【第二十一話:リメンバー・ミー】

「……すっかり静かになっちゃったね」

 多くの犠牲者を出しつつも主催者チームの勝利で終わったシャンペンタワー・ロシアンルーレットを終え、ゲームルームから生還した信濃さんと直樹。

 4つのゲームを終え、最終ゲームとなるであろう第五ゲームの開始を待つビニール手術着の2人はお盆に水のペットボトルと謎肉の缶詰、プラフォークを乗せて運びつつだだっ広いリビングルームの椅子に座る。


「いただきます」

「いただきます」


 お互い見ず知らずの老若男女でこんな狂遊戯のためだけに誘拐されてきたとは言え、わずか10日程前には9人もの大所帯でこの部屋に集い、生きてここを出るために協力していたと言う事実。

 今となってはそれが事実かどうかも定かではないその記憶を証明する唯一の存在である空っぽの7つの椅子に囲まれた2人は缶を開け、謎肉をもそもそと食べる。


「そういえば今更だけど……直樹君って高校生なんだよね?」

「あっ、そうです。今17の高2です。」

 そういえばこの信濃さんと話すのは最初の自己紹介以来だな、直樹はそんな事を思いつつ答える。

「そうかぁ、若いなぁ……もう一度聞いちゃうかもしれないけどご家族とかは?」

「ええ以前も話した通り、会社員と公務員の両親と同居していて……5つ上の兄は大学を出て就職し一人暮らし中です」

「へぇ……そうなんだ。お兄さんがいるんだね」

 信濃さんの表情が一瞬曇る。

「信濃さん……?」

「ほら、さっきゲームマスターが5本のビデオテープを持っていたじゃない? あの時の人数と再生された2本の内容から考えると……残り3本の内容は間違いなく聖さんや私、直樹君に関わる物だと思うの」

「でしょうね……番号は忘れましたけど、再生済みの源太郎さんや佐倉川さんの内容もかなり本人にとってはショッキングでどぎつい内容だったようですし……内容不明の聖さんの分はさておき、あれをもし僕と信濃さんの次のゲームで使われたらまずいですね。せめて何を見せて来るか予測出来ればいいんですけど……」

 家族や兄が真っ暗な自宅で泣いている風景を見せられるかもしれない、それを想像してしまった直樹は食べかけの謎肉缶のフォークを置く。

「そうよね、でも多分私のテープは……兄に関する物だろうなぁとしか思えないのよね。

あんまり楽しい話じゃないけど、次のゲームで何が起こるかわからないわけだし念のために共有しておきたいの、いいかしら?」

 先に食べ終えていた信濃さんはトレイを横にのけ、水を一口飲む。

「はい、もし信濃さんが大丈夫なら……お願いします」

 直樹はもトレイを横にのける。


「……私の5つ上のお兄ちゃんだった人は、文武両道で学校の成績もいつも全教科満点かほぼ満点で席次1番の超天才。それで私が中学生の時、彼は自分にふさわしいと言う理由で日本で一番の大学として東大法学部を受験したの」

「……」

「でもね、事もあろうかお兄ちゃんは不合格。

 その上、必要ないだろうけどと受験していたその他の大学も全て不合格と言う追い打ち……初めての挫折でメンタルが壊れちゃったお兄ちゃんは一日中真っ暗な部屋に引きこもっておいおい泣いて叫んでは家族に暴力をふるうようになったの」

 ネットとか創作物ではよくある話だが、まさか本当にあるのか……直樹はその笑顔に隠された悲惨な過去にただ黙り込む。

「それでお父さんはお兄ちゃんに何かあった時、私とお母さんに被害が及ばないように離婚を決意。私は親権を持つことになったお母さんと共に夜逃げ同然に家から逃れて転居し……高校卒業後に就職先で出会った今の夫と結婚したの」

 次のゲームがどんな内容になるかはわからないが、タイミングよくそんな過去のトラウマをえぐるような映像を流されては信濃さんも自分もただでは済まない。

 直樹はそれを共有してくれた彼女の勇気に感謝する。

「さあ、ご飯も食べたことだし……次のゲームまで少し休んだ方がよさそうね」

 腕内のスマートウオッチのカウントダウン12:32:17を確認した信濃さんは腰を伸ばす。


『うぅん、まさかこの2人が第五ゲームに挑む事になるとは今回のは面白い結果になりそうね』

 真紅のアンティークソファーが置かれた真っ暗な部屋・バロネットルーム

 真紅のヴィクトリアンドレス姿で優雅に紅茶をすするゲームマスター・レディーは目の前の大型モニターでリビングルームの2人を見つつ呟く。

『マドモアゼル、彼らの運命をいかに導くつもりでございますか?』

『そうねぇ、おそらくこの大人しすぎる2人だと血で血を洗う激闘みたいなのはダメだろうし、醜いヒトの本性を引き出すのも手間がかかるわりには満足が行くものにはなりそうも無いわ。

だから……これにしようと思うのよ』

 そういいつつサイドテーブルに置かれた分厚い革張りの『GAME LIST』を手に取ったレディはしおりが挿まれたページを開くようにうながす。

『うむ、これでございますか……では準備を進めます』

『よろしくね、リチャード』

『仰せのままに、マドモアゼル』


【第二十二話:ロック・シザーズ・ペーパーに続く】

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