事は緊急を要するみたいですし」

「はいっ! さぁ会長、コチラです!」




 そう言って、バンッ! と勢いよく生徒会室の扉を開け、廊下を駆けていく芽衣とインチョメ。


 ……この出来事が、俺と芽衣、そして爆乳わんの関係を大いに狂わす『キッカケ』になる事を、このときの俺は知るよしもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る