第13話 点と点線
とんでもないことを口にしたメアリーの声は震えていた。
「コウヤっち、どうしよう……目が覚めたら、人が……人が倒れてて」
僕の見立てはこうだ。昨夜、痴情の
つまりメアリーに亡き者にされたその女性が、昨夜僕の所へ化けて出たということだ。幽霊だって出る相手を間違えることもあるだろう。きっとあの悲痛な泣き声は、メアリーに愛する人を奪われ、失意の中でこの世を去った恨みのこもった涙だったんだ。
「知らない男の人がうつ伏せで倒れてて、息してないみたいなの」
「えっ!? 男の人?」
「うん。どっからどう見ても男」
まさか……いやまだだ! まだ可能性は残されている。僕の完璧な推理は点線ぐらいでは繋がっているはずだ。
「その男性は髪が長いとかでしょ?」
「髪? ん~私のパンツ頭から被ってるからわかりづらいけど、別に長くはないよ?」
「パ、パンツ!?」
「そ~せっかくお気に入りのやつだったのに」
僕は愕然とした。もはやその光景がまったく想像できない。しかもメアリーがさっきまでとは打って変わって、妙に落ち着き払っている。
「とりあえずコウヤっち、家まで来てくれる? 住所送っとくから」
「え、僕が!? 警察には連絡したの?」
「ん~~まだ! とにかく来てよ。ナクトも持ってきてね~ちょっと確かめたいことあるから」
そう言って電話切れた。僕はちらりと自分のベッドを見た。枕元にうっすらと涙の跡みたいなものが残っているのは気のせいだろうか? 僕は万が一に備え、部屋の前に盛り塩を置いて家を出た。
メアリーの家はバイト先のコンビニから歩いて5分ほどの場所にあった。マンションの入口で902の部屋番号を入力しインターホンを鳴らす。
「あ~コウヤっち。早かったね。今開けるね」
見知らぬ死体が部屋にあるというのになんとも暢気な声だ。エレベーターで九階まであがると、メアリーはドアを開けて待っていた。
「コウヤっち、こっちこっち。さぁ入って~」
「お邪魔します」
「先に現場見る? それともお茶にする?」
「そんな二者択一初めて聞いたよ……お茶なんか飲んでる場合じゃないでしょ」
「あは、それもそうね。じゃあこっちだよ」
案内されたのはメアリーの部屋。十畳くらいの広さで意外とシンプルな家具で統一されていた。そしてベランダ側の窓の近くにその男性は倒れていた。確かにピクリとも動かない。頭には光沢のあるグリーンの女性用の下着を被っていた。そして変なゴーグルのようなものをつけていた。
「ちょっと! あんまりまじまじと下着を見ない。恥ずかしいんだから」
「あっごめん! というかその……本当に亡くなってらっしゃるの?」
「うん。死後硬直も始まってるし、一応脈も取ってみたよ。死亡してるね」
メアリーは淡々と喋りながらポケットからナイロン製の白手袋を取り出した。まるでドラマの中の刑事のようにそれを両手にはめていく。
「あのぉ、メアリーさん? それは?」
「ああ一応現場保存のため。まぁ私の部屋だから指紋とかそんなに気にすることないんだけど。一応ね」
一応ね、のとこでメアリーは軽くウィンクをした。
「いや、そういうことじゃ……なぜそんなものをお持ちで?」
「あーこれ?」
手袋をパチンと鳴らし、彼女は少しだけ手を上げた。
「母さんの部屋にあったからちょっと借りちゃった」
借りちゃった、の後で今度は軽く舌を出す。ねぇメアリー。そう何度もかわいさで誤魔化される僕じゃないよ。
「メアリー。三つほど質問いいかな? まず一つ。なぜそんな本格的な白手袋が家にあるのか? 二つ目。メアリーの母親は何者なのか? 最後に、メアリーはなぜそんなに落ち着き払ってるのか?」
「あれ? 言ってない? うちの母さん、警視庁の鑑識課に勤めてるの。これ支給用の手袋なんだけど掃除とかによく使ってるから。ん~そんなに落ち着いてるかなぁ? たぶんコウヤっちが一緒にいてくれてるからかな。テヘ」
最後だけおそらく嘘だろう。僕がじーっと見ていると、彼女は口笛を吹いて誤魔化した。
「とりあえずコウヤっち。ナクトの時間を今日の午前3時くらいに設定してもらっていい?」
いつの間にか探偵の助手のような立ち位置になっているのは気のせいだろうか? 僕はナクトをポケットから取り出し、言われた通りの時間に合わせ彼女に手渡した。
「じゃあまずは、この男が何をしていたのかを見てみましょうか」
そう言ってメアリーは男がはめているゴーグルにナクトを押し当てた。
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