あなたは私の大事な息子

 志帆が何を言っているの、俺は戸惑った。

 俺の料理をポートマンさんが食べる?


 それが、俺が兄としてふさわしい証明になるのだろうか?

 ポートマンさんも疑問に思ったらしい。


「どういうつもり、志帆?」


「兄さんはあたしのことを本当に大事にしてくれています。それは兄さんの料理を食べてもらえればわかると思うんです!」


「そういうものかしら」


 ポートマンさんは首をかしげるが、志帆の勢いに押し切られてしまったのか、とりあえずうなずいてしまった。


「志帆はともかくちゃんとお風呂に入りなさい。風邪を引いたら大変でしょう?」


「なら、兄さんもこのまま一緒に……」


「ダメに決まってるでしょ。ね、志帆、あなた、まだ処女よね?」


 ポートマンさんの質問に志帆がみるみる顔を赤くする。


「き、決まってます! ママは何を言ってるんですか!?」


「同い年の男の子と裸で風呂に入ってたら、不純な関係と思われても仕方ないと思うけど?」


 それはポートマンさんの言う通りだ。

 弁解できない。ポートマンさんははあっとため息を吐いた。


 俺は大人しく風呂場から出ることにした。さすがにそうしないとポートマンさんも納得しないだろう。


 志帆は名残惜しそうだったが、俺が「また後で」とささやくと志帆はぱっと顔を輝かせて「はい!」とうなずいた。


 裸の志帆からふわりと良い香りがして俺はどきりとする。


 俺は風呂場の扉を閉めて、身体を拭く。

 そのあいだなぜかポートマンさんは脱衣場にいた。


「あ、あのー。その、俺は男ですけど、裸を見られるのは恥ずかしいといいますか」


「うちの志帆の裸を見たくせに」


「志帆の方から風呂場に入ってきたんですよ!?」


「どちらにしても私の可愛い志帆の裸を見たことに違いはないでしょ。万死に値するわ」


 じろりと睨まれて、俺は肩をすくめる。

 ともかくいったんここを離れた方がよさそうだ。俺はそそくさと部屋着を着る。


 ポートマンさんが口をふたたび開く。今度は何を言い出すのか。


「それに、私みたいなおばさんに見られたところで恥ずかしくないでしょ?」


「まさか。ポートマンさんは国民的人気の美人女優でしょう? 二十代にしか見えないですし……志帆の姉と言っても違和感ないですよ」


 俺は言ってみた。これは本心でそう思っている。二人が並ぶと姉妹にしか見えないだろう。

 ちょっとしたお世辞のつもりでもあって、少しでもポートマンさんが機嫌を良くしてくれないかな、という思いもある。


 なにせ俺が志帆の兄として同居を続けられるかは、ポートマンさんの機嫌にかかっているのだから。


 ポートマンさんは「ふうん」とつぶやくと、「よくわかっているじゃない」とご機嫌な感じで言う。


 この人、わかりやすいな……。


 俺とポートマンさんは食卓へと移動する。向かいに座ると緊張する。


 これが妹の母親、いや、俺自身の母親にもなる人なのか。


「なにか飲み物、飲まれますか?」


「なら、お願いしようかしら。私の好みのものを用意してね」


 好みのものが何かを教えてくれはしなさそうだ。当てろ、ということらしい。


 この人はどんな飲み物が好みなのだろう……? そういえば、と少し思い出したことがある。

 ポートマンさんは言う。


「ともかく、私もしばらくここに泊まっていくわ。あなたたちが同居して良いか、見定めるから。いまのところ不合格に限りなく近いけれどね」


 俺はおそるおそる尋ねる。


「もし不合格なら……?」


「決まっているでしょう? 志帆を強制的に私と勇一さんの家へと連れて帰るから」


 やっぱりそうなるのか。勇一というのは俺の父だ。

 ただ、最初からなぜそうしなかったのか、気になる。


 俺がそのことを尋ねると、ポートマンさんはジト目で俺を見る。


「勇一さんが認めていたから、ということはあるわね。あの人はあなたと志帆の婚約に積極的だし」


「ああ、なるほど……」


「連れ戻すのができそうなのは、勇一さんが私の意見を汲んでくれたからね」


「あの、その、父とポートマンさんは……」


「政略結婚だけの間柄じゃないわ。あの人は私を愛してる」


「ポートマンさんも父を、好きなんですか?」


「もちろん。好きでもない人とどうして結婚するの?」


 不思議そうにポートマンさんが尋ねる。

 志帆の話では、ポートマンさんの身柄は羽城と小牧の取引のはずだったけれど。


 ふふっとポートマンさんが笑う。


「あなたは大人の世界のことをわかっていないのね。政治と愛は両立するわ。でも、仮に政治的な理由がなかったとしても、私は勇一さんのことが好きだし、伴侶になるでしょうね」


「あの父と……?」


 俺にとっては小牧勇一は非情で冷たい、自分勝手な父親だった。俺の実の母と姉も父を見限ったし、父も二人を捨てた。


 でも、ポートマンさんにとっては違うのだ。

 きっと俺とは違う世界が見えているのだろう。


 俺は彼女にホットミルクを差し出した。


 ポートマンさんは「おっ」と驚いた顔をする。


「これは……?」


「蜂蜜入りですよ。前、テレビで蜂蜜入りのホットミルクが好きだとおっしゃっていましたから」


「よく覚えているのね」


 ポートマンさんは口をつけ、「美味しい」とつぶやき、少し恥ずかしそうにする。


「いい歳して子供っぽい好みだと思ったでしょう?」


「そんなことありませんよ。優しい女性らしくて良いんじゃないでしょうか」


「勇一さんと同じことを言うのね」


 ポートマンさんはふわりと笑った。

 そして、ポートマンさんは俺の頬にそっと手を触れた。

 俺はその手の温かさにどきりとする。


「あなたが志帆に手を出さない限り、私にとってもあなたは私の大事な息子よ」








<あとがき>

カクヨムコン10参戦中です!


読者選考通過のため、

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幼馴染に振られた俺が、国民的アイドルの義妹に手料理を振る舞った結果 軽井広💞キミの理想のメイドになる!12\ @karuihiroshi

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