裸を見られる兄妹


 志帆の母親の登場に俺も志帆も大慌てになった。お互いに裸だし、こんなところを見られるとも思っていなかった。

 

 俺は裸の志帆を背後から抱きしめる形になっていた。志帆が急いで立ち上がるが、志帆のきれいな一糸まとわぬ身体を直視してしまい、俺はさらにうろたえた。


 一方、志帆の母親は冷ややかに俺達を見ていた。


 レティ・ポートマン。

 フランス出身の大人気女優だ。


 誰が見ても絶世の美女で、30代前半なのに見た目は20代前半ぐらいにしか見えない。

 志帆と同じ色の美しい真紅の髪をロングに伸ばしていて、つややかで美しい。


 すらりとした美しい身体はスタイル抜群だ。志帆を大人にしてかっこよくした雰囲気だとも言える。

 ハーフの志帆と違い、ポートマンさんは純粋なフランス人だから、肌も透き通るほど白い。


 それに今も派手なドレス姿で、大きな胸も大胆にはだけていて……。足のあたりに深いスリットが入っていて、太ももがちらりと見えている。


「兄さん……? ママに見とれてましたね?」


 不機嫌そうにジト目で志帆が俺を睨んでいる。いつのまにかバスタオルを身体に巻いていた。


 俺は慌てて首を横に振った。


「ち、違うよ」


「兄さんの浮気者。あ、あたしだって……」


 志帆が小さくつぶやいた後、自分のタオルの裾のあたりを見て、赤面する。

 一応は裸でないとはいえ、けっこう際どい格好だ。脚はほとんど見えていて、大事な部分がぎりぎり隠せている。


 志帆は今度はポートマンさんに向き合う。


「ママ、どうしたんですか? いきなりあたしたちの家に来るなんて。一言連絡をくれれば……」


「連絡したら、今みたいな場面は見ることができなかったでしょうね」


 ポートマンさんは冷ややかに言う。

 同い年の15歳の義妹と一緒の風呂に入っているなんて、たしかに見せられるわけがない。


 ポートマンさんにとっては志帆は娘なんだから、なおさらだ。

 でも、志帆は動じなかった。


「家族と仲良くして、何が悪いんですか?」


「裸でお風呂に一緒に入る高校生の兄妹なんて、いないでしょ」


 呆れたようにポートマンさんが言う。それはもう、まったくもって、正論だと思う。

 でも、志帆は不満なようだった。


「兄さんと仲良くしていただけで、いかがわしいことなんてしていません」


「いかがわしいことをしていたって、疑われることは理解しているわけね」


 ポートマンさんが長い髪を手でかき上げ、はあっとため息をつく。


「あのね、理解している? あなたは国民的アイドルなのよ? そのあなたに何かあったら困るの。義理の兄と不純な行為をしていたなんて、世間のニュースになったりしたら。大問題でしょ?」


「あたしはもうアイドルを辞めたんだから大丈夫です!」


「あなたはいずれ復帰するわ」


「ママはあたしに強制するつもりですか?」


「いいえ、あなた自身があの舞台、あの華やかな場所を忘れられないはずよ。私が羽城や小牧の妾になってでも、芸能界にしがみついたのと同じ」


 そう。ポートマンさんはかつて大財閥の羽城家の妾だった。そして、志帆はその私生児になる。

 

 ポートマンさんがどんな修羅場をくぐったのかは知らない。

 今のポートマンさんはいまは小牧の当主の妻でもある。再婚のことは報道されていないけれど、そう時間が経たずニュースになるだろう。


 だが、それはポートマンさんの意に沿うものではないらしい。羽城から小牧に差し出された贄。それがポートマンさんであり、志帆でもある。


 ポートマンさんは肩をすくめた。


「私の政略結婚に志帆が付き合う必要なんてないわ。だから、一人暮らしの場も用意してあげたのに、よりにもよって小牧の一人息子と同居するなんて」


 俺は驚いた。志帆がこのマンションに住むのは、小牧家とポートマンさんの意向だと思っていた。

 けれど、実際には志帆が決めたことらしい。


 志帆が目を伏せる。


「だって、兄さんと……あたしの婚約者と一緒に暮らしたかったら」


 ポートマンさんは憮然とする。


「その婚約だって、私は認めていないわ。あくまで約束は私が小牧の妻となることだけだったはず。志帆まで犠牲にする必要はどこにもない」


「これはあたしの望みでもあります。ママは口をはさまないで」


「大事な娘のことだもの。口を挟むに決まっているでしょう?」


「それは……アイドルとしてのあたしが大事だから? ママの夢を叶えさせたいから」

  

 志帆の問いにポートマンさんは肩をすくめた。


「ともかく、婚約だなんて認めない、同居だって認めない。小牧のご当主も説得できる見込みよ。公一くんもそれでいい?」


 そう問われて、俺の答えは決まっていた。ちょっと前までは志帆は遠い存在だった。

 誰もが知るアイドル。画面の中の存在。


 でも、今の志帆は普通の女の子で、俺のご飯を美味しく食べてくれる同居人で、そして大事な妹だ。


「俺は志帆と一緒にいたいです。志帆を大事にしてみせます」


「風呂場で裸の志帆と抱きあっていたのに?」


「大事だからこそ、です。不純なことをするつもりなんてありませんでした」


「嘘ね。このままじゃ志帆が傷物になっちゃう。女好きの小牧の人間の言うことなんて信用できないわ。あなたも血は争えないはず」


 まあ、たしかに父さんは褒められた人間じゃない。女性関係も派手で、俺の知らないところで異母姉妹がいたりもするらしい。


「だけど、俺は違います」


「なら、そのことを証明できる?」


 証明……?

 俺が志帆の兄であり、一緒に暮らすことがふさわしいという証明。

 そんなもの、あるだろうか?


 志帆がくすりと笑い、濡れた髪を指先でいじる。


「なら、兄さんの料理をママに食べてもらいましょう!」






<あとがき>


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