第14話 好きな子がパンツを忘れた

「……あれ? ここは?」




 目が覚めると、何故か俺は自室のど真ん中で『大』の字になって眠っていた。




「なんで俺、こんな所で寝てるんだ? ――って、痛ててっ!?」




 身体を起こそうとして、股間に走る痛みに顔を歪める。


 な、なんだっ!?


 なんでこんなに股間が痛いんだ!?


 性病か!? 




「というか、なんで俺、裸なの?」




 改めて自分の身体を見下ろすと、生まれたままのシロウ・オオカミがそこには居た。


 んん~?


 あれ、おかしいな?




「確かに俺は昨日、自分のベッドで横になったハズ……」




 昨夜の寝る直前を思い返すも、間違いなく寝間着の代わりに着ていた『ロリ魂』Tシャツを着て、夢の世界へ出航した記憶がある。


 なら、なんで俺は今、全裸なんだ?




「はっは~ん、分かったぞ? さては大切にパンツとTシャツを使い続けた結果、ついに衣服にすら魂が宿ったな? ゆくゆくはエロい美少女に変身して、世界を股にかけた大冒険が始まるに違いない」




 間違いなかった。


 きっとこれから俺は、付喪神つくもがみとなった衣服たちと共に、世界の命運をかけた冒険へと駆り出されるのだ。

 

 どぅれ! 冒険に旅立つ前に、姉ちゃんに別れの挨拶でもしてやるかな。


 俺は意気揚々と自室の扉を開け……「んっ?」と小首を傾げた。




「なんか、リビングがうるさいな?」




 シロウ・イヤーが、1階のリビングから若い女のキャピキャピ♪ した声を捉える。


 確実に姉の声ではない、若い女の声。


 誰の声だ、これ?


 ――ハッ!?




「そうかっ! 美少女に変身した俺のパンツとTシャツが、今、リビングでくつろいでいるんだな!?」




 こうしちゃいられねぇっ!


 ドタドタドタドタッ!? と、もつれそうになる足を必死に前へ動かして、俺は雪崩なだれ込むようにリビングへと身体を滑りこませ……あれ?




「誰も、居ない?」

「あっ、シロー君! よかった、気がついぎゃぁぁぁっぁぁぁぁ~~~~~っっ!?!?」

「んっ? おぉ、愚弟っ! 遅ぇぞ? いつまで寝てんだ、このバカタレが」

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……。よ、よう相棒? おはようさん……」




 突如、縁側えんがわの方から聞きなれた声が聞こえ、反射的に顔を向ける。


 リビングから庭へと続く窓の向こう側。


 そこには、ビニールプールの中でキャッキャ♪ とはしゃぐ寅美先輩と、姉ちゃん。


 そして何故か、このクソ暑い炎天下の中、大きな団扇うちわを持って、汗だくのまま2人をあおぎ続ける我が友、猿野元気の姿があった。




「なにやってんの、3人とも?」

「そ、その前に下っ! 下に何か履いてけろ!?」




 スクール水着に身を包んだ寅美先輩が、明後日の方向へ視線を逃がす。


 あぁ、そういえば、起きてからずっとブラチン状態だったっけ。


 ムスコの方はちょっとかわを被ってたから気にしなかったけど、よくよく考えてみれば非常識である。


 反省、反省☆




「おいコラ汚物? あたしの妹に汚ねぇモンを見せんじゃねぇよ。アレでも着てろ」




 そう言って、ナチュラルに弟を汚物よばわりしてくる、白色の水着ビキニ姿の姉ちゃんが、俺の背後のソファーを指さした。


 そこには姉ちゃんの替えの下着と思われる、女性用ショーツが置かれていた。


 俺は言われた通り、ソファーに置かれていた姉ちゃんのショーツを取り上げ、足を通した。




「すげぇ、流石は相棒や。何の抵抗もなく実姉じっしのパンツを履く、その胆力。もはや完全に視覚の暴力やっ!」




 パンツ1丁の俺を見つめながら、元気がワケの分からないことをわめいていた。


 相変わらず名前の通り、元気いっぱいなヤツだなぁ。


 俺はケツに食い込む姉ちゃんのパンツを指先でクイッ! と直しながら、改めて3人に向き直った。




「というか、なんで元気がここに居るワケ? ナニ、そのビニールプール?」

「いやぁ、ワイも朝、いきなり姉御に『ビニールプール買って、大神家ウチに来い』って呼び出されただけで、何が何やら……」

「いや、それ以前にっ!? 誰かシロー君の恰好かっこうにツッコミを入れるべきだべさ!?」




 ワケの分からないことをピーチクパーチクと口にする寅美先輩を無視して、俺と元気は説明を求めるように姉ちゃんに視線を向けた。




「これはアレだ、花丸㏌ポイントノートのお題だ」




 そう言って姉ちゃんは、持っていた水鉄砲で寅美先輩の顔を濡らした。




「うわっぷ!?」

「次のお題が『プールへ行く』だったんだがな、流石にもうレジャープールへ行くお金がないし、どうしよう? って、寅美に相談されてな。ならウチで済ませてやろうと思ってさ。それなら金もかかんねぇし」

「なるほど。それでビニールプールで遊んでいたワケね」

「姉御、ビニールプール買ったの、ワイなんやけど……。ワイの諭吉さんが、人身売買されたんやけど……?」

「男がちっちぇ~事を気にすんなっ!」




 ガッハッハッハッ! と、豪快に笑う我が家の不良債権。


 ぼ、傍若無人すぎるっ!?




