最終話 僕の偉大なる発明
「改めまして、メアリーの父のマテウスです」
「えぇ、えぇぇーーー!!」
驚く僕を気にすることもなく、マテウスさんはニコニコと笑っていた。
「君も発明家なんだって? おまけに私の崇拝者らしいじゃないか」
「い、いえそこまでは……」
僕は口をパクパクさせながらマテウスさんとメアリーを交互に見た。メアリーが申し訳なさそうな顔をして僕を見てきた。
「内緒にしててごめんねぇ。コウヤっちがパパの動画配信を見てるのは知ってたんだけど、なかなか言い出せなくて……だってこんな妙ちくりんな人が父親だなんて」
「妙ちくりん!? メアリー、パパはそんな子に育てた覚えは――」
「育てたのは私です」
鳳月さんが素早くカットイン。マテウスさんは恐縮して縮こまってしまった。なんだか自分を見ているようで親近感が湧いてしまう。
「まあ挨拶はそれくらいにしておいて、とりあえず乾杯でもしようや!」
孔雀さんの一言で各々がグラスを手に取るとメアリーが右手を高々と上げた。
「それではコウヤっちの退院を祝して、メリークリスマース!」
「退院おめでとう」や「メリクリ~」の声が聞こえてくる。僕もよく冷えたシャンパンを喉へと流し込んだ。
豪華な料理に舌鼓を打ちながらみんな楽しそうにお喋りしている。僕と西田くんはマテウスさんと発明談議に花を咲かせた。特に西田くんはマテウスさんが最近開発中だという蚊を飛べなくする装置に興味津々だった。盛り上がる僕らをメアリーが冷ややかな目で見ていた。
「そういえばコウヤくんにお礼がまだだったね。ナクトを完成させてくれてありがとう」
マテウスさんが満面の笑みを浮かべながらがしっと握手をしてきた。
「いえとんでもない! でもあれは完成って言うのかな……」
「いやー素晴らしいよ! 物質の見たモノを映像として見れるなんて。まさに大発明じゃないか!」
僕が驚いてメアリーを見ると、彼女は舌をペロっと出して笑った。
「ごめ~んコウヤっち。母さんとパパにナクトの秘密ばらしちゃった。テヘ」
確かに今回の事件はいろいろと誤魔化すのは難しいと思っていた。僕は近くに座っていた鳳月さんをちらりと見た。彼女はお猪口の日本酒をくいっと飲むと鋭い視線を僕に送った。
「まったくとんでもないもの作ったわね光矢さん。国家機関の人間としてはすぐにでも報告したいところなんだけど……いろいろ根回しも必要だからしばらくは黙っておいてあげる」
「ええ~やっぱり言っちゃうの~? かわいい娘がこんなにお願いしてるのにぃ」
「当たり前でしょ! 今すぐにでも鑑識に一台欲しいくらいよ。未解決事件の解明どころか犯罪そのものが激減するわよ」
やはり親子というべきか、メアリーがミステリーの話をしている時のように、鳳月さんもまた楽しそうに笑っていた。すると瀬織ちゃんが僕らの方へとやってきた。
「ちょっとナクトをお借りしてもいいですか?」
なにやら背中に隠しているようで両手を後ろに回していた。まさかまたキムチの壺ではないだろうか?
「じゃーん! これ家から持ってきました」
そう言って彼女が僕らに見せたのはアンモナイトの化石だった。
「うちの両親は二人共考古学者なんです。だからこういうの家にごろごろあるんですよ」
「もしかしてナクトを使ってそれが生きていた時代を見るってこと? でもスマホの年代は1900年までしか設定できないんじゃ……?」
僕がそう言うとメアリーがナクトを部屋から持ってきた。しかもナクトがノートパソコンに繋がれている。
「実はコウヤっちが入院中にパパと西田くんがちょっとした改造をしたの。今のナクトは10億年前まで見れるわよ」
「10億年!?」
驚く僕を余所にテーブルの中央にナクトとアンモナイトの化石が置かれた。その周りをみんながぐるりと取り囲む。
「父がこのアンモナイトの殻の縫合線はジュラ紀か白亜紀のものだろうと言ってました。とりあえず6千年前くらいから見てみましょうか」
瀬織ちゃんの言葉を皮切りに、それからしばらくはあーでもないこーでもないと色々と試していた。すると突然、ナクトの画面を覗いていたメアリーが歓喜の声を上げた。
「来た来たっ!! 映ったよ!!」
メアリーがナクトの映像をパソコンのモニターに送った。水中を泳いでいるのだろうか、揺れながら動く画面には見た事もないような生き物達が映し出されていた。
あれは海洋恐竜だろうか? まさか本来の恐竜とはこんなものだったなんて……。
「わぁーすごい! 凄すぎる! 父と母に見せてあげたいです!!」
瀬織ちゃんが目をキラキラと輝かせていた。いや彼女だけではなかった。みんなまるで、小さい子供がサンタさんからのプレゼントを開ける時のように、嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
ナクトを作ったことで彼女の浮気を知ってしまったり、事件に巻き込まれたりと僕の人生は大きく変わったのかもしれない。でもナクトのお陰でこんなにもみんなが楽しそうに笑っている。
きっとそれだけでも、僕の発明は大成功って言えるんじゃないかな。
――半年後。
蜃気楼の彼方にうっすらとピラミッドの姿が見えてきた。横にいたメアリーが僕の肩を掴んで大きく揺すった。
「見て見てコウヤっち! ピラミッドが見えてきたよ! あースフィンクスも見えるーー!!」
「あーうんうん」
時差ボケと車の揺れで気持ち悪くて、僕はついつい生返事をしてしまう。でも興奮のあまりメアリーはそんなこともお構いなしだ。
「さぁ! これでついにピラミッド建設の謎が全て解けるわ! 私は密かに異星人説が有力だと思ってるのよね。スフィンクスの耳の裏には謎の空間があってね、そこには宇宙の真理が――」
こうなってしまうとメアリーは止まらない。今では世界中のミステリーを解き明かそうと壮大な野望を掲げている。
世界には未知なる物が溢れている。でもナクトがあれば例えどんなものだって解明できるだろう。
僕とメアリーの旅はまだ始まったばかりだ。
―完―
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