第12話 胃袋ワンターンキルお姉ちゃん

 ギュイィィィィンッ!


 ガガガガガッ!?


 ぐつぐつ……どっぽぉ……。




「よし、イイ感じだべ! シロー君も味見するっぺ?」

「いや大丈夫♪ 音を聞いただけで胸ヤケしたから、遠慮しとくね?」

「そうだべか? あっ、ついでに胃薬も一緒に入れとくべっ!」




 何が『ついで』なんだろう?


 そんな事を考えながら、俺は我が家のキッチンで繰り広げられる、寅美先輩の異次元クッキングを笑顔で見守り続けていた。


 いやもう……凄いぞ?


 今、俺の目の前には、あの『キュ●ピー3分クッキング』でさえ、お目にかかる事が出来ない前衛的な調理光景が広がっているんだぜ?




「ふふんふんふ~ん♪」




 びちゃびちゃびちゃびちゃっ! と、鼻歌混じりに胃薬を鍋の中に投入する先輩。


 鍋の中は、さっきまではドス黒かったのに、今はクリームシチューを彷彿とさせるくらい、濃い白の液体で覆われていた。




「寅美先輩、一応確認するね? これ今、ナニ作ってんの?」

「うん? 見りゃ分かるべさ」




 うん。見て分からないから、聞いているんだよね。


 なんせ材料がニンジン、玉ねぎ、生姜しょうが、ハチミツ、卵、謎の肉塊、イモリの干物を鍋に放り込んで、謎の真っ赤な液体と共にコトコト強火で煮込んで加熱。


 そこにコーヒー豆、ジャガイモ、そして謎の白くてドロッとした液体を加えて……この辺りで俺は目を逸らした。




「ヒントはシロー君も大好きな、あの料理だべさ」

「俺の大好きな料理かぁ……なんだろう?」




 こんなバイオウェポン、食べた事ないんだけどなぁ……。




「あっ、分かった! クリームシチューだっ!」

「ぶっぶ~♪ ハズレだべ☆」




 マジで何なんだろう?




「正解はぁ~……肉じゃがでしたっ!」




 ……にく、じゃが……???


 あれっ?


 肉じゃがって、こんなドロドロとした液体状だったっけ?


 というか、あれ?


 肉じゃがって、こんな真っ白な色してたっけ?


 あれ?


 あれれ? 


 俺の中で、肉じゃがの概念が崩れ始めると同時、お風呂でホカホカに温まった姉ちゃんが、パンツ1丁でリビングへと帰ってきた。




「うぃ~、良いお湯だったぁ~♪ おっ? すっげぇイイ匂いするじゃん?」

「えへへ、オイラの自信作だっぺ!」




 寅美先輩はリビングの方へウィンクしながら、肉じゃが(?)の入った鍋へとお玉を突き刺した。




 ゴリゴリッ、ザシュ!




 肉じゃがにお玉を突っ込んだ時の擬音ではない謎の音が、鼓膜を蹂躙する。


 見た目は完全にクリームシチューのソレなのに、突き刺されたお玉は微動だにしない。


 一体、あの鍋の中身はどうなっているのだろうか?




「もう出来上がるから、机の上を片付けておいて欲しいっぺ!」

「おう、任せろ! おら愚弟っ! そんなとこでボーッと突っ立ってないで、コッチ来て手伝え」

「うん……」




 寅美先輩のバイオテロご飯から視線を切り、逃げるようにリビングへと移動する。


 いそいそと机の上を片付ける姉ちゃんに混じって、俺は素早く花丸㏌ポイントノートを開き『ある文言』を急いで付け加えた。


 よし、一応保険はかけた。


 あとはコレが上手く作動することを願うだけだっ!