「すまん元気。あとで半分、金を出すわ……」

「助かるわ、相棒……」




 俺はパンツ1丁のまま庭へ移動しつつ、元気の方へと近づいて行った。




「ところで元気よ。寅美先輩の兄貴探しは順調かね?」




 尋ねるや否や、元気はアメリカの通販番組の司会者よろしく、大げさに肩を竦めてみせた。


 どうやら行き詰っているらしい。




「『佐藤虎太郎』の件やろ? それが影も形も、陰毛1本すら見つからへんねんなぁ、これが。名前もハッキリしとるさかい、簡単に見つめられると思っとったんやがのぅ……」

「マジかよ。里親の方にも連絡がつかないワケ?」

「ソッチも訪ねたんやが……どうやら里親の方に問題があったらしくてなぁ」

「問題?」




 元気は渋い顔を浮かべながら、一旦姉ちゃんたちを団扇であおぐのを止め、縁側に置いてあったプロテイン(バニラ味)をあおった。




「どうも『佐藤虎太郎』を引き取ってすぐ、里親の母親がホストと浮気していたのが父親にバレて、離婚してしまったらしくてのぅ」

「離婚って……えっ? じゃあ、今、寅美先輩の兄貴は里親のどっちかと暮らしているワケ?」

「それが、そう簡単な話でもないんや」




 というのも、里親の離婚後、佐藤虎太郎は父親の方へ引き取られたらしいんやが、父親もその後すぐに再婚。


 ……したはいいが、結婚相手が詐欺師で、持ち金ぜんぶ奪われて、また離婚。


 結果、父親の方が佐藤虎太郎を置いて蒸発。




「――そこから佐藤虎太郎の行方は分かっとらん」

「と、寅美先輩の兄貴、めちゃくちゃハードモードな人生を歩んでるじゃねぇか……」




 もはやこの世に神様は居ないとすら思えるほどの、ベリーハード過ぎる人生に、ちょっと引いてしまう。


 まさかこの世の中に、我が家よりも酷い家庭環境が存在しようとは……。


 やはり、世の中は広いと言わざるを得ない。




「ちなみに、このことは寅美先輩には?」

「言っとらん。というか、姉御に口止めされた」

「姉ちゃんに?」

「おうよ。『来るべきときが来たら、あたしか愚弟の口から寅美に説明する』んやそうやで?」

「そっか……」




 俺は小さく頷いた。




「まぁ、それはそれとして。なぁ相棒? もうすぐ16歳のワイと、女物の下着パンツのみを身に着けた相棒が、ついこの間まで小学生やった中学1年生女子のスク水姿を仁王立ちでガン見するというのは、中々にこう……犯罪行為な気がせぇへんか?」




 姉ちゃんとキャッキャ♪ 楽しそうにはしゃぐ寅美先輩のスク水に包まれたお尻を凝視していた俺に、元気が何故か苦言を申し上げてくる。


 俺はそんな親友を横目に、「やれやれだぜ」と首を横に振った。


 まったく、若いなぁ元気よ。




「いいか元気? これは犯罪じゃない。ロマンだよ」

「ロマン、やと?」

「あぁ、そうだ。別に人に認めてもらおうとか思ってないし、これが利口な行いだとも思っていない。それでも見てしまうのは、そこにロマンがあるからなんだ」




 そうさ、俺たちはロマンの探究者だ。


『女の子のスカートの中はどうなっているのだろう?』とか『女の子の唇は一体ナニ味がするんだろう?』とか、そこにまだ見ぬ世界が広がっているのなら、見に行かずにはいられない。


 それが男の子ってモノだろう?




「あのスク水の向こう側には、どんな世界が広がっているのか。その未知を求める探究心は、ロマンがあるから生まれるんだ。人間の『知りたい』という欲望は、決して悪いことじゃない。つまり俺たちのこの行為は、悪いことじゃないんだ」


「んん~? 分かるような、分からんような……?」




 元気は『納得がいかない』と言わんばかりに、小首を傾げた。


 安心しろ、いずれおまえにも分かる日がくるよ。


 まぁそれはそれとして、俺たちは再び寅美先輩のスク水の向こう側に、どんな世界が広がっているのかを探究する作業に戻った。

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