【第十六話:ワット・ハップン】

「うっ…… ううん」

 文字通り上からの『気圧』で地面に叩きつけられ、甘ったるい匂いのする毒ガスを大量に吸い込んでしまった直樹。どれほど意識を失っていたかはわからないが、もやがかってぼんやりとした視界の中どうにかキャビネットを掴んだ直樹はビキビキに痛む全身と格闘しつつどうにか立ち上がる。

「あれっ……なんで僕だけ、生きてるんだ?」

「ううん……」

「ゲホッ!! ケホケホッ!!」

 キャビネットに寄りかかるように立つ直樹の前でどうにか身を起こす佐倉川と信濃さん。

「……あれ? なんで私、生きているの?」

「全身が痛てぇ……けど生きてるぜ? 命に別状は無さそうだがどうなってるんだ?」

 直樹の前で全身を触り回し、無事を確かめる2人。

「ううっ、済まぬ……聖君」

「無理しちゃだめですよ肩を貸してあげるからゆっくり……立ち上がらないと」

 部屋の反対側で聖の肩を借りてどうにか立ち上がる源五郎。

「聖さんに源五郎さん!! 無事だったんですね!?」

 直樹と佐倉川、信濃さんは2人に駆け寄る。

「……リンちゃんと牛田さんは?」

「あそこに倒れているぞ!」

 部屋の角で目を閉じて眠るように座り込んでいる2人に気づいた信濃さん。

 すぐに駆け寄ろうとする彼女を止めたのは聖だ。

「聖さん…… ?」

 無言で2人に近づいて右腕をそっと持ち上げ、腕内のスマートウォッチを確かめた聖は首を横に振る。

「2人共……脈は無い、そしてスマートウォッチもゲームオーバー表示になっている」

 聖が持ち上げたRINKOの腕内スマートウォッチ画面でケタケタと笑う骸骨とGAME OVERの8文字を確認した4人。

「そんな、リンちゃん……なんでアナタが。なんでアナタが……」

 紅二点として仲良くやっていた仲間を失った悲しみのあまり膝をつく信濃さん。

「……しかし、どういう事だ? 我々全員はあれだけの毒ガスが充満した部屋にいたのに何故助かったんだ?」

「そして牛田さんとRINKOさんは何故助からなかったんだ?」

『やれやれな困ったちゃん達ねぇ……あの時見たでしょ?』

「!?」

 しっちゃかめっちゃかになった部屋の床。そこに転がるガスマスクドールの1体の眼が点灯し、ゲームマスター・レディの声で話し始める。

『このグームのクリア条件は迷子のお人形さんをお家に返してあげる事……それをやったあなた達は助かった。それをクリア出来なかったお2人は助からなかった。それ以上でもそれ以下でもないわ』

「アンチドーテ……アンチドーテ……そうだ思い出したぞ!! あの時、僕達は既に解毒薬を注入されていたんだ!!」

 4人がゲームマスター・レディからの謎かけに戸惑う中、いきなり大声を上げる聖。

『ようやく思い出せたようね、聖君の言う通りよ! あの時あなた達に注入されたのは私特製のブレンドガスを無効化できる中和剤だったのよ』

「……」

 その事実を知ったところで2人は帰って来ない。

 胸を締め付けられるような思いのまま5人は立ち尽くす。

『さて、楽しい第3ゲームもこれでお開き……次のゲームまでゆっくりとお休みになってねぇん……うふふ』

 生き延びた5人の前でゲームルームの扉はゆっくりと開いて行くが誰も出て行こうとしない。

「皆、とにかくここを出よう……また閉じ込められてあの毒ガスが襲ってきたら次に助かる保証はない」

「でも、リンちゃんと牛田さんは……」

「気持ちは痛い程わかる……けど、ここから運び出した所で葬儀はおろか供養もしてあげられない。とにかく2人の死を無駄にしないためにも先に進まないと」

 佐倉川の強い意思を前に5人は最後の祈りを2人に捧げて部屋を後にする。


 それからしばらくして……

「疑うわけじゃないが……聖さん、アンタ何者だ?」

 ゲームルームを出て粉っぽく汚れた衣装を脱ぎ、汚れをシャワールームで洗い流してから青ビニール手術着に着替えた5人。ミーティングルームに集まって開口一番、佐倉川は正面の聖に問う。

「……済まない、あと少しなんだ。何か、何か大事な事を思い出せそうなんだ」

「なぁ……疑うわけじゃないけど、聖さんは何者なんだ?」

「何者…… ?」

「ああ、最初の部屋であんたは電気椅子の事を知っていたかのようにチンピラ男を止めていたよな?」

「……」

「それにあの時も、毒ガスパニックの中で俺達だけ確実に助かると知っていた……そしてその通りになった」

「佐倉川くん……」

「それにあんたのスマートウォッチ……なんでそんなにボロボロなんだ? 俺達4人の腕内のほぼ新品とは雲泥の差だぜ?」

 最後の推理に思わずスマートウォッチを見やった4人。

 言われてみればほぼ新品の4つより画面の傷やプラスチック・金属パーツに明らかな痛みがある。

「僕も確証を持って言える事では無いんだが、僕は何かこのグームとあのグームマスター・レディの何か……それも核心に迫る何かを知っている、と言うより見たような気がするんだ」

「核心?」

 佐倉川の名推理により突如明かされつつある参加者の過去。

 天才少年、隠れ武闘派&ムードメーカーを失って絶望の淵にあった4人はその言葉に耳を傾ける。

「だが、それが何かが分からない。必死で思い出そうとしているんだが……ダメなんだ」

 聖はそう言いつつぐったりと椅子に倒れ込む。

「ふざけんなよ、てめぇ!!」

椅子を蹴倒して立ち上がった佐倉川は聖に向かって行く。


【第十七話:シャンペン・タワーに続く】

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