「出来たべよぉ~♪」




 トコトコと肉じゃが(?)を盛ったお皿を持って、寅美先輩がリビングへとやって来る。


 俺は先輩にバレないように、手にしていた花丸㏌ポイントノートをそっと床に置いて、姉ちゃんと共にテーブルの前に着席する。


「腕によりをかけて作ったっぺ!」と、西尾●新先生でもないのに、そんな戯言をほざきながら、俺たちの前に例の肉じゃが(?)を置いていく寅美先輩。


 途端に俺の対面に座っていた姉ちゃんが「おぉっ!」と感嘆の声をあげた。




「メチャクチャ美味そうじゃねぇか、寅美っ! このクリームシチューッ!」

「くりーむしちゅー? いや、これは肉じゃ――」

「姉ちゃんっ! 冷めないうちに、いただこうぜ?」




 寅美先輩の声を打ち消しながら、「いただきます!」と手を合わせる。


 先輩は「シロー君?」と不審そうな目で俺を見てきたが、姉ちゃんは特に気にした風もなく「そうだな」と、上機嫌に微笑んで、スープのお皿に手を這わせた。




「それじゃ、寅美? いただきますっ!」




 まずはお汁から、そう言わんばかりに、お皿ごと持ち上げた姉ちゃんの唇がバイオウェポンに触れた。


 そのまま、こくんっ! と喉が小さく震えて――




「…………」




 ――ドサッ。




 笑顔のまま、床に崩れ落ちる姉ちゃん。


 なるほど、もうすぐ俺も『あぁ』なるのか。




「ち、千和お姉ちゃん!?」




 我が偉大なる姉が、文字通り身体を張ったデモンストレーションを前に、素っ頓狂な声をあげる寅美先輩。




「し、シロー君ッ!? ち、千和お姉ちゃんがっ!?」

「大丈夫だ、寅美先輩。これは先輩の作った肉じゃがが、あまりにも美味しかったから、気を失っているだけだよ」

「そ、そうなんだべか? でも千和お姉ちゃん、白目剝いているべよ……?」

「ウチの姉ちゃん、美味いモノを食べると、白目を剥いちゃうクセがあるんだよ」

「ほ、ほぇ~。そうだったんだべなぁ……」




 物珍しそうに白目を剥く姉ちゃんを見つめる寅美先輩。


 そんな先輩に、俺はニッコリ♪ と微笑みながら、1人静かに戦慄せんりつしていた。


 とあるエロい――違う、偉い学者様が言うには、男は命の危険を感じたとき、死ぬ前に子孫を残すべく精力が増すらしい。


 つまり世の中のヤンデレな女の子が、刃物を標準装備してせまって来るのは、男の精力を極限までに高めてから情事に及ぶためらしい。


 つまりヤンデレ女子は常時発情状態であり、だからこそヤンデレはとても魅力的なんだおっ! と、3股していたのがヤンデレ彼女たちにバレて、股を3つに裂かれそうになっていた我が友【けるたん】が笑顔で言っていたのを、今、思い出した。


 なるほど、これが走馬灯か。


 ロクな思い出ねぇな、俺……。




「フローリングが肉じゃがのお汁で汚れちゃったし、悪いんだけど先輩、脱衣所から雑巾を持って来てくんない? 洗面所の下にあるから」

「わ、わかったべさ!」




 こくんっ! と頷いて、パタパタとリビングを後にする寅美先輩。


 寅美先輩の姿が完全にリビングから消えた。


 その瞬間――俺は机の上に置いてあった自分の分の肉じゃが(?)を、姉ちゃんの口に無理やり流し込んだ。




「――ッ!? ッッッ!?!? ~~~~~~~~~ッッッッ!?!?!?」




 びくびくびくびくっ!? と、絶頂直後の女優さんのように、姉ちゃんの身体が小刻みに震えはじめる。


 構わず俺はキッチンへと飛ぶように引き返し、寅美先輩のバイオテロご飯が詰まったお鍋を持って、リビングへと戻って来る。


 そのタイミングで、運悪く姉ちゃんが目を覚ました。




「ハッ!? あ、あたしは一体ナニを? ――ぐべぇっ!? ぐ、愚弟、キサマ!?」

「えぇいっ! 黙って残りの肉じゃが(?)を喰え!」




 俺は目を覚ました姉ちゃんの口に、残っていた肉じゃが(?)を慌てて詰め込んだ。


 刹那、姉ちゃんの意識はまた異世界へと飛び立ち、気がつくと、寅美先輩の作った肉じゃが(?)は全部、我が姉の胃袋という名の宝物入れに収納された。


 よし、これでミッション・コンプリートだ。


「ふぅっ!」と、1人満足気に額の汗をぬぐっていると、脱衣所からパタパタ! と、先輩の足音が近づいてくるのが分かった。


 慌てて俺が自分の席へ着席するのと同時に、ガチャリッ! とリビングの扉が開く。




「シロー君、雑巾はこれでよかったべ――なんだべコレはっ!?」




 雑巾片手にリビングへと帰ってきた寅美先輩が、顔中が肉じゃが(?)まみれで横たわる姉ちゃんを見つけて、ビクッ!? と身体をおののかせた。




「お、オイラが目を離した隙に、一体なにがあったんだべさ!?」


「いやぁ、寅美先輩の肉じゃがあまりにも美味しかったみたいでさ? 姉ちゃんが『美味うみゃい! 美味うみゃい!』って言って、全部1人で食べちゃった☆」


「そ、そうだったんだべか……。まったく、千和お姉ちゃんは食いしん坊だべなぁ」




 どこか嬉しそうに苦笑する寅美先輩を眺めながら、俺は「これでいい」と1人静かに頷いた。


 そうだ、これでいい。


 あえて泥を被り、正義のダークヒーローとして、自分の幸せではなく、寅美先輩の幸せを守る。


 ……それが俺の決めた道だから。




「でも、オイラたちのお昼、どうするべさ? しょうがないから、もう1回、オイラが作ろうか?」

「い、いやっ! ここは『ネオ花丸㏌ポイントノート』のお題を進めていこうぜ!」




 俺は席を立ち、床に置いていた花丸㏌ポイントノートの所まで移動すると、あらかじめ書いておいた『あるお題』のページを広げてみせた。




「ほらっ! 今日、書き込んだお題に『デリバリーピザを頼む』ってヤツあるじゃん? せっかくだから、さっそくこのお題を実行しようぜ?」

「あっ、ホントだ。シロー君、いつの間にこんなお題を書き込んだべ?」




 不思議そうに首をひねる寅美先輩を尻目に、俺は急いでスマホでデリバリーピザのホームページを開いた。


 その日食べたマルゲリータは、涙が出来るほど美味かった。

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