第21話 インチョメの大誤算~ソレが『破滅』への序章とも知らずに~

 村田むらた仁美ひとみは酷くイラついていた。


 原因はもちろん、森実高校のがんである大神士狼である。


 彼女は人知れず、誰も居なくなった2年C組の教室で、忌々いまいましげに舌打ちをこぼした。


 時刻は午後6時少し過ぎ。


 生徒会が終わって30分が経とうとしていた。


 今頃生徒会役員たちは、小鳥遊大我の歓迎会とやらをするために、駅前のファミレスに集合している事だろう。


 その中には間違いなく、あのクソムシ――大神士狼が居る。


 ヤツの幸せそうな顔を見るたびに、虫唾むしずが走る。


 鈍感な士狼は気づいていないが、村田仁美は超がつくほど大神士狼の事が大っ嫌いであった。


 それは顔が嫌いだとか、性格が生理的にムリだとか、そういうレベルではない。


 もう存在そのものが嫌いなのだ。


 この世に存在しているだけで吐き気がする。




 大神士狼――『彼』を……ワタシの大切な人を傷つけた男。




『彼』の居場所を奪い、『彼』の尊厳を踏みにじった、憎き男。


 それは村田仁美にとって、万死に値する出来事であった。


 故に、あのクソムシにも同じ苦しみを与えてやるのだ。


 ヤツの居場所を奪い、尊厳を踏みにじってやり、最後にはこの森実の町からも追放してやる。


 彼女の胸の内で暗い、とても暗い炎の灯が宿る。


 ソレは『怒り』『憎しみ』『恨み』をかてに、ゴウゴウッ! と大きく唸りをあげ、激しく燃え上がっていく。


 その感情の業火ごうかは、もはや自分では制御できない所まで来てしまった。




「……必ず相応の報いを受けさせてやる」




 ぎゅっ! と鞄の紐を強く握りしめながら、誰に聞かせるでもなく、ひとつぶやく。


 そうだ、ヤツはワタシの大事な『彼』を傷つけたのだ。


 相応の報いを与えてやるのが、自分の使命なのだ――と、彼女は信じて疑わなかった。


 だが、いくら士狼の居場所を奪おうとも、尊厳を踏みにじろうとも、ヤツはいつもニコニコ楽しそうに笑うだけ。


 そして士狼が笑えば、花に群がる蜂のごとく、次々と人が集まってくる。


 それはまるで、世界が彼を中心に回っているかのような錯覚を覚えるほどに。


 それが酷く不愉快で仕方がない。




「どうして? 何であの男の心は折れないの……?」




 一体ナニが『大神士狼』という人間を支えているのか……それが分からない。


 普通の人間なら、居場所を追われ、尊厳を踏みにじり、性格まで否定すれば『心』が折れるモノだ。


 現に彼女は『彼』にお願いされ、今まで何度も同じような事を繰り返し、多くの人間の心を折ってきた。


 人の心を折ることなど、朝ごはんを食す事よりも容易たやすい。


 ……ハズだったのだ。


 なのに、あの大神士狼という男の心は、こちらが想定していたよりもタフで、強靭だった。




「これは1度、やり方を変えるべきかもしれないわね……」




 すこぶる嫌だが、1度、大神士狼という人間を詳しく調べた方がいいかもしれない。


 ヤツの弱点を探ることが出来れば、もしかしたら『彼』に褒めて貰えるかも。


 と、少しだけ気分が高揚しかけた所で、ポケットの中に仕舞い込んでいたスマホがケタケタ♪ と鳴り出した。




「? 誰かしら……あっ!」




 スマホの画面に視線をわした瞬間、彼女の顔がこれでもかと言わんばかりに華やいだ。


 それはまさに恋する乙女と呼ぶに相応しい、瞳に狂信的なまでのハートマークを浮かべて。

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