第14話 ナクトビジョン


 メアリーが死体の脇にしゃがみ込み、僕もその後ろから覗き込むようにナクトの画面を見た。まず現れたのはいつもの真っ暗な映像。すぐに少しではあるが画面が明るくなる。おそらく夜の街並みだろう。


「やっぱり……屋上から侵入したのね」


 彼女の言葉に僕ははてなマークを顔に浮かべた。僕の方をちらりと見たメアリーが盛大に溜息を吐く。


「ほんとに鈍いなぁコウヤっちは。どう見てもこいつ、あっこいつって言っちゃった。まいいか。どう見てもこいつは下着泥棒でしょ?」


 メアリーが言うには、最近この辺りで下着の盗難が多発していると母親から聞いたらしい。手口としては、目撃されにくい深夜帯を狙って犯行に及んでいたという。


「でも夜中に洗濯物干す人なんているのかな?」


「私もそう思ったの。それで試しに昨日夜に干してたら、ご覧の通りよ。まさか九階で狙われるなんて思わなかったけど」


 引き続きナクトで映像を見ていると、ゴーグル男は屋上からロープを垂らしメアリー宅の隣のベランダにまずは降りたようだ。 


「下がり蜘蛛か……隣は空き部屋だから、確かにこれがベストな方法ね」


「下がり蜘蛛って?」


「空き巣とかの手口の一つよ。屋上とかからロープを使って侵入するの。高層階狙いで使われる手よ」


 ロープを伝い下へと降りる男の視点映像が流れる。するするとその動きは滑らかのようだ。


「こんな暗いのに器用なもんだね」


「褒めてどうするのコウヤっち。あとこれ暗視ゴーグルだから。ナクトにも赤外線とかついてないの?」


「残念ながら安い中古のスマホでして……」


 メアリーは軽く「ちっ」と舌打ちをして、すぐににっこりと微笑んだ。

 

 その後、男の視点はベランダ越しにメアリーの部屋を覗いていた。かなり暗くてわかりづらいが、どうやら干してある下着に手を伸ばしているようだった。ぎりぎり届かないようで、ついに身を乗り出してベランダに掴まりながら移動した。


「普通ここまでやる? どんだけよ……」


 メアリーは完全に呆れていた。確かにこの熱量は他の事に傾けるべきだっただろう。見事目的を達成した男の手が下着へと伸びる。わずかだがそれを頭から被る様子も伺え、メアリーが険しい顔になった。


「一応見とこうかな」


 メアリーが立ち上がりベランダの方へと向かう。外にはまだ下着が干してあり、それが映り込む角度で窓にナクトを当てた。そこにはパンツを被りゴーグルをした怪しい出で立ちの男が他の下着を物色していた。


 しばらくすると男は何かに気が付きこちらを見た。すると画面の映像が横にスーッと動いた。おそらく窓が開けられたんだろう。


「あちゃー、やっぱ鍵締めてなかったか」


「ちょっとメアリー……」


 僕らは再び中に入り、今度はベランダ側の室内の壁にナクトを当てた。男は静かにカーテンを開け中へと入る。そしてベッドに寝ているメアリーに気付く。結末を知ってはいても、僕はじわっと手に汗が滲んだ。


 そろりそろりと男が忍び寄る。だがその時、男は胸を搔きむしるようにして倒れ込んだ。そしてしばらくして男は動かなくなった。ちらっとメアリーが頭を上げて、またすぐ寝たようにも見えたが気のせいだろうか?


「メアリー、今一瞬起きた……?」


「寝返り寝返り! 寝相悪くて~えへへぇ」


 その意味深な笑顔に漠然とした恐怖を覚えた。彼女が真夜中、一人でノートになにやら書き込んでいる光景が頭に浮かぶ。いやもはや彼女自身が死神なのか……。


「おそらく死因は心筋梗塞ね。でも私が確かめたいのはそんなことじゃないのよね。死因なんて検案すればわかるから」



 彼女は手袋をはずしナクトの時間を設定し始めた。ぱっと僕に向かって見せてきたのは今日の8時。彼女が僕に電話をしてきた少し前だ。彼女はかがみ込みながら遺体の首筋、つまり直接肌に触れるようにしてナクトを当てた。


 画面に現れたのはメアリー本人。真上から怪訝な顔で男を見ているようだ。そして映像の中の彼女はおもむろに首筋辺りに指を当てていた。


「これが遺体発見時の私。じゃあ今度は時間を最初の午前3時に戻すわね」


 彼女は時間を3時に合わせ、再び同じ個所にナクトを当てる。だが2,3分待っても画面にはなにも映らない。他にも遺体の手や頭(パンツの隙間)あたりの肌に直接当てるがやはり画面は真っ暗だ。


「やっぱりそうね」


 と言ってメアリーは立ち上がり、ナクトを顔の横でふりふりと左右に振った。


「ナクトは生体には反応しない。つまりその人が生きてる間に見た映像は見ることが出来ない。おそらく人だけじゃなく他の生物もそうでしょうね。でも――」


 彼女は男が倒れた時刻、午前3時40分に時間を合わせた。そして遺体の頭(パンツの隙間)に押し当てると、今度はメアリーの部屋の様子が映し出された。


「おそらく生命維持活動が終了した時点で『物体』と判断されるようね。たぶん有機物、無機物は関係ない」


「それを確かめたかったの?」


「うんそう。スーパーでお肉買って検証してもよかったんだけど、なんか味気ないじゃない?」


「そんなもんかな……?」


「それにこれだったら、かなり正確な死亡推定時刻がわかるでしょ? いや、もはや推定なんて言葉は不要ね。母さんが知ったらきっと力尽くで奪いにくるわよ」


「やっぱり警察へ自首した方が……」


「ダメダメ! 確かにそれも有意義な使い道ではあるんだけど、ナクトはもっと壮大な夢を果たすためのものなのよ!」


 まるで伝説の剣を手に入れた勇者の如く、メアリーはナクトを天に掲げた。大空を見上げ瞳はキラキラと輝きを放っている。


「はっ……またやっちゃった。ごめん」


「メアリーが何を企んでいるかなんとなくわかったよ。でもなんか楽しそうだね」


「でしょ~。任せて! 大学なんていつでも辞めるから」


「そ、そこまでするの!?」


「当たり前よ。時間は有限。光陰矢の如しでしょ? 光矢っち」



 メアリーと世界のミステリーを解明していく。うん、悪くないかもしれない。その前に諸々決着つけないとな。なんだかメアリーには毎回元気をもらってる気がする。


「メアリー。いつもあり――」


「あっ! もう警察呼んじゃうからコウヤっちはさっさと帰って。はいこれ」


 そう言ってナクトをぞんざいに渡され、僕は背中を押されながら玄関へと運ばれた。


「今日はバイト深夜だったよね? じゃあ後で!」



 バタンとドアの閉まる音がやけに響いた。伝説の剣『ナクト』もなんとなく寂しそうに見えた。 







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