第16話 ブルーマンデー
憂鬱な月曜日とはよく言ったものだ。コンビニバイトの僕にはそれほど関係ないけれど、それでも学生時代の記憶が残るのか、世の全体の空気がそうなのか、どことなく気分は上がらない。
「ありがとうございました」
残業終わりのサラリーマンだろう。ほぼ選択肢がなくなった弁当とチューハイを買った男性が背中を丸めながらお店を出ていった。
そろそろイートインコーナーの掃除でもしようと思ったその時、来店を告げるチャイムと共に僕の名前を呼ぶ声がした。
「コウヤっち~。お疲れさま~」
「お疲れさま~じゃないよメアリー。なんの連絡もないから心配したよ」
「わぁ! コウヤっちに心配してもらえるなら、たまに下着泥棒に入られるのも悪くないわね」
「いや、そういうことじゃなくて……それであの後どうなったの?」
「まぁまぁ。こんなとこで立ち話もなんだし、休憩
少し時間は早いけど、西田くんに先に取っていいかとお願いすると二つ返事でOKだった。
「粗茶ですが……」
挙句、彼はお茶まで出してくれた。それ店長ご自慢のブレンド緑茶だったと思うんだけど……。
「ありがとニッシー」
メアリーはにこりと微笑み、ふわっと湯気が立つ熱そうなお茶をズズズーっと飲んだ。猫舌の僕には到底真似できない芸当だ。ふーふーとお茶を冷ましていると茶柱が立っているのが見えた。最近不幸続きの僕にとってこれは吉兆だ。
「それでどうだったの?」
メアリーに茶柱が見つからないように、僕は湯飲みを手にしたまま訊いてみた。
「犯人は
「最後も警察の見解?」
「……ズズ」
彼女は目を閉じ、味わうようにゆっくりとお茶を口にした。
「とにかく大変だったのよ~現場検証に母さんが来ちゃって! 囮で下着を外に干してた上に鍵を閉め忘れてたのばれて。まるで取り調べみたいだったわ」
「そりゃそうだよ。一歩間違えば襲われてた可能性だってあるんだから」
「反省してます。以後気を付けます……」
彼女にしては珍しく、しゅんとなって頭を下げた。よっぽど母親にきついお説教を食らったんだろう。
「それで、コウヤっちの方はどうなったの?」
これはたぶん怜奈のことだろう。見守る姿勢だったメアリーも、流石に僕が腰が重いことに気が付き始めたか。
「今日は彼女が残業で……結局話をする時間がなくて。朝帰っても、またすぐ仕事に出るだろうし……」
メアリーがいつものように目を細め、じっとりとこちらを見てくる。今度は僕がお灸を据えられる番なのか。
茶柱に願いを込めながら、僕は一息にお茶を飲み干した。
「助けてくださいっ!」
裸足のまま、私は家から少し離れた交番に駆け込んだ。やや中年の二人の巡査がそこにはいた。
「どうされました?」
慣れたものなのか、特段驚く様子もなく一人の巡査が私に尋ねてきた。
「家に――突然家に入られて、襲われたんです!」
もう一人の眼鏡を掛けた巡査が私の足元をちらっと見た。おそらく裸足だということに気が付いたのだろう。
「まあお嬢さん、一旦座りましょうか」
パイプ椅子を引きながらその巡査が言った。私は荒い呼吸を整えるように深く息を吸ってそこに腰を下ろした。取り乱している私を落ち着かせるためか、湯飲みに入れたお茶が運ばれてきた。
「住所はこの近くですか?」
机を挟んで向かい側に座った巡査が、眼鏡を持ち上げながら訊いてきた。
「えっと、ちょっと離れたとこのマンションなんですけど――」
私が住所を告げると、もう一人の巡査が壁に貼ってある地図で場所を確認する。
「それで、どうやって家に入られたかわかりますか?」
「合鍵を使われて……」
「合鍵? 相手は知り合い?」
「はい……でも襲われたのは事実です! まだ家にいるかもしれない! 早く捕まえてください!」
「まあまあ少し落ち着きましょう。もうちょっと詳しくお聞きしていいですか?」
少し
襲ってきた相手は同棲している彼の弟であること。その弟と浮気をしていたが、やはり悪い事だと思い別れようとしていること。そして今別れ話でもめていること。
まるでドロドロとした昼ドラのような私の話に、巡査たちは途中から呆れたような態度になってしまった。話しているうちに私も冷静になったのか、急に恥ずかしさと惨めさが襲ってきた。
「じゃあひとまず家に行ってみましょうか」
目の前の巡査が帽子で頭を掻きながら立ち上がった。私はゴム製のサンダルを借り、パトカーの後部座席に乗せられた。
静かな夜の街を赤色灯だけ点けたパトカーが走る。時折目に入る赤いライトの光に、私はなぜか自分が連行されているような錯覚に陥った。
愚かな裏切り者は自分ですと、まるで周囲に知らせながら走っているようだった。
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第16話を読んで頂きありがとうございます。
レビューを書いて頂いた皆様、誠にありがとうございます。
レビューの場合、返事をする場がなかなかなくて困るんですが、いつも大変感謝しております。改めてお礼申し上げます。
レビューはいつでもお待ちしております。当作品を読んだ感想を思うままに書き殴ってやってください。もちろん一言でも構いません。☆評価の方もよろしくお願い致します。
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